リリーが大広間につくと、ジェームズ・シリウス・リーマス・ピーターのお馴染み4人組が長テーブルの一番前に陣取って食事を楽しんでいた。
「リリーっ!遅かったね!」
「ねぇリーマス、」
ジェームズが大きく手を広げて熱烈な歓迎をしたのを綺麗さっぱりと無視すると、リリーはリーマスの前に座った。
「なんだいリリー。ジェームズの視線が痛くて大好物のにんじんスープが喉を通らないんだけど。それに早くしないと食事の時間終わっちゃうよ。」
リーマスはちょっと笑って水注しに手を伸ばしてリリーのグラスに並々と注いだ。
「ありがと。ねぇリーマス、今日出席簿書いた?」
「もちろん書いたよ。今週は僕の番だろ?」
リーマスの隣では、シリウスがジェームズの肩に優しく手を置いてくすくす笑いを漏らしていた。
「おかしいわねぇ。マクゴナガル先生がまだ書かれてないっておっしゃるから、今私書きに行ったのよ。そしたらもう書いてあったから…。」
「それは確かにおかしいね。僕、今朝一番に書いたよ?」
リリーは首を傾げてリーマスが注いだ水に手を伸ばした。
「なぁリリー、その、ナマエは?一緒じゃないの?」
リーマスとリリーの会話が途切れるタイミングを見計らって、シリウスがなるべくスマートにリリーに尋ねた。リリーは首を横に振る。
「占い学から戻る途中にマクゴナガル先生と連れ立って事務室へ。なんでも、課題のことで話があるとか?」
「ふぅん?」
シリウスが腑に落ちないと眉を寄せると、その隣に座っていたジェームズも首を傾げた。
「ますますおかしいよ。だって僕、今日お昼休みが終わる直前に呼び出しくらって、その時ナマエへの伝言も預かったんだ。明日の昼休み、食事が済んだら僕と一緒にいらっしゃいって言ってたよ。」
「えっ?」
「確かか?」
「僕まだモウロクはしてない。」
ジェームズは軽口を叩きながらも真剣な眼差しではるか遠く、スリザリンのテーブルの先にあるタペストリーに目をやって思考を巡らせた。シリウスは嫌な予感で胸が一杯に満たされて行くのを感じた。
「嫌な予感がする。」
「どんな?」
リーマスが尋ねたが、シリウスも手にしたナイフに目をやったまま、じっと身動き1つしなかった。
「ねぇリーマス、確か地図は今君が、」
「マクゴナガルだ!」
ジェームズが言いかけた言葉を遮るように、ピーターが小さな声で叫んだ。みんな一斉に顔を上げると、マクゴナガル先生が今まさに大広間にやってきたところだった。シリウスは立ち上がり、マクゴナガル先生が教授席に着く前に呼び止めた。
「先生!」
「あぁブラック。なんでしょう。」
「ナマエは…、ナマエは今どこに?」
突拍子もない質問に、マクゴナガル先生は険しい顔をしてシリウスを見据えた。
「ミス・ミョウジですか?私が今日最後に彼女を見かけたのは、昼食の時ですが。」
するとリリーが驚いたような声を上げた。
「えっ?先生、だって先生、さきほど廊下でお会いしましたよね?」
「ミス・エバンズ?貴女と会ったのも、昼食の時が最後です。」
「っ!」
マクゴナガル先生の話を全部聞く前に、シリウスはリーマスのローブから地図を引っ手繰って矢のように走り出した。
「シリウス!」
「ブラック!?一体何がどうしたと、」
シリウスに続いてリーマスが走り出した。
「リーマス待って!私も、」
リーマスを追いかけようとしたリリーを、ジェームズが腕を掴んで止めた。
「ちょ、放してジェームズ!」
「待って。君は寮に戻ってて。」
「なんでっ?嫌よ!」
「いいから!」
ジェームズの迫力ある剣幕に、リリーは思わず口ごもった。
「嫌な予感がするんだ。君は来ない方が良い。ピーター、リリーを頼んだよ。」
ピーターはしっかりと頷いて、何が何だか分からないなりにも毅然とした態度を取った。
「先生!一緒に来て下さい!」
「ポッターまず説明を、あっ、ちょっ。」
けっして若くはないマクゴナガル先生を半ば引き摺るように、ジェームズも愛箒の名に恥じない走りで大広間を出た。その後姿を心配そうに見詰めるリリーの手をそっと握って、ピーターが言った。
「あの3人がいるから何があっても大丈夫だよ。ジェームズに言われた通り、僕らは寮に戻ってよう。」
