Restless Kind
陸がいつもよりも熱い様子をキャプテンもキッドもみんな感じ取っていて、いつもの練習とは迫力が少し違う。

「勝ってやる、絶対、絶対に……!」

陸の様子に触発されたキッドは昔、自分が父の期待に答えようとしていた頃のことがフラッシュバックし、自分の心の中で勝利への欲望がくすぶっているのを感じた。


練習が終わると、キッドの携帯に蛭魔から連絡が入っていた。

「なまえ、今日は先に帰ってて。ヒル魔に呼び出されてるから。」
「……うん、分かった。また明日ね。」

なまえは何か言いたげであったが、あえてそれには触れずにキッドは指定されたダーツバーへと向かった。





『うちのチームは地区大会全部の試合で敵の投手を病院送りにして勝った』

ダーツバーに着くと既に蛭魔はいて、恐らく今日の昼間、陸が呼び出された時の映像だろうか―――それが大きなプロジェクターに映し出されていた。

「なんでまたご親切にねえ、このビデオを俺に…?」

キッドはシュルッとダーツを回しながら自分を呼び出した張本人、蛭魔に訊ねる。ピッと投げるとダーツはカッと音を立てて真ん中に刺さった。

「まあ…うちが勝つにせよ負けるせよ色々試させて、様子を探れる人柱って事かな…。」
「ケケケ、察しが早え。」
「…いやこれは褒めてんだけどもね。貪欲だねえホント、ただ勝利だけだ。峨王氏もマルコ氏もそしてうちの陸もね…。」
「ケケケ、昔No.1争いの重圧に潰された武者小路紫苑さまにはもうそんな執念もねえってか?」

そう言って蛭魔はダーツを投げる。ダーツの上にダーツが垂直に刺さった。


ならなきゃ一番に、絶対一番に…!
父の期待を背負って一心に頑張っていた頃、最強の座が欲しかったあの頃のことがまたもやフラッシュバックする。

「…いや、悲しいかな。今の情報のお陰で考えついたよ。高校最強パワーの怪物、峨王力哉を完全に封じる方法をね。」

キッドはダーツを投げた。ダーツはダーツの真上に再び刺さる。それから峨王力哉を止める方法を彼に伝え、陸や鉄馬があの泥門戦以来どんなに変わったかを言った。だから俺はどうするべきなのか、どうしたいのかも分かった。


「行かせてやりたい、泥門戦の待つ決勝にね。その為ならどんな危険なプレーでもするよ。」

キッドはダーツの的を見据えて構え、ダーツを投げた。

「……あの糞巻き毛が反対しやがるんじゃねえか?」

糞巻き毛とはなまえのことだ。俺の彼女がどうするかなんて気にするとは珍しい。

「しないよ、彼女は聡明だからね。多分、俺と同じ事を考えていると思うよ。」

ミーティングの時、あんなに不安そうに映像を見てたんだ。試合当日も不安な思いを抱いているだろうが、彼女はきっと俺を送り出すだろう。


「………一度でも遅れて投げ負けりゃ死ぬぞ。」
「一度も負けなければいいさ。」

もうそれしか方法はないんだ。勝つしかない、鉄馬や陸のためにも。




そして白秋との試合当日、試合が始まる前にキッドはなまえを呼んだ。他のメンバーは全員先にフィールドに行っており、更衣室は今はなまえとキッドの2人きりだ。

「言わなかったせいで後で怒られるのは嫌だから、君には先に言っておくよ。」
「…この試合の対策のこと?」

スッとキッドから目を逸らしてなまえは言う。よほど不安なのだろう。

「ああ。なまえももう大体見当ついてるだろうけど……毎プレー峨王力哉に突っ込ませて潰されるスレスレを早撃ちでかわし続けるつもりだよ。」
「太陽の番場さんの対策と同じことをやるつもりよね。それしかないって私もミーティングの時の映像見て思った。」

思った通り、彼女は俺のことを止めない。彼女は俺の事をよく分かっている。


「止めないの?」

不安そうに目に涙をためているなまえの顔を直視する事が出来なくて、テンガロンハットで視線を隠して彼女に訊ねた。

「本当は…すごく止めたいわよ。貴方の力量も知ってる。…こんな危険なことさせたくない。だけど…貴方が望むなら止めるなんて愚かなことはしないわ。」

伏せていた瞳をキッドの方へと向ける。その瞳には涙が溜まっていた。


「貴方を信じる。……だから、絶対に大怪我しないで…。」

不安により震えるなまえの手が俺のユニフォームを掴む。


「……うん…。」

そう言ってキッドは優しく包み込むようになまえを抱きしめた。

「紫苑…。」

蚊の鳴くような小さな声で愛しい人に名前を呼ばれ、彼女の瞳をまっすぐ見つめる。それからゆっくりと彼女の唇に己の唇を重ねた。その口づけは何度も角度を変えて行われ、次第に深くなってゆく。キッドの舌が入ってきて音を立てて舌と舌が優しく絡められれば、なまえの身体の力が抜ける。

「っ、……ふ…」

キッドが唇を離した時には、なまえはくたりと彼の身体に寄りかかっていた。

「なまえ、」

キッドは彼女の名前を呼んでぎゅっと強く抱きしめる。


「君は最後まで支えて、全てを見届けて。……行ってくるよ。」

ちゅ、と彼女の頬にキスをしてキッドはなまえを自分の腕の中から解放してフィールドへと向かった。なまえはその場にへたりこんだ。

あんなに熱くなった紫苑を見るのは何年ぶりだろうか…。ようやく彼がまた夢を追いかけようとしているのだ。それを止めることはあまりにも愚かなことだと分かっていたし、なまえはむしろうれしかった。キッドに今まで欠けていたパズルピースが、ようやく埋まったのだ。だから……私は最後まで彼を信じて気丈でいるべきだ。

なまえは立ち上がって彼女もまた皆の待つフィールドへと向かった。
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