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コトダマサイダー


 あ、
 と息を吐いて真っ赤な冷たさを手にとった。収まりのいいそれは、日常生活で必要にかられることは滅多にないのだろう。少しだけ、うっすらとホコリを被っている。ように見えた。
 慣れた手つきで側面の銀を摘まむ。ぐい、と引っ張りだされて赤と銀の狂気が完成した。たったそれだけの動作で人は狂うことができる。なんと脆く、弱いのだろう。
 ふと、思う。このやり場のない自分への殺意が狂気を産み出すのではなく、狂気が殺意を産み出すのだと。赤と銀の狂気がなくなっても、白がある。無色だって、茶だって、灰だって。何もなくなってしまっても、肌色があるのだ。
 銀の薄い方を、ただただ肌に押しつける。勢いもつけず、引きもせず、ひたすらに。食い込む感覚。そっと離してみれば、うっすら色づいただけで、そこに期待した朱はない。何度繰り返したって同じだった。人間は案外頑丈に脆くできている。
 死にたいわけではない。傷つきたいわけでも、朱を見たいわけでもない。純粋に、自分を殺したいだけ。傷つける勇気も、傷つく勇気も、死ぬ勇気もないから。ただの臆病者だから。
 時折、無性に私を殺したくなる。それも、残忍に。皮を矧ぎ、肉を削ぎ、骨を削り。血に塗れて、苦しさと痛みに歪みきった顔をし、そしてそれを私は正面からほくそ笑みながらハンバーグを作るのだ。
 そう言って泣いていたのは、たぶん私だったのだ。


2014.03.05



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