優しい声で、でもしっかりとした言葉だった。リリーは眉を寄せてちょっと笑うと、小さく頷いた。
「そう、そうね。ピーター、ありがとう。」
「ほら、ナマエはもしかしたら夕食食べ損ねちゃう…かも知れないから、厨房で何か包んでもらおうか。」
「素敵なアイディアだわ、ピーター。」
走りながら地図で小さな点を見つけるのはとても難しいことのようだったが、実際は容易だった。この時間は大抵の生徒が大広間か寮にいるので、それ以外の不自然な点を見つければ良いからだ。
「あった。」
ナマエ・ミョウジの点を見つけたシリウスの喜びは、ほんの一瞬も持たなかった。その点は今は使われていない空き教室にあり、ざっと10個ほどの点がナマエの点を囲んでいる。予想できる範囲で最悪と言っても良かった。
「くそっ。」
シリウスは乱暴にローブのポケットに地図を捻じ込むと、シリウスのはるか後方をかろうじて着いて来ていたリーマスに向かって大声で叫んだ。
「リーマス!レディ・リディヤの絵のそばの教室だ!」
そう言うと、シリウスはどんどん加速した。抜け道を使い、隠し扉を使い、恐らく城にいる誰も追いつけないスピードで廊下を駆け抜けた。身体的な意味でも、心情的な意味でも、シリウスは胸が爆発しそうになった。
バーン!!!
次の階段を上がれば教室まであと少しというところまで来た時、大きな爆発音が聞こえた。それは3年生の時、ピーターが魔法薬学の時間に部屋の半分を大破した時と似ていて、シリウスは背中にどっと汗が噴き出すのを感じた。
「ナマエ!」
階段を上り切り、爆発音に目を白黒させているレディ・リディヤの横を駆け抜け、シリウスはようやく目的の空き教室に辿り着いた。
「ナマエ、ナマエ!」
辺りは物凄い量の埃が舞い散っており、息をするのも辛いほどだった。シリウスは杖を振って風を起こしながら、教室に飛び込んだ。
「ナマエっ!!!」
室内は、机や椅子それに黒板や窓まで全てが奇妙な具合に破壊されていて、跡形も無かった。見覚えのある女子生徒があちらこちらに倒れている。全員気絶していた。シリウスは瓦礫と化した机をわきによけながらナマエの名を呼んだ。
「 ぁ、 」
小さな小さな声も聞き逃さなかった。シリウスが声のした方に急いで駆け寄ると、頭からつま先まで埃まみれのナマエががたがたと震えながら座っていた。床にぺたんとお尻と足をくっつけて、憐れなほど怯えきっていた。
「 っ、」
シリウスは、ナマエのあまりの姿にほとんど絶句しかけた。自慢の髪は無残にも切り刻まれ、一部はシリウスと同じくらいの長さになっていた。鼻の下はたった今流れ出た鼻血で汚れていて、何よりロープで身体をしっかりと縛られていることがシリウスに大きなショックを与えた。
「ナマエ、」
シリウスが、今出せる最大級優しい声を出しても、ナマエは恐怖で一瞬首を竦め、目を強く瞑った。
「ナマエ、大丈夫。俺だよ。」
「あ 、し シリ シ」
「大丈夫、もう大丈夫。」
シリウスは半分自分に言い聞かせながら腰を落として、なるべくゆっくり、極力恐がらせないようにナマエに近づいた。
「しリ ス、わたっ、わたしっ、」
「大丈夫。大丈夫だから落ち着いて。」
シリウスはまず、痛々しくナマエの腕や胸に食い込んでいる縄を切った。するりと両腕が解放されて、ナマエは驚いたような安堵したような顔のままシリウスの顔を見た。
「ごめん、恐かったな。もう大丈夫だから。」
「シリウス、シリウス、」
シリウスは一瞬躊躇した後、大きく震えるナマエの腕にそっと触れた。
「もう大丈夫。」
「あ、こわ、こわかった!わたし、わたし、」
わなわなと唇を動かすナマエを宥めるように、シリウスはそっとナマエを抱き締めた。シリウスは拒絶されるかと思ったが、ナマエはローブにしがみ付いただけだった。ナマエは、ここへ来てようやく涙を零した。
「ルーシーが、杖を。そしたらこうなった!ね、ねぇシリウス、これは私が?何が爆発…?」
泣きながら途切れ途切れに言葉にするナマエの頭を優しくなでて、そっとローブに沈めた。胸のあたりで直接ひっくひっくとしゃくりあげているナマエを感じて、シリウスはまた胸が爆発しそうになったのを感じた。
