We All Fall Down
なるほどそれで落ち込んでいたのかと察しの良いキッドは理解した。何を言われるのかと緊張していたが、彼女の言葉をきいて、なんだそんなことかと安心した。そしてそれと同時に、彼女が自分のことを知りたいと思ってくれていることに対してうれしくなった。5年前に彼女に何も言わずに去った後ろめたさから、あまり話せずにいたからだ。

しかしそんなキッドとは反対になまえは自分の言ったことに気づいてハッとして自分の手で口を押さえる。彼が自分から話してくれるまで聞かないでおこうと、ちゃんと待とうと、そう思っていたのに、これでは話してくれと言っているものだ。

「あ…ごめんなさい、無理に聞くつもりじゃなかったの…。貴方が話したくないならもう聞かないから…。」

なまえは慌ててそう言って彼の反応を伺った。


「……いや、君には全部話すよ。」

キッドはなまえの手を取ると、椅子とテーブルのある方へ誘導する。彼女を椅子に座らせると、キッドは自分も彼女の向かい側に座った。



「…さて、何が聞きたい?」
「あの…お家に関することでもいい?」

キッドはロッキングチェアをギッと鳴らしながら背中を預ける。ふっきれていないのなら話しづらいかもしれないとなまえは質問する前に確認として聞いてみた。

「構わないよ。」

どんなことを聞かれるのか内心では少し構えたが、彼女を安心させる為に穏やかな表情でキッドは答える。

「紫苑はどうして……家を出たの?」
「それは鉄馬から聞いたんじゃないの?」

キッドにとってそれは意外な質問であった。それは過去に鉄馬が彼女に話したはずなのだから。鉄馬が話したのだから彼女は知っているはずだ。知っているのなら、俺から話す必要はないと思っていた。

「私は貴方の口から、ちゃんと聞きたかったの。」

なまえの真剣な瞳がキッドを見つめる。

「…No.1にならなくちゃいけないプレッシャーに耐えられなくなったからだよ。どんなに頑張っても結果を残せなかったら父さんには無価値だと言われ、認めてもらえなかった。それが辛かったから、だろうね。」

他人事のようにキッドは遠くを見つめながら答えた。それから目を閉じて話を続ける。

「期待に答えるのが辛かったってことかもしれないねえ。」

絶対に1番にならなくちゃいけない。あの頃は苦しい思いで銃を手に取っていた。

…それにしてもこんなにペラペラ話してるってことは、本当は自分の想いを誰かに知ってほしかったのかもしれない。特になまえには知ってほしかったのだろうとキッドは思った。瞼をあげて目の前にいるなまえを見つめると、彼女は泣きそうな顔をしている。

「どうしてそんな泣きそうな顔してるの。」

キッドが放った言葉は疑問だが独り言に近かった。

「だって…一番認められたい人に認められなかった、それほど辛いことなんてないわ。期待に応えようと必死にもがいているのに否定されたら…。」

分かったの、貴方がそうやって買いかぶられることを嫌う理由が。期待されてがっかりされたり、期待してがっかりしたりするのが苦しいのね。ぐすっと少し涙の滲み始めたなまえが言葉を切る。そんな彼女の姿を見てキッドは彼女に対して愛おしさが溢れてきた。そして、"だから彼女が好きなんだ"とも感じた。

「…ありがとう、なまえ。」

机の上に置かれた彼女の震える拳にそっと手を重ねる。


「他に知りたいことは?」

何でも答えるよとキッドは笑って言った。なまえが自分の話した気持ちの奥までも感じ取ってくれて、そして共感的受容的であるのを見て心の枷が外れたような気持ちになって安心したのだ。

「…家を出てからの5年間はどうしてたの?」
穏やかに微笑むキッドを見てなまえは少し安心する。
「色んなとこ転々としてたよ。戸籍は捨てちゃったからねえ…、苦労はしたけど最終的には監督に拾ってもらって落ち着いたって感じかな。」
「え、でも一人暮らし…なんだよね?」
「ああ…まあ金銭面は多少、今までの貯蓄と援助でなんとかやってるって感じかねえ。学費はまあ…成績が良ければ免除になるみたいだし。」

この学校じゃ俺以外にも本名伏せてる奴は何人かいるし、幸い怪しむ人はそんなにいなかった。

「い、家に戻るつもりは…?」
「ないよ。」
「そっか…。」

しっかりと彼女の瞳を見つめてきっぱりとキッドは答えた。はっきりとした口調からなまえも彼の意思を読み取った。


「……なまえはどうして西部にきたの?そちらの家がそういうことを許すとは思わなかったけど…。」

俺が昔いた家や彼女の家はあまり自由が保障されていない。言い方は悪いが親の言いなりになるべくして育てられる。それなのに彼女は今、自分の意志でいる。というか、自分の意志でなきゃあの家がこういう少し風変わりな学校に入れるはずがない。

「高校だけは自由にさせて下さいとお願いしたの。乗馬がやりたかったし、新しい世界を知りたかったから。…それに……。」

なまえはそこで言いよどんだ。本当は、紫苑を忘れる為だった。新しい世界を知って、家柄も過去も、何ものにも支配されずに自分で生きていく為の力を付けたかった。

「それに?」
「貴方を忘れたかった。……最も、それはできなかったけどね。」

なまえは苦笑した。キッドとしての彼と会う度に愛しさは募り、今はこうして付き合っているのだから。彼も彼女の笑いに誘われて苦笑する。

「同じ学校にいるとは思わないもんねえ。俺ももう会えないだろうって思ってたし…。」
「他に質問はある?」
「え、うーん……ない、かな。」
「ならそろそろ帰ろうか。思い出したらまたいつでも訊いて。」

キッドは優しい表情でなまえに向かって微笑んだ。
重ねられていた手は離れたが、2人並んで歩く時には指をからませてまた繋がれていた。



星空の下、2人で手を繋いで歩きながらなまえはすぐ傍にいるキッドを見上げる。

「キッド、」
「ん?」

キッドは優しい表情でなまえを見た。

「訊ねたいこと、あと1つあったわ。」
「何?」

彼女が見上げてくるという体勢で既にもうきてる。抱きしめてしまいたいという欲望がキッドの中で一気にわき上がったのだ。

「…連絡先、教えて?」
「お安い御用だよ。」

上目遣いで少し緊張した表情でなまえはぎこちなく訊ねる。キッドは一瞬驚いたような表情であったが、すぐにやわらかい表情で笑った。あんまりにも緊張した面持ちで言うから何かと思ったけど、連絡先…ねえ。質問というよりかは、かわいいお願いだ。

「なまえのも教えてくれる?」
「ええ、勿論。」

彼女はにこりと笑った。


互いの連絡先を交換し終わった後、キッドはなまえに微笑んだ。

「いつでも連絡してくれて構わないから。」
「うん。…ありがとう。」
「それとさ……俺のことはこれからじっくり時間をかけて知っていってくれればいいと思ってるから。」

キッドのなまえの手を握る力が少し強くなる。彼の瞳は穏やかで優しいままだ。

「俺も、なまえのこと、これから知っていくつもりだしね。」

ちゅ、と軽く額にキスが落とされる。唇が離されて、彼女は彼を見上げる。
優しく微笑んだキッドの顔はとても素敵だった。


-----------------------
タイトルはAerosmithの曲名から。今回はヒロインに対するキッドさんの秘密がなくなったねって感じですね。キッドさんの家出〜高校入学までの生活はどうしてたのかがすごく気になります。故に今回は捏造多々←
[*prev] [next#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -