We All Fall Down
ある日の部活の休憩時間中のことだった。それはチームメイトのほんの些細な疑問から始まった。


「キッドと鉄馬って裏で何か練習とかしてたりすんのかな。」

鉄馬と同じワイドレシーバーの波多がぽつりと漏らした。

「どうして?」

お疲れ様、と声をかけてドリンクとタオルを渡しながらなまえは波多に訊ねる。

「だって俺らも同じだけ練習してるのに、鉄馬との記録だけすげー伸びてってんだぜ?」

なんか変だろ、と続けて言いながら波多はドリンクに口をつけた。同じポジション故の悩みだろうか、記録について彼は言う。そう言われてみてなまえは改めて気がついた。そして客観的な視点から見る為に、傍のベンチに置いてあるデータをぱらぱらとめくって数値化されたものを見てみる。感覚的にそう感じていたが、客観的なデータを見てみると確かに他の人達とよりも彼らのコンビネーションは完璧だ。

「相性がいいんじゃないかしら。ほら、長い付き合いみたいだし。」

キッドの本名のことにかすらないように上手くごまかしながらなまえは言った。

「それキッドの奴も言ってた。」

それでもなお少し不満そうに波多はキッドと鉄馬が話しているのを見る。マネージャー兼主務の答えでは満足しなかったようだ。

「本人が言うのならそうなんじゃないかしら。」

もう既に本人に聞いたのかと思いつつも、うーんと悩むふりをしながら返事するなまえ。彼女の視線も波多と同じくキッドと鉄馬を見つめていた。

「みょうじは主務だし、それに…鉄馬と幼なじみなんだろ?何か知らねえの?」
「うーん、知らないなあ。」

ふとなまえの方に視線を戻して波多は訊ねる。そうね、それとキッドとも幼なじみですとも言えずになまえは波多に向き直って苦笑いをした。

「そっか。…まあアイツら謎が多いもんな。」
「……そうね…。」

なまえは寂しそうな表情で彼らを見つめながら答えた。以前、何年かの付き合いのあった私ですら知らないことが多い。きっと波多くん達にとってはキッドと鉄馬の過去についてはもっと分からないことが多いのだろう、多分。

「きっと…特別な絆があるから……。」

遠ざかるキッドと鉄馬を見つめながら言ったなまえに対して波多はクエスチョンマークを浮かべていた。


自分で言っていてなまえは悲しくなる。じわりと涙が奥からこみ上げてくるのが分かった。だって……私の知らないキッドを、紫苑を鉄馬くんは知っている。

武者小路家との婚約を解消された5年前、つまり紫苑が家を出た時、彼が何を思っていたのかを知っているのはおそらく鉄馬くんだけだ。本人からは私には何も知らされていない。紫苑が家を出た理由は鉄馬くんが教えてくれた。彼が教えてくれなければ、私は何も知らないままだった。

付き合っている今でも、彼はあまり自分のことについて話さない。キッドが自分から話してくれるようになるまで待ちたいと思っているけれども、やっぱり気になるし不安になるの。私は信頼されていないんじゃないかって。


「なまえ、具合でも悪いの?」

練習が終わってボールを返しに来たキッドが訊ねる。愛しい人の声によってぼんやりしながら作業をしていたなまえはハッと我に返った。

「あ、ううん…大丈夫よ。」

用具を片付けている手が止まっているのに気づいてなまえは慌てて作業を続ける。キッドからボールを受け取って籠に入れ、グラウンドを見渡してボールが残ってないか確認する。それが終わったら次はドリンクの籠を部室に持っていかなければ。


「あんま無理しちゃ駄目だよなまえ。」

ドリンクの入った籠を持ってさあ部室に行こうかとした時、ポンッとキッドの大きな手が彼女の頭にのせられた。キッドに触れられるとドキドキするけれど、こうやって触れられるのがとても心地よくて好きなことになまえは気づいた。

