I'll Cry For You
西部の試合は3試合目のため、暫くは試合観戦となるので観客席に彼女は腰を下ろした。
「何か飲み物買ってこようか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。」
お互いに強く想いあっていることが分かった2人の距離はかなり近い。



関東大会の抽選日から、いやもう少し後からだっただろうか―――とにかく、最近はめまぐるしく物事が動いていく。今日はとうとう関東大会の記念すべき1試合目だ。全てのブロックの1試合目が行われ、8チームから残り4チームへと一気にしぼられる。今日の試合結果はどれもとても重要だし、全国大会決勝のためには今日も勝ち抜かなければならない。不安と緊張でドキドキしながらガンマンズのメンバー達は全員固唾をのんで試合を見守っていた。

1試合目の泥門vs神龍寺の試合が終わった後、神龍寺の無敗神話を破った泥門に観客席は歓喜にわく。

「…すごい、あの神龍寺を……。泥門が倒した…!」
感心しているなまえの声に、それでいい、と鉄馬は心なしかほっとしたような表情をしていた。キッドも彼女の隣で穏やかに笑う。
「俺たちも勝たないとね。」
「…そうね。勝率は高いといってもやっぱり気は抜けないわ。」
「はい。…それにどちらかに当たるから次の試合もちゃんと見ておかないと、ですね。」
穏やかにフィールドを見つめる2人の前方に座っていた陸も頷いた。


太陽の選手が続々とフィールドに姿を現し、試合の準備をしている間も会話は続く。
「次の試合は太陽と白秋だものね。……この試合はきっちりビデオで撮っておかないと。」
「白秋は資料ないもんねぇ…。この試合が貴重な資料だ。」
去年の練習試合の様子は覚えているけれども、それは峨王くんや円子くんが入る前のことだ。新しく入ってきた選手のデータがあまりにも少ない。キッドがお手上げのようにテンガロンハットを一度脱いでまた自身の頭に被せた。

「資料、ないんですか?」
「そうなのよ。…白秋は情報隠してるからほとんどないの。」
キッドのまさかの台詞に驚いた陸が訊ね、それに対してなまえが答えた。
「随分念入りですね。」
「ええ。向こうの戦術で唯一分かってるのは……峨王くんの情報ね。」
彼女がそう行った瞬間のことであった。話題になっていた峨王がフィールドへと入ってくる。ズシン…と歩いていくその様はさながら恐竜の行進のようだった。

「うわ…。」
「あの彼がそうよ。白秋ダイナソーズのラインの要、峨王力哉。ベンチプレス200kg超え、高校最強ね。」
思わず息をのむガンマンズのメンバーになまえは冷静に峨王について説明した。
「あんな奴とどうやって闘えって言うんだよ……。」
ラインのメンバーは頭を抱えたその時、峨王の雄叫びが場内にビリビリと響き渡る。
おそらく場内に居る全員が身体を硬直させた事だろう。それくらいの威力だった。


「彼は…地区大会の全試合で、相手の敵チームの投手全員を大怪我で退場させてきたそうよ。」
そして相手のチーム全てが途中で棄権した。
例に漏れる事なく太陽の原尾も、そしてキッドも狙いにくるだろう。

嫌な汗が伝うのを感じつつ、なまえはキッドの手をそっと握ってチームメイトに白秋がどうやって勝ち上がってきたかを説明した。キッドは弱々しく握られた彼女の手から彼女の不安を感じ取る。心配になって彼がなまえをちらりと見やれば、彼女はフィールド上の峨王を見つめていた。白秋について分析を続けているうちに試合が始まり、なまえはプレーを見逃さないようにビデオカメラの電源を入れて構えた。



「こ、こんなことって……。」
スフィンクスのラインの選手がフィールド上で倒れている。全て峨王のプレーによるものだ。それから数分後、ラインが全て崩されたので試合続行は不可能となり、太陽スフィンクスは棄権した。試合の勝敗を見届けた後、試合の途中で準備に出向いたガンマンズのメンバー以外の残っていたメンバーは次が出番なのでぞろぞろと着替えに出向く。

なまえはビデオカメラの記録が保存されていることを確認すると電源を切り、試合が終わると即座に、席を立った。
「準備の前にちょっと手を洗ってくるわ。」
そう言い残して彼女は通路へと向かう。
彼女の様子をなんとなく察したキッドが彼女の後をさりげなくゆっくりとついていった。




