Savin' Me
「鉄馬。父さんは褒めてもくれなかったよ。No.1とれないなら無価値だって。」

俺は自分が手にした5位の表彰盾を下の川へと投げる。鉄馬は無言で俺の動作を見ていた。橋の上から川までわりと高さがあったため、表彰盾は派手な音を立てて水の中へと沈んだ。

「優勝できるのは本当の天才一人だけだ、ほとんどの人は負け犬になる運命だ。だったら最初からどうして夢なんか見るんだ。」

頑張っても結果が出せなければ意味がなかった。父に認められなかった。俺は顔を手で覆って涙を流す。


苦しい。苦しいよ。





「…っ!」

ハッとして俺は目を開いた。目の前には見慣れた天井。

良かった、あれは夢だったんだ…と安心すると同時に身体は嫌な汗でびっしょりであることに気づいた。身を起こそうとすれば、なんだか身体がダルいし熱を帯びているように感じる。それでも今日は部活は勿論学校があるし……と思って無理矢理身体を起こしてベッドから出て歩こうとすればフラフラする。

なんとか体温計をとると俺はベッドに倒れ込んだ。あー、こりゃ随分重症だねぇ…なんて他人事のように思いながら体温計を身体に挟んで熱を測る。ピピッと熱を測り終える音が聞こえたら39.3℃だった。これじゃ学校行くのも無理かなと思った俺は枕元に置いていた携帯電話をとって欠席する旨を伝えるメールを2人に送ると意識を手放した。





最強の座への扉は俺のためには開かれていなかった。
ただそれだけなのに、なんでこんなに辛いんだろう。分不相応な夢なんて見たから?
本当に認めてほしかった存在の背にいくら声をかけても返事はない。
どれだけ呼んでも振り向かれることさえなかった。

幼い頃の俺がいる部屋の扉が閉まり、真っ暗になる。
そして部屋は崩れ落ちて水の中へと飲み込まれていく。俺も水中へと沈んでいく。


まずい、このままじゃ死ぬ…!お願いだ、誰か来てくれ…!

一生懸命、もがいて叫んで助けを求めても誰もやってこない。
どれだけもがいてもそのまま沈むだけ。何の意味もない、まるで今の俺みたいに。


全てが崩れ落ちた後、上から光がさしているのが見えた。

何が正しくて何が間違っているのか……もう分からなくなってきた。
このまま足掻いて頑張るのも馬鹿らしい。

だって……手を伸ばしたって、期待したって無駄だよ。
父さんどころか誰も俺に手を差し伸べてくれる人なんかいやしないんだから。
俺は救う価値のない人間なのだから。

このまま沈んでしまえばいいか。もういっそこのまま誰の手も届かない場所まで沈んで消えてしまえ。名前を呼んでも手を伸ばしても届かないくらいに深く落ちていけばいい。

未練がましく片腕だけを上に伸ばしたまま、俺は脱力してそのまま下へ落ちて行くのに身を任せる。俺はまだ助かりたいのか。希望は捨てなよ。そう言い聞かせて呆れながらも俺は手を伸ばしたままだ。

ああ、俺は今急降下してる。そうだ、早くこのままどん底まで連れて行ってくれ。


そう諦めかけた時、落ちていく俺に向かって上から水泡と共に勢い良く1つの手が差し出される。逆光で顔が見えない。一体誰なんだ……?

もうこのままそっとしておいてくれ。余計なことをしないで…俺には価値がないのだから。



まぶしい光の中でやっと顔が見える。

「なまえっ…!?」

水中だから声は出せないはずなのに、俺の声ははっきりと聞こえた。なまえは目に涙を溜めて、苦しそうに俺を見つめて一生懸命俺を水の上の世界に連れようと、俺の方に手を伸ばしている。


俺を必要としてくれている人はいるって信じてもいい?
俺は1人じゃないって信じてもいい?

またもう一度夢を見て、あがいてみても……いい?

幼い俺は涙を流しながら彼女に向かって微笑んで彼女のいる上の方へと手を伸ばす。




光を求めて手を伸ばすと、ぱしっと手を握られる。


「紫苑、大丈夫?」

愛しい女の子の優しい声が耳に入ってくる。

「なまえ…?」
「随分うなされてたわよ。」

ぼーっとしていて頭が働かない。心配そうに俺の顔を覗き込む2つの顔。意識はまだ夢の中にいて、ぼんやりとだがなまえと鉄馬の顔がゆっくりと見えてくる。さっきと違って俺は11歳じゃないし、ここは水の中じゃない。

もしかしてさっきのは……夢?


「鉄馬も……どうしてここに?」
「風邪で学校欠席するってメールが来たから心配になって来たのよ。」

掠れた声で訊ねると、2人は心配そうに俺を見つめた。その後、すぐに優しい表情でなまえは微笑み、鉄馬も頷く。
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