(女装もの注意) 

勝った。右手に青い袋をぶらさげてわたしは今心からの笑みを満面に浮かべたい気分だった。裏道とはいえひとりで歩いているのでさすがに実際にはしない。数量限定特典のついた漫画と大人気の薄い本はその軽さに比例しない幸せをくれた。わたし今日仕事した。今のわたしは世界で一番「満足」って言葉が似合うかもしれない。遠くの駅まで来てよかった。
女装ものだけどいいよね。いつもは女装なにそれおもしろーみたいな顔して生きてるけどいいよね。何を隠そうかわいい男は大好物なのだ。

あとはもう帰るだけ、おやつ時の裏道をひとりで歩く。家に帰ったら至福が待っているのだ。そう考えて自然と流れの早くなった視界に、見覚えのある色が混ざった。
いつか言ったことがある。もったいないから切らないでと。わたしが決めることでもないのに必死にお願いした髪の持ち主が、地元から大分遠いはずのここにいた。いやそんなはずはない。地味な色のワンピースにレギンス、いくら無難でもそれは女物のファッションなんだから。

わたしの知る桃色のおさげちゃんはまぎれもなく男で中身もとても男前なはずなのだ。ばちっと合った碧い瞳の彼女は、思考に反して立ち止まった。そんな、だって、わたしの変態妄想が実現するわけがない。


「……え、あ、みょうじ…!?」


…………あれ…。





「ちがうんだみょうじこれはだな、その、ええと!」

強い力で揺さ振られすぎて、正直大分参っていた。言葉数と力にまったく比例しない説明の進行具合。言ってしまえば人気のない道で男に襲われているというのに、相手の格好のせいかまるで緊張感はなかった。

ぐらぐら上下する目線の先で桃色が踊っている。こんな事を考えているほど余裕はないはずなのに、脳内は相変わらずかわいいなあという変態思考で占められていた。
まさか本当に女装が見られるなんて思わなかったのだ。しかも文化祭などで半強制的に行われるものとは180度違った趣向の、より萌えるシチュエーションで。心理的にうれしいのと身体的にくらくらするのでやだどうしようお花が飛んでる……うふふ…。

「あっごめ、大丈夫か!」

ぺちぺち、軽い音と衝撃で久々に焦点が合う。長い睫毛に縁取られたサファイア。今更だけどやっぱり霧野だ。同じクラスの霧野蘭丸だ。
霧野はやっとわたしからゆっくり手を離して、スカートの裾をいじった。レースもなにもないシンプルなそれでも霧野の姿は違和感ゼロ女の子である。とにかく気まずそうに唇を噛んでいて、何を考えているのかよくわからない。

「霧野、そういう趣味だったんだ…」
「え、ちが」
「じゃあ罰ゲーム?」
「…………いや。趣味だ」

スカートから手を離した霧野は、やたらときっぱりわたしの言葉を否定する。ようやくまっすぐこっちを見た瞳は真剣で、これは結構ガチめな趣味なのかななんてひとりで思った。正直血が踊った。先程も言ったようにわたしはかわいい男が大好きで。しかもよりによって霧野が自分から女装してくれるなんてそんなの、本望というやつではないのか。

近くなった距離から何度目かの服装チェック。地味ワンピにレギンス、髪はいつものようにただの黒ゴムでふたつに括られていた。大人しく清楚でかわいらしいが、今ひとつやりきれていない感が否めない。これではまだいつもの霧野だ。
彼は何回目かのため息をついて「あんまり見ないでくれ…」なんて言う。いやそんな格好しておいて無茶ぶりだろ。わたしかわいい男大好きなんだぞ。知らないとおもうけど。むしろ知られていたら困る。

「…だめだ霧野、そんなんじゃ!」
「え?」
「絶対もっとかわいくなれる!」

それでも、人間は本能には抗えないのだった。理性を無視してフル回転する脳が、これからのルートを素早く組み立てていく。これ以上輝かせるには。わたしの理想の霧野を作り上げるには、どうすればいいのか。
気付けばわたしは霧野の手を引いてずんずんとショッピングモールの方へ向かっていた。色気のないスニーカーをつんのめらせた霧野はといえば、意外と大人しくひっぱられてくる。少しだけうれしそうな顔。ああやっぱりこの人は本当にかわいいものが好きなのかもしれないと、密かに思った。


 



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