「ナマエっ!」
リーマスが息を切らして教室に飛び込んできた。埃や煙は大分おさまっていたが、床に散らばったものはひとりでには片付かない。リーマスはそこら中を荒々しく踏みつけながらシリウスとナマエのそばへやってきた。
「何があった!?彼女たちは何なんだ、さっきの爆発は?」
リーマスはマクゴナガル先生の姿をした別の誰かを乱暴に指差しながら言った。シリウスは首を横に振って、それからナマエの頭をもう一度抱えた。
「ナマエは?平気かい?」
「たぶん…。でもマダムのところに行かなきゃ。」
シリウスはポケットからハンカチを取り出すと、ナマエの涙と鼻血を丁寧に拭った。そして、埃を落すふりをして肩に散らばった髪を床に落とした。
「ジェームズが今マクゴナガルを、あっ来た。」
リーマスの言葉と同時に、息を切らせたマクゴナガル先生とそうでもないジェームズが来た。
「ナマエは!?うわっ、なんだこの部屋!」
「い いまの ばくはつ音は 、なんですかっ?」
マクゴナガル先生は息も切れ切れにそう言うと、歪んだドアに手を置いて深呼吸しだした。
「ナマエは無事かい?」
「うん。」
シリウスは少し低い声でそう言った。
「だけどマダムが必要なんだ。この部屋にいるほとんど全員がね。」
リーマスの冷ややかな言葉の先にはいまだ偽マクゴナガル先生やその他数人の女子生徒が引っ繰り返ったりうつ伏せになったりして倒れていた。
「これはどういうことですか。説明なさいポッター!」
「その前に先生、あれを見て下さい。」
ジェームズは冷静に偽マクゴナガルを指差した。
「まっ!」
マクゴナガル先生は大きく目を見開いて、今まさに瓦礫に埋もれて倒れている自分を見詰めた。全く信じ難いという顔をしていた。
「ミョウジは?彼女は無事なのですか?」
「無事です、先生。でもマダムのところに行かなくちゃ。」
マクゴナガル先生は2度深く頷いて、ジェームズを見遣った。
「ポッター、ルーピン。この床に転がっている彼女たちを、私の偽者含め、医務室へ運ぶので手伝って下さい。人などを運搬する際の注意事項は?」
「対象に負担をかけないよう、対象の一部を何かに固定またはペトリフィカス・トタルス等の呪文によって硬化させ、安定性を保ってから運搬することです。」
「大変宜しい。グリフィンドールに1点!」
マクゴナガル先生はふんっと鼻を鳴らしながら倒れている生徒を見て「よくもまぁ。」と呟いた。
「私は先にポッピーのところへ。2人共頼みましたよ。ブラック、いらっしゃい。」
シリウスはナマエの背中を片腕で、両足をもう片方の腕で支えて抱き上げた。震えているナマエはいつもよりもさらに小さく見えて、シリウスは胸が締め付けられるのを感じた。荒墟と化した教室に2人を残して、マクゴナガル先生は普段よりも少しだけ速度を上げて歩いた。シリウスもそのすぐ後を追った。
「ブラック、何があったのですか。」
マクゴナガル先生は、1つめの階段を下りたところでようやく口を開いた。
「話せる範囲で構いません。」
その言葉に、シリウスは首を横に振った。
「俺にも良く…。」
言葉を濁そうとしたシリウスの目を真っ直ぐに見て、マクゴナガル先生がもう一度言った。
「心当たりがあるのですね、シリウス。」
シリウスは頷くしかなかった。
「ミス・ミョウジがこんな酷い目に合わされる理由に、心当たりが。」
シリウスはもう一度頷いた。マクゴナガル先生は、シリウスに抱かれて震えているナマエを優しい眼差しで見詰め、それからキッとシリウスを見た。さきほどの爆音で集まってきたゴーストたちも、何事かとシリウスを見ている。絵画の中の人たちも同様だ。シリウスは居た堪れなくなった。
「ブラック、いいえシリウス、あなたは…、」
マクゴナガル先生はそこで言葉を一端切ると、ふよふよと漂っていたニックを呼びつけた。
「生徒をここから医務室までの廊下に近づけないで下さい。」
「分かりました。」
「頼みます。なるべく急いで。」
ニックは近くにいた老婆のゴーストと連れ立って壁の中へ消えていった。
マダム・ポンフリーはシャワー前だった。年に似合わず派手なショッキングピンクのヘアバンドをして、タオルを両腕に抱えていた。
「ミネルバ!どうしたの、こんな時間に。」
マクゴナガル先生はマダム・ポンフリーに近づいて素早くそう言った。
「怪我人よ。それも大勢。」
「大勢!?」
マダムがシリウスの腕の中にいるナマエに視線をやると、マクゴナガル先生はすぐにそれを察して首を横に振った。
「彼女だけじゃないのよ。」
「一体何が?」
マダムはとりあえずナマエをベッドに寝かせるようにシリウスに指示を出しながらそう尋ねた。
「教室で爆発が。詳しいことはまだ良く分からないの。あ、それから、」
マクゴナガル先生は、まるでナマエとシリウスの他にも聞き耳を立てている人がいるかのように、声を少し抑えて囁くように言った。
「ミス・ミョウジは、これから来る怪我人とは別の場所で治療してちょうだい。」
マダム・ポンフリーはマクゴナガル先生と長い付き合いだ。マクゴナガル先生が意味もなく何かを言う人ではないことを良く知っていたので、黙ったまま頷くだけだった。
「ブラック、ミョウジを連れてこちらへ。」
シリウスは、たった今ナマエを降ろそうとしていたベッドから、今度はマダムの後に続いてマダムの机と薬棚がある場所からさらに奥に進んだ。そこはマダムのプライベートな場所で、何度も何度も医務室へ来たことがあるシリウスですら初めて入る場所だった。マダムは部屋に入るとヘアバンドを取って白衣を羽織った。
「ミョウジをそこのベッドへ寝かせなさい。あなたは何があったか知ってるの?」
「ほとんど…知りません。」
曖昧な言い回しをしたシリウスにマダムは眉を吊り上げた。シリウスは見てみぬふりをしてなるべく優しくナマエをベッドへ降ろした。しかしその瞬間ナマエは小さく「いっ。」と声を漏らした。
「ミョウジ、どこが痛みますか。何か呪文に当たった?」
とたんに心配そうな顔をしたシリウスを押し退けるように、マダムがナマエの寝ているベッドへ駆け寄った。ナマエはマダムの顔を見るなりほっとした顔をして、涙声で言った。
「お、お腹に、」
「なんてこと。」
マダムは悲痛な顔でナマエのローブを脱がせシャツをめくろうとしたが、ぴたりと手を止めてシリウスを見た。
「怪我をしていないのならブラック、あなたは出て行きなさい。」
「マダム、」
「出て行きなさい!」
シリウスは、ここで食い下がってもナマエの治療を遅らせるだけだと悟り、黙ったまま医務室へ戻った。ちらりとナマエを振り返ると、ナマエは一生懸命マダムに何かを伝えているところだった。
シリウスが医務室に戻ると、マクゴナガル先生との話を終えてニックがまた壁に消えて行くところだった。
「あぁ、ブラック。」
マクゴナガル先生はシリウスを見るなりそばへ寄って来て、手にしていた杖をいじりながら言った。
「ミス・ミョウジがハロウィンの頃から嫌がらせの手紙を受け取っていることは知っていました。」
シリウスはどきりとした。
「それがあなたの、ファンと言っては御幣があるかもしれませんが、熱烈的にあなたのことを慕っているグループの仕業であることも知っていました。気にはかけていたのですが、まさかこんなことになるなんて…。」
マクゴナガル先生は杖をローブの中にしまうと、今度は両手を組んだ。
「ブラック、あなたがどういう気持ちでミス・ミョウジとの関係を築いているのかは知りませんが…、少しは頭を使いなさい。良く考えなさい。成績だけが良くとも、人生においてそんなことは何の意味も成しません。私は以前から何度もそう言っているでしょう。」
シリウスは何も言えなかった。ただ黙って、頭を垂れるだけだった。
「彼女の怪我を見ましたね?あの姿を見て何も感じない程あなたが悪人でないことは、私も良く知っています。」
「はい。」
「考えなさい、ブラック。」
「はい。」
マクゴナガル先生はふうと大きな溜息をつくと、乱れた髪に杖をあてて整え直した。
「私はミス・ミョウジの様子を見てきます。ルーピンたちが来たら知らせなさい。」
そして、マダム・ポンフリーがいる奥へと歩いて行ってしまった。
後悔してもしきれなかった。
