Die Off Hard
なまえに再会した時から、彼女を欲しいと思っていた。俺だけにその笑顔を見せてほしい、俺だけに触れてほしい、俺だけのものになって欲しい。…なんて柄にもないことを考えてしまっていた。こんなに何かを欲しいと感じたのは初めてかもしれない。分不相応だというのに情けない。

そう思いつつも、彼女に再会して2か月後に俺にしては上出来で、彼女を手に入れた。(この時点で良すぎたんだと気づくべきだったかもしれない。)夏休みの合宿でのことを彼女は心にとどめていてくれているだろうか。初めてキスした時の夜、あの時の気持ちを。

傍にいて手をつないで抱きしめてキスをして、改めて俺にはなまえが必要だと感じた。俺はなまえのことが好きだし、彼女をもう2度と手放したくない。将来についてはぼんやりと、ただし気持ちとしては確実に俺はそう思っていた。秋大会開会式の日、彼女が部活を休んで家の繁栄のためにどこかの血統書付きの男とデートをしていたのを見るまでは―――。

彼女とはずっと一緒にいられないんだって思い知らされて、まるで天国から地獄に突き落とされた思いだ。やっぱり良すぎると、夢見ると………ロクなことがねえよ。



「なんかよく分かんねえけど、いい加減、仲直りしろよお前らよォ。」
「牛島には関係ないでしょ。」

休憩時間中、キャプテンである牛島が食って掛かるのに対してキッドは冷静に流した。

「関係あるだろうがよォォ!チームの士気に関わるだろうが!というか先輩呼び捨てにしてんじゃねえよテメーよォォ!」

しまった、いつもの癖でつい呼び捨てにしてしまったと気づいた時には牛島のスリーパーホールドをくらっていた。首を絞められ、ぐえっと言いながらも抵抗するとすぐに解放されたはいいが、苦しさは残る。攻撃の要であるQBにこれはちょっと乱暴じゃないのかねえ…。首を労りながらぼんやりと考えていると、横にドサッと音を立てて牛島が座った。

「みょうじが元気ねえと他の奴らが調子狂うんだよ。」

珍しく真剣な横顔だ。この人がチームのキャプテンをやっているのもよく分かる。彼は人の心の機微に本当によく気がつくし、フォローが上手い。…悔しいがそこだけは少し尊敬している。

「…でもそれを俺のせいにするのもどうかと思いますけど。」
「明らかにテメーと接する時の態度だけ違うだろうが。」

俺の目は節穴じゃねーんだぞォ!と牛島はドヤ顔で言う。どうしよう、今ものすごくその顔を殴りたい。俺の尊敬の気持ちを返してくれ。……それに俺が避けてるんじゃなくてなまえが避けてるんだと思ったが、なんだか子どもの言い訳のように感じたのでその言葉は飲み込んだ。

「とにかくだ、テメーらのギスギスした空気が全体に悪い影響与えるから早くなんとかしろ。」
「そんな無茶な…。」
「無茶でもやれよ。今まで監督の無茶な要求にも応えてきたんだろ。」

だから彼女と仲直りするくらいならどうってことないって?無茶苦茶な理論だ。

「……。」

なまえと俺たちは生きる世界が違う。価値観が違う世界に生きているなら、話はそんな簡単じゃない。言われて、"そうですね、じゃあちゃんとやります。"なんて言ってできる世界なら俺だって家を捨てたりなんてしない。


「俺はゴチャゴチャしたこと苦手だからテメーが考えてることの解決策なんてわかんねーけどよォ。」

少しムッとして俺が黙っていると牛島が話を続ける。

「そりゃあ…そうでしょうね。先輩は毎回テスト補習ですし。」
「うるせえ茶化すんじゃねーよ。……シンプルな理論を俺が教えてやる。お前が泣かしたんならお前が笑わせろ。お前にしかできねえことだろうがよォ。」

実にシンプルだ。だけどそれが通用すれば苦労しないし、彼女を諦めるなんてこともしなくて良かったんだって。曖昧に苦笑しながらも牛島の話を聴いていると、1つの疑問に思い当たった。


「……どうして泣かせたって知ってるんスか。」
「あいつらギスギスしてんなって話してたら鉄馬が相談しにきた。」

牛島はそう言ってドリンクのストローに口をつける。鉄馬なりに心配してのことなのだろう。それにしてもあの鉄馬が俺やなまえ以外の第3者に相談するなんて……。

「鉄馬が……。」

彼の意外な行動に驚いていると、牛島は立ち上がった。

「今日中になんとかしろ、いいな。」

さっき言った時よりも期間が短くなっているのが気のせいだろうか。強気でそう言い放って彼はなまえの方にドリンクのボトルを返しにズンズンと歩いていっていった。



休憩時間が終わると、なまえも比奈にキッドと同じく詰問されていた。

「キッドと喧嘩してるって…一体どうしたっていうのよ?」

洗濯したユニフォームを干しながら彼女は訊ねる。

「…なんでもないって言ってるでしょう?これはキッドと私の問題なのよ。」
「ならそのギスギスした雰囲気なんとかしなさい、チームの士気に関わるから。主務なら分かるでしょ。」

そう言って比奈は彼女にでこピンを喰らわせる。痛いっとなまえは洗濯物を片手に持ったまま動作をぴたりと止め、洗濯物を持っていない方の手で額を労った。

「…どうにかしたいけれど、もうどうにもできないわよ。方法が分からないもの。1度壊れた物はもう2度と元には戻らない、それと同じよ。」
「話し合えば?人間は物とは違うから修正がきくし簡単なことよ?」

比奈は動きの止まっている彼女とは反対にてきぱきとユニフォームを干していく。

「何度もそうしようと思ったわ。だけど聞いてくれないもの。」
「……そういう場を作ったら、あんたたちはちゃんと話し合うってことね?」

なまえは泣きそうな表情で頭を抱えた。比奈は呆れたように言って自分の負担分が終わると、彼女を残してグラウンドの方に歩いていった。


「牛島先輩、ちょっと協力してほしいことがあるんですけど…。」

それから比奈はグラウンドに姿を現すと、練習中のキャプテンを呼んでにこにこと笑って何かを頼んでいた。



キッドもなまえもどうやって仲直りするべきか考えあぐねているうちに部活は終わってしまった。さて、これからどうするか…キッドが練習後、着替え終わると監督に呼ばれる。なーんかやな予感がするねえ……。

「キッド、この資料を資料室にしまっといてくれ。」

嫌な予感がしつつも発砲する監督に逆らえずに大人しく、資料の束を資料室に戻しに行った。というかこういうのってマネージャーの仕事なんじゃ…と思いつつも資料室の扉を開けて入るとなまえがいた。
[*prev] [next#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -