No.16



【至上最悪のハッピーバレンタインデー】



「えっ、付き合ってないの!?」

アリスの素っ頓狂とも言える声が、ホグワーツ自慢の立派過ぎる厨房の中に木霊した。

「ちょっと、アリス、声が大きいわ。」

何人かの屋敷しもべ妖精が驚いて飛び上がったのを横目にナマエはすぐにアリスを宥めたが、アリスは気にもとめずにリリーにぐっと顔を近づけてまくし立てた。手にしている木ベラからは、たった今混ぜたばかりのクッキーの生地がぼとぼとと床に落ちている。しかし、屋敷しもべ妖精の仕事が普段の1.1倍増しになろうと、今アリスにとっては取るに足らないことらしかった。

「リリーどういうことなの説明してちょうだいナマエってば付き合ってもいない男の子と一つ屋根の下お泊りしてあげく翌日仲睦まじく寄り添ってホグワーツ特急に乗り込んでくるようなふしだらな子だったの!?」

一度も息継ぎをしないアリスに感心しながら、リリーは首を横に振った。

「そうじゃないわ。むしろその逆よ。ナマエは厳しすぎるの。」

「どういう意味?」

「ちょ、ちょっと2人とも、」

この話題をなんとか止めようとしているナマエを尻目に、2人の会話はどんどん進んでいく。

「つまりね、あの女ったらしで無節操な男に顔だけでくらっといっちゃう女の子とは違うってこと。」

「あら、でもシリウスは改心したんでしょう?」

「口で言うより態度で見せろってことなのよ。」

リリーの簡単な言葉に、アリスは大袈裟すぎるほど頷いた。

「ああ、それで少し納得がいったわ!最近のあの異常とも言える良い男っぷりもさることながら、ナマエを見詰める視線がただごとじゃないもの。もうあれは…、そうね、何て言ったら良いかしら?」

「難しいわね。さしずめ、ナマエが手にしてる熱々にとろけたチョコレートってとこじゃないかしら。」

ナマエは溜息をついて手にしていたボウルの中身を別のボウルへと移した。メレンゲは上手く泡立った。あとは先に用意しておいたチョコレートバターとふんわり混ぜ込んで焼けば出来上がりだ。このガトー・オ・ショコラのレシピは、ナマエがその昔ハイカラの祖母から習ったものがベースになっていて、ナマエの自信作の1つでもある。

「ねぇナマエ。」

「え?なぁに?」

作業に集中しかけていたナマエは、アリスから突然話しかけられて不意を突かれた。

「え?なぁに?じゃないわよ。あなた、シリウスをどうするつもりなの?」

「どうって…。」

アリスの剣幕に押されて、ナマエはゴムベラを動かす手を止めてちょっと目を伏せた。

「恋人同士になりたくないの?」

「うーん…。」

「うーんって…。」

アリスははぁ、と溜息をついてくるりとリリーのほうを向いた。

「ナマエってシリウスが好きなのよね?」

「あら、それこそナマエにしか分からないわ。それに私も聞きたい。どうなの、ナマエ?」

本格的に話し込もうとしている3人を確認し、気を利かせた屋敷しもべ妖精たちが微調整をして3人の作品をオーブンに入れてくれた。明後日はバレンタインデー。気合十分のリリーとアリスは、うっかり口を滑らせたナマエの“日本では菓子屋の企業戦略に嵌められて、恋に恋する乙女だけでなくもはや伝統行事の1つとして大多数の婦女子が別に愛してるわけでもない男性にすらチョコレートをプレゼントする”という言葉にすっかり感化されて、今年はみんなでチョコレートを手作りすることにしたのだ。自信が無いというアリスの提案から今日は予行練習を行い、明日プレゼント用のものを作ることにしたのだ。しかし、肝心のアリスの関心がどうにも別の方向へ向いているようだった。

「どうって聞かれても困るわ。」

ナマエが首をひねって答えても、アリスは調子を緩めない。

「でもシリウスって良い男じゃない?ハンサムだし、何でも出来るし、ナマエには優しいし。」

「アリス、フランクに言い付けるわよ。」

ナマエが油断なく言うと、アリスはちろりと舌を出した。

「それだけ完璧ってことよ。」

「完璧な人が、イコール恋人に適してるかは疑問が残るけどね。」

ジェームズのことを思い出しつつ、ナマエとアリスはリリーの言葉に深く頷いた。長年の片想いから晴れて恋人の座を手に入れたジェームズは、付き合う前よりもむしろ言動をヒートアップさせてリリーを困らせていた。しかしナマエもアリスも、リリーの感情がそれだけでないことを知っていたので、頷きながらもにまにまと不快な笑みを浮かべていた。

「ま、まぁ私のことは良いのよ!問題はナマエよ!」

2人の剣幕に押されて、ナマエは観念したように小さく頷いた。

「…好きか嫌いかで問われたら、好きでしょうね。」

「それは異性として?」

「そういう意味も含まれるかも。」

「あのねぇナマエ、あなた政治家みたいよ!のらりくらりと曖昧なことを言って!はっきりしなさい、イエスなのノーなの!」

「はっきりできれば私だって苦労しないわよアリス。」

ナマエとアリスが顔を見合わせてまたはぁと溜息をつくと、オーブンの前に置かれた3脚の椅子の1つに座ったリリーが、ナマエをちょいちょいと手招きした。

「なぁにリリー。」

「でもナマエ、シリウスに好きって言われてどきっとしたでしょう?」

リリーの言葉に、ナマエはさっと顔を赤くした。

「そりゃ、うん…、そうね。どきどきしたわ。」

「嬉しくなったでしょう。」

アリスも椅子に座って、ナマエの顔を覗き込んだ。

「嬉しいっていうか、混乱したわ。でも嫌な気持ちじゃなかった。なんていうか、こ 興奮、って言葉が一番しっくりくるかも。かぁってなって、なんかもう走り出したい感じ?良く分からないんだけど。」

言いながら、ますます顔を赤くしてすっかり茹で上がった状態になったナマエを見て、リリーとアリスは顔を見合わせた。

「あきれた。それは恋よ!」

「まごう事無き恋、ね。」

ナマエは顔をあげて、2人の顔を交互に見た。

「だっ、だけど2人とも。恋って、もう何が何でも「好きだ!」って相手に伝えたくなって、キスしたくなって、抱きつきたくなるものじゃないの?一時の気の迷いなんじゃないかとか、付き合った途端幻滅されて終わっちゃうんじゃないかとか、そういうことごちゃごちゃ考えたりしないものでしょう?」

ナマエが言い終わると、リリーがナマエの手を取ってゆっくりと言った。

「それはね、ナマエ、貴女が自分に自信がないからよ。」

「そうね。シリウスは、私のフランクほどではないにしろ、良い男だから余計に気後れしちゃうのよ。あやつの今までのことだってあるし。」

アリスは1人でうんうんと頷いて、それからやけに神妙な顔でこう言った。

「それにナマエ、恋に決まりなんてないのよ。友達からはじまる恋すら存在する時代なのよ。誰しもが私や…そうね、ジェームズみたいに本能に忠実ってわけじゃないのよ。そのうち嫌でもキスしたくなる時が来る!ような気がするわ。」

ナマエは笑うべきところなのかどうか迷ったが、リリーもアリスと同じように真剣な顔だったので、ナマエも真剣な顔で「はい。」とだけ答えた。



***



翌日、今日最後の授業である占い学を終えたナマエとリリーは、のんびりとした足取りで大広間を目指していた。お昼休みと空き時間を利用して作ったチョコレートも成功し、2人は上機嫌だった。あとは夕食後、部屋に戻ってラッピングをすれば完成だ。通りかかるゴーストにもにこやかに挨拶をし、あと1階降りれば大広間という場所までやって来た時、ナマエは突然後ろから名前を呼ばれた。

「ミス・ミョウジ!」

「マクゴナガル先生。」

ナマエは教科書を抱えなおして丁寧におじぎをした。

「何かご用ですか?」

そばまで行くと、マクゴナガル先生はいつもの厳しい顔のまま言った。

「ちょっと、先週出した課題のことで話があります。私の事務室へおいでなさい。」

「えっ、今からですか?」

普段呼ばれる時は夕食後が多かったので、ナマエは不思議に思った。今日に限って、何かあるのだろうか。

「えぇ。なにか不都合でも?」

しかし、マクゴナガル先生は険しい顔を少しも崩さずに言い、そのまま歩きだそうとした。ナマエが慌てて追いかけようとすると、マクゴナガル先生がぴたりと立ち止まりリリーを振り返った。