シリウスもマクゴナガル先生と同じ考えだった。まさか、こんなことになるとは思ってもいなかった。ジェームズの、そしてリリーの言葉が、脳裏に巣食う巨大な穴をどんどん侵食しているようだった。公衆の面前でナマエにちょっかいを出したのも、それ以前に乱れた私生活を送っていたのも、全て自分自身だった。
「100年待ってる、なんて。」
シリウスは自嘲気味に笑った。あまりの馬鹿さ加減に、思わず声を上げてしまいそうなほどだった。
「俺には、その資格すら初めから無かったんだ。」
シリウスは、何かを滅茶苦茶に壊してしまいたい暴力的な衝動にかられ、そのあととても惨めな気持ちになった。全て自業自得のことだった。
「ナマエ。」
シリウスが小さく呟いたのと同時に、リーマスとジェームズが医務室へ来た。数人の女子生徒を宙に浮かせている姿は、全く異様としか言い様が無かった。
「シリウ ス、マクゴナガル先生は?」
リーマスは、一度にいくつもの対象を浮遊させるという高度な魔法に気を奪われながらも口にした。
「奥で、マダムと一緒にナマエを診てる。呼んでくるよ。」
「ちょっと待って。」
踵を返そうとしたシリウスを、たくさんの女子生徒をベッドに寝かし終えたジェームズが呼び止めた。
「シリウス、今回のことは大方察しがついた。確かにこれは半分は君のせいだ。だけど、もう半分は引っ繰り返っている彼女たちのせいだ。」
シリウスは力なく首を横に振った。
「違う。全部俺のせいだ。」
「そうかもね。」
返事をしたのはリーマスだった。
「ナマエは、もしかしたら大怪我をしたかもしれない。今回のことで二度と笑えなくなってしまうかもしれない。日常の幸せな瞬間を奪われてしまうかもしれない。君を、そして君の友人である僕たちとすら会話もできなくなるかもしれない。」
シリウスは怯えたように肩を揺らした。そんなシリウスに近づいて、リーマスは杖を突きつけた。
「だけど、全て仮定の話だ。全部、これからの君次第なんだよ。」
リーマスの杖から黄色の花火かぽろぽろと零れた。ジェームズはリーマスの言葉ににっこり笑った。
「大丈夫だよ、シリウス。」
「保証はしないけどね。」
リーマスもにやりと笑って、杖腕と反対の手でシリウスの肩を2度ぽんぽんと叩いた。シリウスは力なく笑って、少し遅れて「そうだな。」と小さい声で呟いた。ドアノブを回す音がして、奥からマダム・ポンフリーに支えられたナマエが姿を現した。なぜかマクゴナガル先生もマダム・ポンフリーも、困惑したような奇妙な顔をしていた。
「怪我は大したことありませんでした。全て治療済みです。」
マダムは心配そうにする3人にそう請け負うと、ナマエのローブについた皺を整えた。
「髪が目立たないように、フードをかぶりましょうね。」
ナマエは小さく頷くと、伸びてきたマダムの腕に怯えることもなくすっぽりとフードをかぶった。震えはすっかり止まっていた。
「ミス・ミョウジは、今はここにはいない方が良いでしょう。ルーピンとポッターは彼女を寮まで送り届けて下さい。ブラックにはもうしばらく残ってもらいます。」
「えっ、でも、」
マダムは絶対に泊まれと言うと思っていたジェームズは素っ頓狂な声を出した。
「ポッター、今は状況が状況ですから。」
マクゴナガル先生が、鼻息も荒いマダムをちらりと見ながらそう言ったので、ジェームズはマクゴナガル先生が無理矢理マダムを説得したのだと察した。
「分かりました。間違いなく。」
「ミス・エバンズも心配しているでしょう。」
マクゴナガル先生がリリーの名前を出すと、マダム・ポンフリーが素早く反応した。
「同室の生徒には、くれぐれも伝えて下さい。もしミョウジがまたどこか痛むような素振りを見せたら私に連絡するようにと。何時でも構いませんから。」
「分かりました。」
今度はリーマスが答えた。
「さぁもう行きなさい。彼女たちの目が覚める前に。」
マクゴナガル先生がそう言った瞬間、シューと大きな音がして、一番手前のベッドに横たわっていた偽マクゴナガルの魔法薬がきれた。姿を現したのは、ハッフルパフの4年生だった。
「おーやおや。」
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