しかしマネージャーの皆はエプロンが似合う。それこそレースなんてついていないけれど、なんだかふわふわ家庭的な印象だ。
比べてわたしはなぜか「おかあさんのおてつだい」的な出来上がりになっていた。1年生の春奈ちゃんより子供っぽい。
チョコの中にバターをぶち込んで湯煎にかけながら、ひまだったのでバレンタインに勤しむ彼女たちをぼーっと眺めて思った。かわいいなあ。「本命は円堂くん?」なんて秋をからかえば、ゴムべらを取ろうと伸ばしたらしい手でそのまま肩を叩かれた。…結構強めだった。

「いった、照れ屋さんだなぁ秋は…そだ、冬花ちゃんは? 実は好きなひといたりするの?」

いつも大人しくメンバーのプレーを眺めている彼女だから、見惚れているプレイヤーがいるかも。しかし黙々とクッキーのための卵黄を混ぜる水色エプロンちゃんは、三角巾をした頭をふるふると振った。


「お父さんに。あとはメンバーの皆にいつもおつかれさまって」
「そっかぁ……あーやば、監督数入れてなかった」
「私ちゃんとあげますよー、監督に義理!」

偉いでしょと言わんばかりに胸を張ったのは頬に粉をくっつけた春奈ちゃん。ハンドミキサーとすっかり仲良しな様子の彼女は、いつ恋愛沙汰を聞いても「一番はお兄ちゃん」ばかりだ。羨ましい兄弟愛であるが、そのお兄ちゃんの彼女としてはなんとも複雑で。だってかわいいもの、春奈ちゃんの方が。

「春奈ちゃんは本命有人だもんね」

湯煎がおわってやっとメレンゲ作りを始める。ハンドミキサーの鈍い振動音の中で難しい感情を塗りつぶしていると、彼女はやだなぁと笑った。

「本命っていうのは兄弟に渡すものじゃないですよ、お兄ちゃんのも皆と同じやつです。それにお兄ちゃんはなまえ先輩のがもらえれば満足みたいですからね」

赤ぶち眼鏡娘の発言に動揺して、作業に没頭しようとハンドミキサーのスピードを早めた。順々に上がっていく速度がわたしの脈拍を表しているみたいではずかしくなる。
正直、有人はわたしのチョコなんかで喜んでくれるかなぁなんて不安になりながら作っていたから、その言葉は素直にうれしい。皆義理でもこんなかわいい子たちがあげる訳だから。ありがとう義妹よ、なんて調子にのる余裕が出てきた。



そのまま順調に焼きまで進み、一足先にひまになったわたしは皆の練習を見ようと合宿所の玄関に向かう。靴を履いたところで、開きっぱなしのドアのそばに見慣れた姿が見えた。

「有人! みんな頑張ってる?」
「なまえか」

休憩なのか、少し離れてグラウンド全体を見ていた様子の有人が振り返る。マネージャーは今日皆おやすみだと言ったから、頼られるタイプの彼は今日忙しいみたいだ。動くとさすがに暑いのか、引っ掛けられただけのジャージが風になびいている。

「皆今日は妙に張り切っているぞ。バレンタインがそんな魅力的なのか……あ」

ゴーグル越しの視線がわたしをじっと見て、言葉を途切れさせる。口元がなぜか笑みの形になった。

なんだろう、三角巾はちゃんと外して髪も手櫛で整えたからいつものマネージャーなのに。
そこまで考えて気付く、エプロンがそのまんまなのだ。しかも粉とチョコの染みつきの。笑っているのはこれかもしれない。

とりあえずあわあわ粉を払っていると、唐突に彼がジャージを脱いだ。ばさっ。グラウンドに背を向けて、目の前に立つわたしと自分を皆から隠す様に覆う。

「有人?」
「がんばりは嬉しいが、お前は本当にどこか抜けている」

かわいい。
至近距離で囁いた唇がわたしの頬に寄る。濡れた感触がしてびくっとした。…舐められた。
べた甘の典型に固まったわたしとは対照的に、今度は唇にちゅっと軽いリップ音を残すと、有人はさっさとジャージを羽織り直して大きな手をわたしの頭に乗せた。ついさっき整えた髪を崩される。

「チョコレート、楽しみにしている」

それだけ言って歯を見せて笑うと、有人は行ってくるとグラウンドへ走っていってしまった。マントが遠ざかって、まだ動けないわたしは寒い玄関先にぽつんと残される。

…本番ではがんばろう。
密かに心内で誓いを立てて、熱の集まる頬をはたきながらキッチンへ踵を返す。本番を完璧にするためにどうすればいいか、乙女たちに相談しに。




バレンタインデーキッス
(鬼道くんおかえり、何してたの?)
(糖分補給だ)
(…甘そうでいいね)

0214







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