Holding On
9月18日、待ちに待った秋大会の1回戦がある。西部の試合は3試合目で午後1時からなのだが、1試合目に王城の試合があり偵察のために午前集合で会場で試合を観戦することとなった。
「進くんのタックル、春の時となんか違うね。んー、あれは間合いを詰める速さが速くなってるのかな。」
「ブリッツ来られたら厄介だねぇ…。」
王城の試合終了後に、試合の様子を撮ったビデオを一緒に見ながらなまえとキッドは言葉を交わす。
なまえと仲直りして数日経った。雨降って地固まるとはよく言ったものだ。彼女とは前よりももっと心的距離が近くなった気がするし、最初からやり直したことで前よりも理解し合えたような気がする。気持ちを確認し合ったらお互いを必要としていることが分かってもう気持ちを偽る必要なんてないんだと思った。
「40ヤード走のタイム4秒3くらいだもんね。」
「逃げ切れるかねぇ。」
敵の分析をしながら映像に見入る。なまえの隣に座っていると、周りが何と言おうがもう彼女を手放したくないとまで思えてきた。
「あ、ほら、次の瞬間にはもうこんなに迫ってる。」
「歩幅を急に縮めて近づいてる感じだねえ。……陸の走り方に似てる。」
「本当だ。」
「そういえば陸からメールの返信はあった?」
「なし。……多分まだ起きてないんじゃないかな。」
アメリカ合宿の時も寝坊で1日遅れの便で来た訳だし……おそらくただの寝坊であると信じたい。ちょうど再生したい部分を見終えたのでなまえはビデオの電源を切った。
「まあ多分事故とかではないと思うよ。」
不安に思うなまえを元気づけるようにキッドは笑って言った。
それから泥門の試合を見た後、次は西部の試合であるため、キッドとなまえはグラウンドに向かった。グラウンドにつくと、選手は着替え、なまえはグラウンドに出てベンチの準備をする。ベンチの準備を終え、選手の様子を見るとキッドがいないことに気づいた。
「あれ、キッドは?」
「あー、多分通路の方じゃね?トイレに行ってたらインタビューに捕まってたから。…迎えにいってあげたら?」
ちょっと困ってたみたいだし、と井芹はそう言ってウインクをした。キッドと付き合ってることを知っている彼は何かにつけて協力してくれる。ありがたいんだけどみんなの前で言われると恥ずかしい……となまえは顔を少し赤くした。
「あ、ありがとう。…じゃあ行ってくるわ。」
苦笑しながらなまえはトイレのある通路へと歩いていった。
通路の奥の方へ行くと、キッドとインタビュアーさんが話しているのが見える。なるほど、マイクを向けられて少し困ったような表情でキッドは答えていた。
何を聞かれているんだろう?もうすぐ試合が始まるし、終わるかな?
なまえはそのまま近づかずに、少し離れた所でインタビューが終わるのを待っていた。
「―――特に鉄馬くんとのパスコンビは完璧ですね。」
「奴とはまあ、付き合いが長いからねえ……。」
聞こえて来た質問内容はやはりうちの攻撃のメインについてのことで、キッドは思った通りはぐらかした答えをしている。もう、もっと鉄馬くんのこと褒めてあげなよとなまえは心の中で思った。
「そして最後に。」
あ、もう最後か。そろそろ呼べるかなとなまえが思った時、爆弾発言が聞こえてきた。
「本名を教えて下さい!」
みんなが気になっているってことなのだろうか。…そうよね、キッドはすごい選手だから大学とか社会人のチームは情報欲しいよね。でもキッドはどう答えるのだろう。……心臓がドクドクと音を立てている。
「いや…こんくらいで勘弁してよ。目立ちすぎるとロクなことがないからねぇ。」
口癖である決め台詞を言ってキッドは見事綺麗に回答したのだった。ええ、そうでしょうね、正体バレたら家に連れ戻されるかもしれないもんね、と同意しながらなまえは一歩足を踏み出す。
「そう言わずに…。オフレコでもダメですか?」
「はは、もうほんとそれだけは…「キッド!」」
オフレコになんてするつもりがないのは明白だった。今回のインタビュアーは結構しつこいみたいだ。本名を聞かれて困っているキッドの言葉を遮ってなまえは彼を呼んだ。
「…ってあら、インタビュー中だったのね。…すみません、申し訳ないのですがもう試合が始まるので…。」
なまえはまるで今気づいたみたいな言い方でしらじらしくキッドの傍にいく。そしてインタビュアーの人にもう行かなければならないのでここらで打ち切ってくださいと声をかけた。
「いや、もう終わったとこだから。もう試合始まるのでこれで失礼しますね。…うちのマネージャーも呼びに来てるので。」
キッドもなまえに微笑んでからインタビュアーの方を向いて言うと、彼女の手をとって歩き出す。
「はあ〜今回のはちょっとしつこかったねえ…。なまえ、来てくれてありがとね。」
廊下を歩きながら角を曲がった辺りでキッドは帽子を取ってため息をついて声を潜めて言う。キッドはなまえが止めに入って来てくれたのだということを分かっていた。大体、あのタイミングで割って入ってくるなんて都合が良すぎるもの。
「ううん、もうすぐ試合始まっちゃうから。…ってもうこんな時間!キッド走らないと入場間に合わないわよ。」
時計を見たなまえは走ろうとする。次は恋ヶ浜との試合だ。
「少し遅れたって別にいいんじゃないかねぇ…。目立つとロクなことがねえよ。」
帽子を被りながらキッドは言った。そういえば恋ヶ浜といえば…入場前にわざわざ敵陣のベンチまで来て絡んでくるっていう噂があったよねぇ。しかも働き者でかわいいマネージャーをあちらに勧誘してるらしいし。確かそれで王城の子が勧誘されてたはず……。なまえをあんま近くで見てほしくないねえ。有能だし、気が利くし……かわいいし。
どうやって接触させないようにしようかと考えながらチラリとなまえを見ると彼女は怒ったような表情で言う。彼女のどんな表情も男を惹き付けて離さない。
「何言ってるの!遅れた方が目立つでしょうに。」
「それもそうか。」
あ、いい方法思いついた。
「……あ、なまえー。悪いんだけどさ、廊下に落とし物しちゃったんだけど取って来てくれない?」
ほらあのインタビュアーがもしかしたらまだいるかもしれないし、それにもう入場始まっちゃうしと重ねて言う。
「もう…。何?」
「予備のリストバンド。」
「予備…?うん、分かった。」
タッとなまえが通路の奥の方へと走っていくのを見てしめしめとキッドは口元を緩める。
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