「よし。」

ナマエがマニキュアを塗り終わる頃、リリーのメイクも完成した。

「出来た!」

「…リリー!何て素敵なの!何て美人なの!」

何もしなくてもホグワーツで1、2を争う美人のリリーが時間をかけて丁寧にメイクしたのだ。透き通るようなグリーンの瞳が本当に美しかった。

「綺麗ねぇ、リリー。どんなエメラルドだって、リリーには敵わないわ。」

ナマエはリリーの頬に手を置いてじっとリリーの瞳を見詰めた。びっしりと縁取られた睫毛が美しさをより引き立てている。

「ふふっ、ありがとう。」

「本当に、本当よ。綺麗。ジェームズなんかにはもったいないわ。」

「あはは、そうね、そうかも!」

リリーは化粧に似合わず大きな口で笑った。

「さぁ、じゃあ次はリリーの髪をやりましょう。」

ナマエはリリーを椅子に座らせた。髪に関してはナマエの右に出るものはいない。ナマエは鼻歌を歌いながら櫛を手に座っているリリーの後ろに立った。

「どうしようか?」

ナマエがそう尋ねると、リリーは少し考えた後でナマエに尋ね返した。

「どうしたらいいかしら?」

「リリーも結った方がいいと思うけど、ターンした時に邪魔にならない程度に後れ毛を出した方がセクシーかも。」

ナマエはリリーの毛先をくるくるとやりながら答えた。

「ナマエにお任せします。」

「分かりました。」

ナマエが杖を振ると、魔法がかかった巻きコテが独りでに動き出した。髪全体に巻きコテ用のスタイリング剤をスプレーしていく。リリーは自分の爪にマニキュアをしていた。しっかり濡れたところで、温まったコテが端からどんどん巻いていった。

「便利ねぇ。」

「本当に。」

コテが勝手に全体を巻いている間、ナマエは前髪をいじった。斜めに流して魔法ワックスで落ちてこないように固定した。コテが仕事を終えたら、今度は後ろの髪だ。高い位置でカールを生かして纏め、襟足を長く出した。最後にドレスとお揃いのコサージュをつけて、きらきらと光るスプレーをして完成だ。

「出来た。」

「素敵!すごく気に入ったわ。」

「良かった。」

そして2人はそれぞれとっておきの香水をつけてドレスとアクセサリーを身に纏った。リリーのドレスは瞳の色と同じ透き通るようなグリーンで、胸元が大胆に開いた比較的セクシーなダンス用のドレスだ。裾は長く優雅に広がったラインが美しい。靴もダンス用のハイヒールを同じ色でまとめてある。

「とっても良く似合ってるわ、リリー。」

「ナマエも素敵よ。」

口紅を塗ってグロスを重ね、さらに落ちないように魔法をかけて、2人はようやく全てのドレスアップを完了させた。

「あらっ、もうこんな時間なの?驚いた!」

ナマエが驚いたように言った。

「だから言ったのよ、4時間しか無いって。」

リリーは勝ち誇ったようにふふん、と鼻を鳴らした。ナマエはストッキングの上から靴を履いて背伸びをすると、もう一度鏡を覗き込んだ。

「そろそろ時間だわ。」

「えっ、もう?でもまだ時間あるじゃない。」

「うん。シリウスがね、人が来る前に大広間の音の響き方を確かめたいって。だから早くに待ち合わせしたのよ。」

「ふーん。」

リリーはにやにやしながらナマエの話しを聞いた。ナマエはリリーの顔をなるべく見ないようにして、仕度を整えた。

「マクゴナガル先生が教えてくれた控え室、分かる?」

「うん、大丈夫だと思う。」

「じゃあそこで会いましょう。」

「分かった。後でね、リリー。」

「えぇ、後でね。」

部屋を出た後、ナマエは耳元で鈍く光る珊瑚のイヤリングをいじりながら階段を下りた。変に胸が高鳴って、止まることを知らない。シリウスとの待ち合わせ場所は、談話室を出た最初の角。

