15

 

エスカレーターを降りて奴らが向かったのは、どちらかというと女子の好きそうな雑貨屋だった。ああいう香水くさそうなところは苦手だが仕方ないので奴らと間を開けて入店する。


「…俺、端から見たらオカマかな」

「せめてニューハーフって言え」

「否定してくれないんだね」


とても男ふたりで来るような場所ではないので少し気まずい。いくら髪を下ろしていても近くで見ればリュウジは立派な男だ、そういう趣味でも関係でもねえよ散れ。ガン見してくる小学生を通り過ぎたあたりでなまえたちは止まったので、俺たちもさっと隠れた。相変わらず声はいまいち聞こえない。


「…風介にメールしとくか」

「あ、そういえばいないね」


ぱちりと携帯を開き、3F雑貨屋とだけ打って送ってやる。どうせあの様子じゃ帰るに帰れていない、アイス補給だろうから場所さえ分かれば戻ってくるだろう。

柱の影から覗いた先では、ヒロトがペンギンのキーホルダーを弄んでなんだか呆れたような困ったような顔をしている。なまえも重苦しいため息をつきながらその辺をきょろきょろ。ただのデートのわりには気楽には見えないのがいまいち気になった。

…もしかして、デートなんかじゃない、のか?二人ともなにかを探すような動きだし、いやでもなまえが欲しいものがあってヒロトが「買ってあげるよ」なんてかっこつけたのかもしれない。基本女物の並んだ店だし。
どこかへ歩き出したふたりはどう見ても仲のいいカップルで。俺たちがそうだと思いたくないだけで、普通に考えれば誰でもそうだと思うだろう。なまえの心を完全に把握していない俺たちでは、なまえとヒロトが付き合うということに100パーセントの否定をすることができない。近いんだよ何してんだ離れろバカ。風介がいなくてよかったと少しだけ思った。

ガキみたいに手をつないだ二人が立ち止まったのは、なぜか男物のアクセサリー棚。うまいことまた柱の影に身を寄せると、声が聞こえるくらいまで近づくことができた。男物とはいえ「女がプレゼントする用の」男物なので、結局俺たちが浮いているのは変わりない。こういう時照美がいると楽なんだけど。


「なんかじゃらじゃらしてると壊しそう」

「はは、つけたまま昼寝とかしそうだよね」

「じゃあシンプルだけど安っぽくないやつ!」


……?
首を傾げて右を向くと、丸まった黒い目もこっちを見ていた。今まで会話が聞こえなかったから分からなかったのだ。
俺たちはやっと話がわかったらしい。あれは自分たちのじゃなくて、第三者の。そしてその相手は消去法で数秒かからずに弾き出された。言い表わしようのない脱力感。俺たちは今まで何に胃を苛めていたのだろうか。普通に考えて気付くべきだった。

俺の計画にも入っているそれ……風介にやるプレゼント調達と、奴らの行動が全くうまく結び付かなかった。本人の風介はともかく、冷静に想像すればいくらでも辿り着けたその答えは、俺とリュウジにはかけらも見えていなかったのだ。なぜかなんてそれこそ考えなくても分かる。
散々風介のことを気に掛けていた俺たちも、ご立派に嫉妬で我を失っていたという訳だ。フィルターのかかった視界で二人を追っていたのだ。なんつー空回り。誰に責められるということでもないのにぞわぞわとこっ恥ずかしさが込み上げて、口元を覆う。


「晴矢、風介にメール送っちゃったよね…」

「品物さえ見なけりゃいい、大丈夫だ」


運良くなまえはさっさと意志が固まったらしい。ネックレス、ねえ。小洒落てるのが結構むかつくけどまあいいか。それで最近怪しかったなまえの心もよく分かってしまったというのに、意外と気分がすっとしているのがなんだか不思議だった。風介がいなくてよかった、二度目のその思いはなかなか本格的である。

レジでそれが予想どおりの青い袋に包まれたあたりで携帯が震えた。「向かってる」、あっさりした短文はいつも通り。なにも知らない(知るべきじゃないと言えばいいのか)風介に、俺たちはなんて説明するべきなのだろうか。新しい悩みはそっちにシフトされた。さて、風介と合流したら帰ろう。
なまえの死角で伏せられるヒロトの目は、見ていられない。







説明不足だ。私の頭の中ではさっきから晴矢への罵倒がひっきりなしに生産されている。もちろん八つ当りなんて言葉は私の辞書にはない。
3F雑貨屋と言われても、3階の雑貨屋はひとつだけではないのだ。どれだよ。買うものもないのに入りづらい店をうろうろ渡り歩く私は端から見たら滑稽だろう。見られないように探すというのはなかなか難しいもので、関係のない奴らに構っているひまはない。

なまえは昔から仲のいい男が多かった。エイリアの時に出来た、長年を共にしてきた私たちにはないようでしっかり存在していた溝。あれもFFIと同居のおかげで修復されたというのに今度はなんだ。

なまえはヒロトのことが好き、だったのか?確かにイナズマジャパンのサポーターではあったが。純粋に「恋」というものをうまく掴めていない私にはよく分からない。
恋、よく聞くそれはひどく親近感の湧かない響きだ。親しくもない女に好きだと言われたことは数多あったが、それは何を基準に決めるのだろうか。ファンと想い人ってどこから変わるんだ。皆がなまえを好き、なのは知っているけど。


「ヒロト、時間かかっちゃってごめんねえ」


後ろから馴れ親しんだ声がして、私は振り返って確認する間もなく路地目指して駆けた。サッカーで培った反射神経が変なところで役に立ってしまった。そっと覗けば、こっちに向かってきているのはやっぱりなまえとヒロト。ちょっと大人しくなっていた心が一瞬でざわつく。何故だろう、今日のヒロトは見てるとむかつくのだ。


「いえいえ。いいのあってよかったね」

「うん!ありがとー」


私の心中など関係なく、彼らはのどかな会話をしながら横を通り過ぎていく。くしゃ、ヒロトがなまえの髪を撫でるとなまえはくすぐったそうな恥ずかしそうな笑みを浮かべた。やけに幸せそうな顔じゃないか。なんで、なんでだ。私の精神もヒロトに握りすくめられてしまったような感覚に陥る。

大事そうになまえのバッグにしまい込まれた青い袋。あれはきっと、ヒロトからの。あんなに充実したなまえの笑顔を見たことがあっただろうか。一番長くそばにいるはずなのにわからない。何もわからないのだ。
一番そばにいるのはこれからも今までも、私なのだと思っていたから。


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