「ミス・エバンズ。今日の分の出席簿が書かれていません。ルーピンがやり忘れているのかもしれませんから、今から記入してきてくれますか?」

リリーはきょとんとした後すぐに頷いた。

「あ、はい分かりました。」

「宜しい。ではミス・ミョウジは私についていらっしゃい。」

そして今度こそ早足で歩き出したマクゴナガル先生の後を、ナマエは慌てて追いかけた。


どんどん歩いて行くマクゴナガル先生の後を、ナマエは違和感いっぱいの気持ちで追っていた。事務室からは遠く離れた場所、それも人気のない空き教室や隠し部屋ばかりが点在する城のはじまで来てしまってようやくナマエは口を開いた。

「あの、マクゴナガル先生?事務室に行くんじゃ…?」

「着きました。さぁ。」

マクゴナガル先生は、ある空き教室のドアの前に立った。不審に思いながらナマエがドアを開けると、その瞬間、武装解除の呪文が何発もナマエを襲った。不意を突かれたナマエは杖に触れることも出来ないまま、魔法にロープで体中を拘束されるのを感じた。何が起こったのか全く分からないナマエは、目をこらして月の薄明かりが差し込む教室に目を凝らした。埃だらけの教室内は、それがまるで霧のように全てをうやむやにしていた。

「こんばんは、ミス・ミョウジ。」

声を聞いて、ナマエは一瞬で理解した。目の前に立っているブロンドが美しい女性は、かの日シリウスをダンスパーティに誘っていたルーシーだった。

「ルーシー・ジェラルディーン。貴女なの?」

ナマエは問うたが、ルーシーは無表情のままナマエを見据えるだけだった。部屋のあちこちから小さなくすくす笑いが聞こえてきて、ルーシーの他にも複数の人がいることを示していた。ナマエの視線がルーシーの後ろに立っているマクゴナガル先生に移ると、ルーシーは少し口元を緩ませた。

「あぁこれ?分かったと思うけどポリジュース薬よ。」

「マクゴナガル先生が一番適役だったから。髪の毛を手に入れるのは苦労したけどね。」

マクゴナガル先生の少し老いた声で、顔も分からない誰かが言った。ナマエは自分に何度も何度も冷静になるように言い聞かせた。どうやら自分がまんまと捕らえられたらしいことは、もはや考えなくとも明白だった。問題は、どうやったらこの窮地を打破できるかだ。大声を出したところでここはほとんど人が来ない場所だし、第一これだけ計画的で念入りな計画だ。教室自体に防音の魔法がかかっているかもしれない。しかも、杖が手元にないことは最大の問題点だった。ルーシーの手には彼女の杖と自分の杖がしっかりと握り締められていた。

「ねぇナマエ。」

部屋の左側から、妙に親しげな声がした。ナマエには誰か分からなかった。あまり耳にしたことがない声だと思っただけだった。

「どうして自分がこんな目に合ってるか、分かる?」

ナマエはゆっくりと首を横に振った。

「意外にお馬鹿さんなのね。」

また別の声がした。

「演技でしょ、どうせ。」

ルーシーはそんな声々を背に、一歩ナマエに近づいた。

「賢い貴女ならこれも分かってると思うけど、シリウスのことよ。」

ルーシーの声は穏やかで親しみ深かった。陽だまりの下、紅茶とスコーン、それにたくさんのジャムと共にあるべきような口調だった。

「彼がどうしたの。」

ナマエも、あくまで冷静な声をつくろった。ここで焦れば彼女たちの思う壺だと理解していたし、なにより気持ちで負けてしまうことはそのままこの状況からの打破を不可能にすることを意味していたからだ。案の定ルーシーの背後からはヒステリックな声が聞こえてきた。今度の声には聞き覚えがあった。

