Die Off Hard
「「あ。」」

同時にお互いの存在にすぐに気づいて気まずさが漂う。その時、自分の背後でガラッと音がしたかと思えば、先程自分が入ってきたドアがしまった。資料を机の上に置いて、ドアを開けようとかけよると俺がドアノブに手をかけるよりも先にガチャガチャと外から鍵をかける音が聞こえた。


「……鍵閉められちゃったみたいだねえ。」
「音聞いてたから分かるわよ。」

ドアノブを掴んでガタガタとドアを揺すってみるが動かない。資料室は外から鍵をかける仕組みになっていて内側から鍵を開ける術はない。絶望的だ。

「さて……どうしたもんか。」
「鉄馬くんに連絡取れば良いんじゃないかしら。まだいるでしょ?」
「そうだねえ…。電話してみるよ。」

聡明な2人は落ち着き払った態度で動き、取り乱すことなく冷静に話す。だからこそお互い、本音がなかなか言えなくてすれ違う、なんてこともあるのだろうけれども。携帯電話を耳にあて、プッ、プルルルッ…と相手へと繋ごうとしている音を聴く。しかしそのまま留守電に繋がってしまったので諦めて耳から携帯電話を離した。


「繋がらないの?」
「…鉄馬が出ないなんて珍しいねえ。メールしとくよ。」

彼の動作を見たなまえは訊ね、2人は冷静に対処する。因みにその頃の鉄馬は比奈や牛島らと外で待機中である。彼らに言われて鉄馬は電話に出なかった。メールの返信も1時間後にするように指令を出されていた。

「はあ…鉄馬くんが気づいて来てくれるまで缶詰ね……。」

それまで2人きりだ。意識してしまうからあえて口には出さないけれど。なまえは諦めたようにため息を吐く。暫く救援は来ないと知って、立ったままいるのもなんなのでお互い離れた所に座り込んだ。気まずい沈黙が漂う。



…クシュッ

そんな雰囲気に少し場違いな音が部屋に響いた。音に釣られてキッドはなまえのいる方を見ると、彼女はジャケットを着ていなかった。まだ9月になったばかりとはいえ、夜になると少し気温は下がる。キッドは小さくため息をついてから、もぞもぞと動いて自分のジャケットを脱ぐと彼女に近づいて上から自分の着ていたそれを被せてやった。……2人が許婚であった頃のように。

雨が降る中、やはり彼女が風邪を引かないように気遣って今と同じように彼女の頭に自分の上着を被せたのだ。今となっては思い出は懐かしく、そして全てを持っていたあの頃の自分が妬ましくもある。


「…いい。」

なまえは顔を下に向けたままジャケットを彼の方へ突き返す。

「風邪ひいたら困るでしょ。」
「……優しくしないで。私はもう未来の妻じゃないんでしょう?」

顔を上げないまま両膝に頭を埋めてなまえは言う。同じようなシチュエーションのせいか、彼女もまた気づいたのだろう。許婚だった頃にキッドが言ったフレーズを使って彼女は言った。しかしあの頃と違って涙声ではある。


―――俺のせいで泣いている。本当はそうさせたくないのに、君に笑っていてほしいのに。未来の彼女に笑っていてほしいから、俺は別れたんだ。なのに泣かせてばかりで俺は何をやっているんだ。

「…そうだね。旧家の娘である君と家を捨てた俺とは結婚を考える間柄じゃないしねぇ。」

そうは思いながらも俺はなまえを心から好きだから突き放す。そこに本音が混じってしまったのにはどうか気づかないでほしい。…彼女には徹底的に嫌われる必要がある。俺なんかいなくても早く幸せになるべきだから。

しかし、なまえは頭が良い、しかもキッドのことをよく理解している。キッドの言葉から彼女は彼の本音を見抜いた。



「……紫苑…、別れようって言ったのは……みょうじ家のことがあるから?」
「さあねえ…。」

なまえは膝から顔をあげるが、視線は床を見つめたままだった。キッドは肩をすくめてはぐらかす。

「はぐらかさないで。……誰のことを考えてそう言ったの?」

なまえは今度はまっすぐキッドの方を見て言った。

「君のことだよ。」

降参、とばかりにキッドは両手を上げて答えた。彼女のまっすぐな瞳を見つめながら嘘をつける自信がなかったからだ。


「どうして?」
「だって、俺は君を幸せに出来ないから。」

その言葉を聴いて、なまえは思った―――やはり彼は人のために行動する人なのだと。そしてそれと共に、"家のために良家の男と結婚することが私にとっての幸せ"なのだという大きな誤解を彼はしていることにも気づいた。


「違うわ、貴方は私の気持ちなんて分かってない!私がいつ幸せじゃないなんて言ったの!?」

俺は何も言えなかった。だって彼女は俺と一緒にいる時、幸せじゃないなんて言ったことが無かったからだ。

「それに私はっ…、私の幸せは、紫苑の傍にいることよ!幸せに出来ないとか勝手に決めつけないで。」

キッドはなまえのその言葉だけで十分だった。その言葉がとてもうれしくて心に響いた。けれど現実はその言葉だけじゃ突破できそうにない。

「……家の掟には逆らえないでしょ。戸籍を捨てた俺がみょうじの家を背負う君と一生を共にするなんて許されない。家のためにも君のためにもならないよ。」

キッドは彼女に現実を突きつける。家のことがあるから彼女を苦しい思いで手放したんだ。それを彼女は分かっていない。


「私は貴方の気持ちを聞きたいの!……もし、もしも、家の問題がなかったら紫苑は私と一緒にいたいと思ってくれるの?」

本音を聞き出せないことになまえは苛立った。私は…周りの環境も困難も全部とっぱらった状態で、紫苑がどうしたいかを知りたいのに。

「当たり前だろ!ああそうだよ、できることなら君を攫って俺だけのものにしたいと思ってるさ!」

語気の荒くなったなまえにつられて、紳士的で冷静沈着でいつも落ち着いた物腰のキッドが珍しく荒っぽい言葉遣いで感情を剥き出しにした。それにハッとしてキッドはひと呼吸おいて気持ちを落ち着ける。
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