「む、無理なんてしてないわ…。」

しかし自分の落ち込んでいる元凶であることを考えると、キッドの手を払うようにプイッと頭ごと動かして視線をキッドからそらして答える。気にかけてくれているのにかわいくない反応をしてしまったなとすぐに後悔してキッドを見るが彼は何とも思っていないようだった。

「そう言いながらもなまえは結構無理するからねぇ…。」

人の心の機微によく気がつく上に聡い彼にはバレバレだ。私は彼のことをあまりよく分かっていないのに、彼は私のことをよく分かっている。彼は私の良い理解者かもしれないけれど、私は彼の良い理解者ではない。

「気のせいじゃないかしら?」
「そうかな?なまえのことはよく見てるから分かると思ってたんだけど。」

それがなんだか悔しくてなまえは反論した。すると思わぬ返事が返ってくる。

「……そう。それより今日は鉄馬くんと先に帰ってて。」

悲しい気分になるのをぐっと堪えて、やることがあるからと早口でまくしたてるようにして言い残してなまえは用具を片付けに部室へと走っていった。キッドはそんな彼女を黙って心配そうに見つめていた。



用具などを片付け、着替えて日誌を書き終える。これで一日がようやく終わる。しかしなまえはまだ帰ろうとしなかった。部員全員が帰るのを待っているからというのもあるが、一番の理由はキッドと鉢合わせになるのが気まずかったからだ。波多が抱いていた疑問から彼の秘密について知りたくなったが、キッドに尋ねるわけにはいかない。彼が話そうとしないということは話したくないということなのだから無理に訊ねるのは無粋だ。今、彼に会ったら感情が溢れ出して尋ねてしまいそうで怖い。

椅子に座ってぼんやりと壁にかかったモデルガンたちを見つめて時が過ぎるのを待っていた。ガヤガヤと部員が次々と更衣室から出て来て帰っていく様子が外から聞こえる。しかしそれもほんの短時間で、少しすると鎮まった。そこでもうほとんど人は残っていないだろうと踏んだなまえが、日誌をパタンと閉じて所定の位置に戻したところで部屋の扉が開いた。一体それは誰なのか、彼女の中に一瞬、緊張感が走る。


「なまえ、もう用事は済んだ?」

声から判断するに、それはキッドだった。

「え、ええ…。それより、先に帰っててって言ったのに…。」

なのに何故彼は先に帰らないでここにいるの?……今だけは会いたくなかったのに。

「や、鉄馬には先に帰ってもらったよ。」
「貴方もよ。」

肩を少しすくめて飄々として答えるキッドになまえは睨んだ。

「少し心配でさ。…何かあったの?」
「なんでもないって。」

キッドがこちらに歩み寄ってくる。じりじりと近寄ってくるキッドになまえは無理に笑いながら避けるように少し後ろに下がった。しかしすぐに背中が棚にぶつかる。幸い、棚の中においてある物は落ちてこなかった。


「……落ち込んでるでしょ?」

前後を塞がれて逃げ場のなくなったなまえの頬にキッドの大きくて暖かい手が優しく触れる。どうして彼には全てお見通しなのだろうとか、彼に触れられるとドキドキするとか、彼女は改めて思った。今はそんなことを考えている場合ではないのに。なまえはキッドから視線を外そうと下を向いた。

「なまえ。」

穏やかな声音で名前を呼ばれて彼女が顔を上げればキッドの老成した瞳が彼女の瞳を捉える。

「…うん。」

観念してなまえは頷いた。

「紫苑は私のこと、お見通しね。」
「そりゃあねえ。…少なくとも3年は一緒にいたんだし、何より今は君の彼氏なんだし。」

棚に凭れ掛かってなまえは唐突に言う。共感的な態度で彼女の言葉を聴いて、君のことはよく見てるよと付け加えてキッドは言った。

「でも私は貴方のこと、よく分からないわ。貴方は何も教えてくれないし。」

少し拗ねたような口調でなまえは言う。
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