第五夜
【醜いゴーストとシリウス】
「あたし、悪魔になるの。」
醜いゴーストは、廊下を通りかかったシリウスに向かって言いました。
ゴーストは麻のようにガサガサのブルネット、ずんぐりと短い両手足にだぶついた印象の胴、バランスの悪い顔の真ん中で一際大きく膨れた鼻を持つ、それはそれは醜いゴーストでした。
悲嘆にくれ、憂いを含み、常に苛立った様子で辺りを見渡したりせず、せめて落ち着いて微笑んでいれば少しはマシだろうとシリウスは思いました。
もちろん、そんな状態でしたらゴーストでいることなど無いのでしょうが。
「あたしね、この醜い姿のせいで誰にも愛されたことが無かったの。両親すら私をブスだと罵った。男たちは皆言ったわ、せめて性格に可愛げがあればって。だけど、ねぇ。小さな頃からみんなにブスブス言われて、心根が真っ直ぐな娘に育つと思う?」
ゴーストはシリウスが聞いてもいなくても関係ない様子で続けます。
「だからね、悪魔になるの。どいつもこいつも呪いまわって、誰にでも底意地悪い悪魔になるの。」
「ふうん。」
聞いているのかいないのか、シリウスは自分でも良く分かりませんでした。
「ああ、そうと決めたんだったらあいつらの方こそあたしの手で殺してやれば良かった。あたしのことブスって言ったやつ全員。」
「自殺したの?」
ゴーストは苛々とした様子で髪を振り乱して爪を噛んでいましたが、シリウスの言葉にはきっぱりと首を横に振りました。
シリウスは思いました。
ではこのゴーストは、どうやってその人生を終えたのだろうかと。
この身を悪魔にと願った醜女は、なぜゴーストに身をやつしてまでこの世にしがみ付いているのだろうかと。彼女の存在そのものが矛盾のように思えました。
「そうじゃない。でも、忘れちゃった。」
「ふぅん。」
ゴーストは少しの間黙っていましたが、また口を開きました。
「あたし、何してるんだろう。さっさと悪魔になってさ、どいつもこいつも、死ぬまで呪ってやりたいのに。」
「さぁね。」
シリウスは適当に答えると、「あんたは美人だから真っ先にあんたを呪ってやる!」と叫ぶゴーストを背にさっさと歩き始めました。
立ち止まってしまったのは、単なる気まぐれです。彼女が生前どんな人生を歩んだのか、なぜゴーストになったのか、なぜこのホグワーツ城に囚われているのか、少しだけ、気になってしまったからです。
醜い人生が嫌だったのなら、ゴーストになんてならずにさっさと死んでしまえば良かったのです。これほどまでに徹底的に醜い容姿なら、未練の残しようもないだろうにとシリウスは思いました。でも彼女は、ゴーストになる道を選びました。この城に残って、憎いはずの容姿を晒してまで、姿を留めています。
もしこのゴーストが本当に悪魔になりたいと願っていたとしても、それ以上の何か、彼女をこの世に引き留める何かが、あるのです。
それが何なのか、検討も付きませんが、
シリウスは気まぐれついでにもうひとつ、くるりと振り返りました。
「ひとつ質問をしても?」
「…なに?」
ゴーストは苛々とした様子で頷きました。
シリウスはその顔を、唇を歪めた皮肉な笑みで眺めました。
やっぱりとても醜い。
「色んな理由で悩んでる生徒たちの相談に乗ってあげてるって本当?」
長い長い沈黙のあと、ゴーストは苛々した様子で「そんなことあるわけないじゃない。」「あんたを一番に呪ってやる呪ってやる呪ってやる。」と繰り返して、姿を消しました。
その後姿を見送った後、シリウスもようやく踵を返しました。
談話室ではリーマスがパイにクッキーお茶の用意をしてシリウスを待ってくれていることでしょう。ですがシリウスは、真っ直ぐに皆の元へ戻ろうという気持ちにはなれませんでした。それがなぜだかは分かりませんでしたが、空き教室でたっぷり1時間ぼーっとしてから、ようやく寮へ帰りました。
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