スリザリンのジュリアンの声だ。

「最近やたら貴女に構ってるようね!」

「だから何なの、ジュリアン。」

名前を呼ばれて、ジュリアンは少し動揺したようだった。しかしそんなジュリアンは気にもとめずに、ルーシーがまた一歩近づいてきた。

「とっても不思議なことなんだけど、シリウスはどうやら貴女が好きみたい。」

声は優しげなのに、先ほどの5倍は恐ろしさを感じさせた。ナマエはいよいよ嫌な汗が背中にじっとり流れるのを感じて、気分が悪くなりそうだった。

「だったらどうだって言うのよ、ルーシー。」

「許さないわ!」

答えたのはルーシーではなく、これも聞き覚えのある声だった。グリフィンドールの1つ後輩である、ゾーラ・ルデロスキーだ。ナマエは舌打ちしたい気持ちをぐっと堪えて真っ直ぐ前を見据えた。

「許さない?そんなことシリウスに言いなさいよ。私は」

「関係ないなんて言わせないわよ、ナマエ・ミョウジ。」

ルーシーの声はだんだん荒くなってきていた。

「関係ないだなんて、言わせない。貴女は知ってるんでしょう。」

ナマエはルーシーが何を言わんとしているか理解したが、あえて問い返した。

「何が?」

しかしルーシーの方も分かっているようで、ナマエの返した問いには答えなかった。

「どうやって彼の気を引いたか、」
「愛の妙薬を使ったのよ!」

ルーシーの言葉を遮って、ナマエやルーシーよりも少し幼いヒステリックな声がした。そうに違いないという確信が含まれた言葉に、ナマエは思わず少し笑ってしまった。

「さしずめシリウスはアディーナってとこかしら。」

ナマエの言葉の意味を理解した人は、この場には誰もいなかった。それを良いことに、ナマエはにやりとますます笑みを深くして声を漏らして笑った。

「何を笑ってるの!」

ジュリアンが杖を振るうと、ナマエは腹部に殴られたような衝撃を受けた。思わず息を詰めると、あちらこちらからまたくすくす笑いが聞こえてきた。

「ルーシー、あなたまで愛の妙薬だなんて馬鹿げたことを信じてるわけじゃない でしょう。」

ナマエは少し咳き込みながら、それでもよどみなく言葉にした。話し続けなければ、その一心だった。しかし、いくら考えてもここから逃げ出す方法は見つからない。せめてポケットに魔法道具の1つでも入っていれば良かったのに。ナマエは今日の自分の運勢の悪さを心の底から呪った。

「ええもちろん信じてないわ。もっと簡単で、合理的で、合法的な手段を使ったんでしょう。」

ナマエは眉をしかめた。何を言っているか、今度は本当に分からなかったからだ。ルーシーは嬉しそうにナマエの頬を撫でると、ぴりっとした痛みが走るくらいに、薄く美しく整えられた爪を立てた。ナマエは場違いにも、その爪をまるで子猫のようだと思った。

「随分ベッドがお上手なようね。」

「随分下品なことを言うのね。驚いた。」

思いもかけない言葉を浴びせられて、ナマエは反射的に反論した。ぱんと乾いた音がして、ナマエは頬を叩かれたと分かった。じんじんとした痛みは、あとからゆっくりとナマエを襲ってきた。ルーシーは一瞬歪んだ顔をすぐにすました顔に戻していた。

「聞いたことがあるわ。東洋人は体が小さいから、その分あそこも小さくって締りが良いって。」

誰だか分からない声の主にナマエはかっとなって思わず声を荒げた。

「なんて下品なの!?今両手が自由なら、真っ先に耳を塞ぐわ!」

「黙りなさい。」

ルーシーの凍てついた声とほぼ同時に、背後からまた叫び声が聞こえた。

「だってそれ以外あなたに何があるって言うのっ!」

「醜く黄色い肌、ぺっちゃんこの鼻、胸が特別大きいわけでもないし、何の取り柄もないじゃない!」

大きな声でそう叫んだゾーラの顔こそ、醜く歪んでいた。大きな瞳が愛らしい女の子だったが、今の顔は鬼婆よりも見るに耐えなかった。

「ナマエ・ミョウジ。」

ルーシーが呼ぶナマエの名前は憎しみで染まりきっていた。

「許さないわ。絶対に。シリウスは私の、私達の全てなのよ。独り占めなんて絶対に許さない!シリウスはそんな人じゃないもの。あなたなんかには分からないわ。私はあなたなんかよりもずっと昔からシリウスだけを見てきたもの。シリウスはもっと自由な人なの。誰にも何にも捕らわれないの。私の全てなの。奪う人は許さない!」

