12
「エルヴィン、新しいお化粧品が欲しいの。
街へ行きましょう」
「それなら新しく出来たレストランで食事をしよう」
「いいわね!誰か誘う?」
「いや、私は二人きりがいいな」
食堂に入ってふと聞こえた会話。
親密さが伺えるそれに思わず舌打ちをしてしまった。
「あら、リヴァイ」
「今から夕食か?」
「ああ...邪魔したな」
「私は仕事が山積みだ。お先に」
ナマエに目配せをして席を立つエルヴィン。ナマエはお気に入りのグラスで葡萄酒を飲んでいる。
わざわざ遠くに座るのも不自然だろう、皿を持ち向かいの席に腰を降ろした。
「....」
「....」
沈黙を破ったのはナマエだった。
思い出したかのようにグラスを置き俺を見据える。
「そういえば、恩返し 何がいいか決まった?」
「....欲しいものはねぇ」
「そう?欲がないのね。
まあ兵士長にもなればお金にも、物にも不自由しないでしょうしね」
「なら、お前は今欲しいものを聞かれたら何と答える?」
そう問うとナマエは葡萄酒を一口飲み、考え込むように肘に顎を乗せた。
「そうねぇ.....元の世界へ戻りたい、かしら」
「.....それは願望であって欲しいものではねぇだろうが」
「ふふ、そうね。確かに難しいわ」
元の世界へ戻りたい。
当たり前の事の筈なのに、心臓が一瞬大きく鼓動した。
そう、こいつは違う世界の人間。
もはや人間ですらない。
エルフという道の生き物。
あまりに、違いすぎる。
「エルヴィンとの事もあって帰りたい気持ちは薄れてると思っていたが、」
「そうね...ここの生活は刺激的よ。
皆よくしてくれるし、楽しいわ。
だけど...私にはやらなければならない事があるの」
「故郷を取り戻す旅、か...」
「そう。
数多ものエルフが私の帰りを待っているわ。
それにこのまま放っておけばエルフ族だけでない、人間も魚人も人魚も巨人も、全ての命が脅かされる。私の大切な人達も、皆よ..」
「聞きなれない単語がいくつかあったが、
それはまたの機会に聞くとしよう..。
お前の世界は、この世界よりずっと複雑そうだな」
「そうかしら、私はここは好きだけど、貴方達に私の世界を見せてあげたいわ。
ここよりもずっと広くて、皆 自由の元に生きている」
「....」
「世界は隔たれていない。
自分で好きなように、好きな場所で、好きなことができるの。
きっと気に入るわ」
「...興味はあるな」
「ごめんなさい、無神経だったわね」
「いや、真実だ」
「....未だに夢なんじゃないかと思うわ。
普通ありえる?目覚めたら違う世界でした。なんて聞いたことないもの」
「....」
「だけど、これは現実なのよね。
現にあなたは、ここで、こうして生きているんだもの」
ナマエは俺の手に自分の手を重ねた。
グラスを持っていたからか、その手はひんやりと冷たかった。
「帰れるといいな、
ハンジ達はきっと 悲しむだろうが」
「そうね。....でも
あなたにも出会えてよかったわ。リヴァイ」
おれを捉える青い瞳は
宝石のように透き通り、輝いている。
海のように青い、とはこのことを言うんだろうか。
海を見たことがないから形容し難いが
恐らく、きっと そうなんだろう。
その後もう寝ると去ったナマエ。
おれはしばらく触れられた手の感触と海のような瞳の熱が消えず、冷めきったスープの残りをただ眺めていた。
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