わたしたちがすいすい闊歩していく歩道のすぐ横で、車はアトラクションの待機列のごとく少しずつ進んでいく。朝って混むんだなあ。電車に乗る距離でもない中学生は歩く他に特に通学手段はなくて、出発から到着まで自力なのはだるいなあなんて思っていたけど、こんなのに巻き込まれたらたまったものではない。中学生は中学生らしくいようと思った。アイドリングストップを忘れた排気ガスの道。

今日は大分冷える。最近部屋から食堂への廊下がつめたいとスリッパ嫌いの風介が言った。風介がふとした瞬間に脱ぎ散らかすスリッパを拾うのは大体治か晴矢のお仕事だ。どうせ落ち着かなくて脱ぐなら最初から部屋に置いておけばいいものを、末端冷え性の彼は時折迷惑なチャレンジ精神を見せる。治はいつでもみんなの後ろを歩いて落としたものを拾って回る係なのだ。


「太陽でねえなあ」


真っ白に覆い尽くされた冬空を仰いで、マスクに隠れた晴矢の口が言う。ブレザー代わりにトレーナーを着て、マフラーをまいて。きっと手をつっこんだポケットにはカイロも入っている。紅蓮の炎を纏ったりはできないらしい。そんなかっこで寒いとか言われましても。薄っぺらいスカートをひらひらさせて、厚くもないタイツをはりつけたわたしはそんなことを思う。


「あったかそうだよ、晴矢もみんなも」

「俺はそんなにあったかくしてないよ」


模範的な制服にマフラーを巻いただけのヒロトが振り向いた。「ヒロトは貼るカイロ買ったんでしょー」「まあ、おなかはあったかいけど」「俺は俺は?」「リュウジはもうもっこもこじゃん」今度は黄緑の髪に耳当てを埋もれさせるリュウジがそうかなあなんて自分を見下ろす。全員マフラーを装着してふたりづつお行儀よく並んで歩く、ガス臭い通学路。

自然の温度には強い治くんでも今日は大きな手がグローブのような手袋に隠されている。冬なんだなあ。コートを着込んだサラリーマンたちとすれ違った。治くん身長かわんねー。ねむがる風介を晴矢が引っ張って、わたしたちは一列になる。さながら軍隊のようだ。いつか晴矢たちもあんなふうに働きマンになって自立していくのだろうか。関東の冷えごときにこんなにうだうだしてしまうわたしたちが。なぜかいつでも人肌が恋しい、こんな弱いわたしたちが。去年まで人間じゃなかったくせに。

しばらく黙りこんでいた風介が、ぼうしがほしいなとぼやく。「髪さらに爆発させんのかよおまえ」みんなの笑顔は防寒具で誰一人見えなくて、でもわたしはそれがなんだかすきだった。次々にみんながもこもこ着太りしていく過程が、なんだかかわいかったのだ。顔が見えないのに笑っているのがわかるのがおかしくて、すきだった。






「まだマサキにははやいかなー」


グローブのようなあの手袋は、かさかさし始めた彼の手には大きすぎた。まだ子供向けでいいか。滑り止め付きのスポーツブランド手袋をはめてやればぴったりフィットする。あのときはわたしよりも大きくて男の子っぽくて、心強く見えていたリュウジのもの。こんなにちいさかったんだ。いつも砂がついていた面影はもうない。


「?」いくつかの防寒具を腕に引っかけたまま呆けるわたしの顔をマサキがのぞきこむ。幼い。個人差はあるけれど、御立派に自立のことなんて考えていたあのときのわたしもあいつらも、すれ違うサラリーマンから見たらこんなもんだったのだということ。あれから10年経っても結局お日さま園にいるわたし。と晴矢と風介。


「ごめんね。あとほしいのなんだっけ」

「マフラーと、帽子と、あと靴下かな」

「よくばりさんだね」

「だってさみーんだもん」


去年はそんなよくばりしなかったくせに。こっそりそう思う。中学生になって周りと自分を比べるようになったのもあるだろうけど、どうしても去年までマサキは遠慮する子だった。11歳までいい家で育った子どもが貧しい団体生活にぶちこまれたらそりゃあこうなる。大きくなってからここにきた子はわたしの代も後輩もみんなそうだ。それが当たり前だ。ここを家だとは思ってくれないし普通に考えたら思えない。つまり、ようやくお日さま園はマサキの家になることができたのだ。マフラーだけでいいよ姉さん、そう笑うヒロトの真っ赤な指先が懐かしい。よかった。あんなの見ているのはもうごめんだ。カイロひとつに自腹を切っていたあいつ。

その時のマフラーを巻いてやる。口元がうずまってしまう顔はいつもより上機嫌。他の子にあてていた帽子を似合わなかったのか風介が投げてよこしたのでそれも目深く装着させてみると、マサキは面白いくらい思い通りに鼻だけの顔になった。「遊ばないでくれますかね」ぶすくれた声がくぐもっている。部屋着の上から当てられたわたしの兄弟たちの防寒具。だれがどれを身に着けていたかはっきり覚えている。10年ぶりに見るそれらは少しだけ色褪せていて、晴矢たちはなつかしいなと凛々しくなった目を細めた。


「これで明日からあったかい?」

「多分」


風介のぼうし。ヒロトのマフラー。晴矢のコート、リュウジの手袋。いつかは治くんの手袋をはめるようになる。ごちゃまぜにしても案外馴染むことに当時五人がつけていたときは気づかなかった。想像もしなかった。ありがとうございますと笑う顔はマフラーに隠れて、やっぱりそれがわたしは愛しい。
いつか人肌恋しいとマサキが打ち明けてくれたら(決めつけているけど、だって絶対そうだから)、思いっきり抱きしめてやろう。昔のわたしたちのように。お互いに救われてあたためられて、そうしてわたしたちは家を手に入れていく。分け与えられた暖を一生懸命抱えこんで、あいつらのようにいつのまにか大人になる。
そしてきっと、さらに10年後の子どもたちにも渡せるように、このあたたかさを守ってくれるのだろうと思った。


 



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