「ルーシー・ジェラルディーン。私はあなたがもっと賢い人だと思ってた。シリウスは自由なんかじゃない。何にも捕らわれていないなんてこともない。いつも孤独の影に怯えている弱い人よ。」

「黙って!」

「いいえ黙らないわ!」

ナマエは頬を紅潮させて続けた。

「あなたこそ、そんなに長い間シリウスを想っていてどうして気付けないの!?そうやってシリウスをイメージだけでとらえるから、アイドルか何かみたいに決め付けるから、だから彼は倍苦しむ羽目になったのよ!完璧な人間がこの世にいるって、本気でそう思ってるの!?そんなの正気じゃない!!」

ナマエのあまりの剣幕に、ルーシー以外のその場にいた全員が口を噤んだ。しかしルーシーは、ナマエに負けないくらい白く透き通った頬を赤く染めていた。

「分かったような口を利かないで!」

ルーシーは杖腕と反対の手でナマエの頭頂部の髪をぐっと鷲掴みにした。あまりの痛さに、ナマエの目に生理的な涙が滲んだ。

「あんたなんかにシリウスの何が分かるのよ!」

首元に杖を突きつけられて、ナマエは息を飲んだ。本格的な恐怖を全身に感じて、足が微かに震えた。

シリウス!

次の瞬間、ナマエは突然脳裏に振ってきた言葉に心底驚いた。

なぜ、今、シリウスなのだろう。

目の前ではルーシーが顔を歪めて何か叫んでいる。しかし、ナマエにとって今一番大切なことはそんなことではなかった。この危機的状況にあって、なぜ母親でもなくリリーでもなくシリウスなのか。


こんなにも簡単なことだった。


ぽっと、心の真ん中があたたかくなった気がした。簡単なことだった。本当に単純で、リリーやアリスの言ったとおり、本能だった。ごちゃごちゃと悩んでいたことは、全て余計なことだった。追いかけてもらえなくなったら、自分から追いかければ良いだけのこと。臆病者は、自分自身だったのだ。もっと早くに気付けたはずなのに、もっと早く素直になれたはずなのに。シリウスは、もうずっと前から真っ直ぐに気持ちを伝えてくれていたのに。ナマエはシリウスに対して申し訳ない気持ちと、今すぐ会いたい気持ちで一杯になった。

「何ぼーっとしてるのよ!」

先ほどよりも強い衝撃が、またお腹を中心に広がった。

「ごほっ、うっ、」

胃液のような唾液のような奇妙で酸っぱい味が口の中を占拠して、ナマエは耐えられないほどの不快感を味わった。

「ほんとにムカつく!」

「痛めつけてやりたいっ!」

もはや誰が叫んでいるのかも分からない状態の中、ナマエはルーシーの顔をじっと見た。ルーシーもナマエを見た。

「シリウスに見てもらえるなら、私は何だってしたしこれからも何だってする。」

「聞き分けの良い、都合の良い女を演じてまで?そんなのって「不様だって構わないわ!」

ルーシーが握っている杖が、とうとうナマエの皮膚を傷つけた。とろりとクリムゾンの液体がナマエの首を伝ってシャツを染めた。

「汚い。」

ルーシーが零した言葉は、ナマエの胸を深く刺し貫いた。

「あなた、本当に惨めね、ルーシー・ジェラルディーン。」

「惨めで結構よ!わっ、私は、本当に、シリウスが好きなの!そばにいれるならどんな形だって良いの!」

ルーシーは、ナマエの髪を抜けるほど強く握り締めて杖を突きつけた。その後ろでは、何人かの笑い声やルーシーをはやし立てる声が聞こえてきた。

「ナマエ・ミョウジ、あなたが憎い。殺したいくらい!私のシリウスを奪っておいて、弄んで!私のほうがずっと昔からシリウスを好きだった!」

「今は私のほうが好きよ!」

ナマエは勢いに任せて大きな声で叫んだ。この一言は、ルーシーを起爆させるのに十分すぎるほどの威力を発した。彼女が持つ杖からは火花が溢れ出ては散り、埃だらけの教室を刹那照らし上げた。

「このーっ!!!」

ルーシーの声に呼応するように、他の生徒もみな一斉にナマエに杖を向けた。


「やっやめて!やめてええぇぇぇぇっ!!!」


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