……白秋が勝ってしまった。
できれば太陽が止めてくれることを願っていた。
なのにそれでも止まらず白秋は勝ち進んでしまった。
次は西部の番だ。

どうしよう、絶対にキッドが狙われる。どうしたら彼を守れるの。
太陽のラインでさえ止められなかったのにうちのラインじゃどうにもならない。
その上、こんな少ない情報で戦術を立てるなんて無茶だし、白秋はまだ全部データを出してない。
どうしたらいいの……?
もしも紫苑が選手生命を絶たれるような怪我をしたら…?
なまえが不安でぎゅっと目を瞑って歩みを止めた時、彼女の手を誰かが掴んだ。


「大丈夫?」
それはキッドのものだとなまえはすぐに分かった。
さっきも相当無理して試合見てたでしょ、と優しいキッドの声が続けて上から降ってくる。

どうしてこの人はこうも自分のことがお見通しなの。
私のことなんかより、もっと自分の心配しなさいよ。

「……多分。」
キッドの優しい気遣いと白秋との試合の恐怖でなまえの目に涙がにじむ。



「…なまえ、今は考えないで。今は、岬ウルブスに勝つ事だけ考えないと。」
ぐい、と手を引っ張られたかと思えば彼女の身体はキッドの腕の中にいた。

ぎゅっと頼もしい温もりが彼女の身体を包む。
不思議と、心がとても落ち着いていく。彼なら大丈夫だという根拠のない安心感を感じたのだ。
なまえはキッドの胸の中で頷いた。


ようやく彼女の気分が落ち着いた時、外から通常ならば耳にしないような激しい破壊音が聞こえてきた。驚いて2人は先程歩いてきた出口に向かい、状況を確認しようとする。見れば、峨王がスタンドの柵を破壊し、無理矢理侵入しようとしているではないか。キッドとなまえは、その状況しか見ていないから一体何がどうなってそうなったのかは分からないが、とにかく大変なことが起こっていてかなり危険であることは分かった。

「俺らじゃねえのに…!」
「畜生誰だよさっき言った奴!!」
逃げようと走る生徒達の足音、恐怖で怯えた生徒達の声が聞こえる。


「俺だよ。」
阿鼻叫喚の最中、1人の男の声が響いた。―――陸だ。

「俺が言った。」
陸の声に峨王はスタンドから降りた。陸もフィールドの方へとすばやく階段を下りていった。
「どうしたよ、俺をへし折るんだろ?」
そして優雅に歩きながら峨王へと彼は近づいていく。


「陸くん…!」
ダメ、このままじゃ彼に壊されてしまう。危険だ。危険を察知して止めようと、顔面蒼白になったなまえは彼の名を叫んで出口からそのままフィールドへと出ようとした。しかしキッドの腕が彼女の手首を掴む。
「キッド、離して!止めにいかないと…!」
「君が行くと余計にややこしくなる。それに…陸は愚かじゃないから考えなしに行動したりしないよ。」
信じろといわんばかりの口調で"少し様子を見るべきだ"とキッドは付け加えて、なまえの手を離した。彼女はキッドの言葉を信じて彼の傍で大人しく様子を見守る。

峨王の大きな手が陸に向かって伸ばされた。それをすばやく察知して陸はロデオドライブでかわすつもりで足に力を込めた。しかしその瞬間、峨王の手は相手を攻撃するためではなくただの指差しの形になり、動きは止まる。

「お前じゃない。」
走ってかわそうとしていた陸の動きもビタッと止まる。
「目が腐ってない。それくらいはわかる。」
峨王の判断はとても冷静なものだった。

「峨王くんって……随分理性的ね。」
「うん。ただパワーにまかせてって訳でもなさそうだ。」
キッドもなまえもヒヤヒヤしながら峨王と陸の様子を見守る。
「さしずめ…マルコが隠しまくって情報の少ない俺の力を測りたかったというところか。次の準決勝でうちと闘う西部ワイルドガンマンズとしてな。」
峨王がそう言った時、ダダダダッと音を立てて素早くやってきたのは白秋の投手、円子だった。
「みんなこれほらどっきり!はいどっきり大・成・功〜!!」
ごまかすように円子は周りにそう言って峨王をその場から連れ出していった。
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