第六夜
【マクゴナガル教授とシリウス】
ガチャ
「失礼します。」
「そこへおかけなさい。おほん、ブラック。なぜ私の事務室へ呼ばれたか分かりますか。」
「いいえ分かりません。心当たりが多すぎて。」
「…正直な点はよろしい。」
「どうも。」
「まぁ、今日のところはとりあえず、あなただけ進路希望調査書が未提出だからです。なぜ期限までに提出しないのですか。」
「まだ希望がないからです。俺に言わせれば、4年生になったばかりの時点で提出できる皆の方がどうかしていると思います。」
「何も今決めたことが絶対ではありません。学びの日々で様々なことを知っていくうちに、考えが改まることもいくらでもあるでしょう。それはもちろんです。ですが寮監として、あくまで現段階での展望を知っておく必要があります。」
「だから、今のところ希望も展望もないんです。一切ありません、と書いて出せば教授は納得してくれましたか?」
「そうですね、今年もそのような生徒が他にいなかったことは否定しませんが…。」
「え、俺たちの学年で?」
「誰がというのは今は関係のないことです。今話すべきはあなたがどうするかということです。ブラック、本当に何の展望もないのですか。」
「ありません。」
「考えたことくらいはあるでしょう。」
「…それは、ないわけではないですけど。」
「私もある程度、あなたの家庭の事情は理解しているつもりです。ですからあなたにご両親の意向を参考になどと言うつもりはありません。ですが、それはつまり何もかもを自分で選ばねばならぬということでもあるのですよ。それなら、早いうちから視野を広げて、深く考えていくべきだと思います。」
「…まぁ。」
「ブラック家の者ならば、働かずとも資産で日々の糧を得ることが出来るでしょう。現にあなたのご両親や親類がそうしているように。ですが、あなたはそうすることを選ばないのでしょう?」
「…。」
「…シリウス。お母様から、レギュラスがスリザリンに選ばれたことについて何か言われたのですか?」
「あの人とはもう何年もまともに口を利いていませんから。」
「時々手紙は届いているようですが?」
「…。」
「正直言えば、入学式のあの日、私も皆と同じであなたはスリザリンに選ばれるだろうと思っていました。」
「は…………えっ?」
「ですが、長い沈黙の後、帽子はあなたをグリフィンドールに選びました。そしてあなたは今、グリフィンドールの寮生です。」
「はぁ。」
「それはすなわち、あなたは私の生徒だということです。スラグホーン教授ではなく。…そうですね、紅茶を?」
「……じゃあ、頂きます。」
「一度ゆっくりと話したいと思っていたのですよ。ブラック。中々機会がありませんでしたけど。」
「そうですか?」
「まぁよろしい。ブラック、なぜ帽子があなたをグリフィンドールに選んだか、考えたことはありますか?」
「…まぁ。」
「帽子があなたになんと言ったか聞こうとは思いません。それはあなただけの言葉として、胸にしまっておきなさい。ですがブラック、あなたはグリフィンドールに選ばれました。勇猛果敢。他とは違う。ブラック、あなたは帽子が間違うことがあると思いますか?」
「…先生は見たことがありますか?帽子が生徒の組み分けを間違えるところを。」
「…シリウス、それは誰にも分かりません。分からないことです。なのであるともないとも答えられません。ですが、」
「なんでしょうか。」
「生徒自身が間違えるところは何度も何度も見て来ました。もちろんグリフィンドールの生徒だけではありません。スリザリンでも、ハッフルパフでも、レイブンクローでも。寮に馴染めず、あるいはその他の理由から、納得できなかったのですね。」
「はい。」
「彼らは皆、帽子が組み分けを誤ったと考えました。ですが、傍から見ていた者のひとりとして言わせてもらえば、月並みな言葉ですが、私には彼ら自身が間違ったようにしか見えないのです。つまり、結局は自分次第ということです。」
「はぁ。」
「そんな顔をするのはおよしなさい。私もあなたを使い古された台詞で懐柔できるとは思っていませんからね。それに私も、己が一番どうにもままならないということもよく知っていますし。」
「いえ…、すみません。」
「まぁいいでしょう。そうですね、ブラック。あなたは少々グリフィンドールらしからぬ点が見受けられることは否定しません。でもそんな生徒は毎年のようにいるのですよ。」
「はい。」
「グリフィンドールらしからぬ生徒でも、皆それぞれに7年間グリフィンドールを満喫して社会へ立派に巣立って行きましたよ。」
「はい。」
「ホグワーツでの生活はあと4年間あります。今年で半分です。」
「はい。」
「ブラック。考えることを放棄してはいけません。これはあなたの一番よくない点です。考えることをやめてしまっては、魔法使いは死んだも同じことなのですよ。弛まぬ思考を巡らせなさい、そして学べ脳みそ腐るまで。校歌もそう歌っています。私たちはあなた方生徒にとって価値あるものを教えるのが仕事です。忘れてしまったものを教えるのが役目なのです。分かりますね。」
「それは、はい。」
「時には逃げることも必要でしょう。逃げが安寧を与えてくれる場合も否定しません。ですが、ずっと逃げ続けることは不可能です。ブラック、繰り返します。不可能なのですよ。いつかは真正面から向き合って、考えて、選択しなければなりません。」
「はい。」
「…シリウス、ここからは寮監としてではなく、私個人的のごくプライベートな意見ですけど。」
「なんでしょうか。」
「前向きにお考えなさい。あなたはグリフィンドールでポッターという唯一無二の親友を得て、たくさんの友人を得て、素晴らしい環境を得たのですよ。特に貴方たちの代は生徒の学力の質が素晴らしい。近年稀に見るレベルの高さです。これは私の勘ですが、この代は恐らくこの先の魔法史に残る何かを成し遂げる代でしょう。あなたはその一員を担う重要な人物になるのですよ。…私の言っていることが、優秀なあなたなら分かるでしょう、シリウス?」
「…俺たちに、俺に、先生は闇払いになれと…そうおっしゃるんですか?」
「さぁ。そこまでは言っていません。あくまで、個人的な立場での戯言だと思って下さい。ですが、これはまるっきり私ひとりの意見というわけでもないのですよ。」
「…まさか、校長先生?」
「さぁ、どうでしょうねぇ。ふふふ、あなたのそんな顔を見たのは初めてですよ、ブラック。」
「俺も、先生のこんな一面を見たのは初めてです。笑ったところをきちんと見たのも初めてです。」
「あら、そう?まぁ良いでしょう。でも、選択肢は多い方が良い。色々お考えなさい、ブラック。今回は調査書の提出は免除しますが、次回は必ず出してもらいますよ。」
「はい。」
「よろしい。行ってよし。」
「はい、失礼します。」
「あ、そうだ。最後にもう1つ。」
「え?」
「シャツの襟のところに頬紅が付いています。私は別に男女交際にどうこう言うつもりはありませんが…せめてもう少し誠実におなりなさい。」
「…はい。」
「よろしい。行ってよし。」
「失礼しました。」
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