「シリウス、もう来てるかな?」

部屋を出た時間は、待ち合わせの5分前だった。ナマエは踊るように人気の少ない談話室を横切って、出入り口に頭を突っ込んだ。


「まぁまぁ、誰かと思った!」

太った婦人はナマエを見るなり心底驚いた声を出した。無遠慮にナマエを上から下まで眺めては、「はぁーっ。」と不思議なリアクションをした。

「今晩は、婦人。」

ナマエが礼儀正しく挨拶すると、マダムは優しく笑って「今夜のあなた、一段と素敵ね!」と賞賛の言葉を送った。

「きっと素敵な夜になるわ。」

「ありがとうございます。あの、婦人?」

ナマエは婦人に出来るだけ近づくと、小さな声で囁いた。婦人はとても楽しそうにくすくす笑った。

「シリウス・ブラックのことかしら?」

さすが、長年ここの役目を負っているだけのことはある。生徒の質問など、婦人には全てお見通しだった。ナマエは感心しながら頷いた。

「彼、もうここを通りました?」

婦人も小さな声で囁き返す。

「えぇ、ほんの2分くらい前かしらね。」

「そう、ありがとう。」

「楽しんでらっしゃい。」

ナマエは振り返ってもう一度お礼を言うと、背筋を伸ばして歩き始めた。手袋をしていても、手が湿っているのが分かる。

「どきどきするなぁ。」

でも、こんなどきどきは嫌いじゃない。こつこつと小さな足音を立てて角のところまで来ると、ナマエはぴたっと足を止めた。深呼吸を1つして、意を決して角を曲がった。


「こんばんは、ナマエ。」

シリウスはそこにいて、優しく微笑んでナマエの前に立つと、手袋をした右手を軽く左胸に添えて恭しく挨拶した。

「こんばんは、シリウス。」

ナマエも微笑み返すと、両手でドレスを摘んでゆっくりお辞儀をした。

「ナマエを待ってた。」

シリウスは一歩近づいて手を伸ばすと、ナマエの頬に手のひらを添えた。

「すごく綺麗だ。」

ナマエは何も考えられずに目の前にあるシリウスの顔を見詰めていた。いつもと違い、前髪を上げてパーティ用にセットしてある髪はいつか見た日の何倍も格好良いと思った。スカーフも、仕立ての良い漆黒のドレスローブも、シリウスの魅力を引き立てる最高の衣装だった。ナマエは急に恥ずかしくなって、シリウスの手から逃れるように俯いた。

「ドレスも、良く似合ってる。」

ナマエのドレスは、胸元がスクエアカットになった袖の無いデザインで、薄く透ける色々な青の布を何枚も何枚も重ねたスカートが動くたびに表情を変える。丈は身長を気にしてふくらはぎ程だが、それがかえってナマエの愛らしさを強調していた。黒く肘の上まであるシルクの手袋と、同じ黒のハイヒール。それに首元で光る大きめのパールと珊瑚のイヤリングが上手に調和して、さながら異国の人形のようだった。

「… スも、」

ナマエは震えるような小さな声をようやく絞り出した。

「シリウスも、とっても素敵。すごく、格好良い。」

シリウスはナマエのあまりの可愛らしさに顔を綻ばせると、俯いてしまったナマエの頬にもう一度手を置いた。

「あぁだめシリウス。わたし恥ずかしくて死んじゃいそう。」

耳まで真っ赤なナマエ。

「どうして?」

普段と違う自分を見られて恥ずかしいのか、普段と違うシリウスを見て恥ずかしいのか、ナマエ自身にも良く分からなくなっていた。ただ、手袋に包まれたシリウスの手が自分の頬にあるというだけで、どうにかなりそうだった。シリウスはそんなナマエの姿を熱い眼差しでじっと見詰めた。

「お願い、あんまり見ないで。」

か細い声でナマエが哀願するので、シリウスは仕方なく視線を剥がすとナマエの手を取った。ナマエが驚いて顔を上げると、シリウスはにやりと笑った。

「手、繋いで良い?」

「…もう繋いでるじゃない。」

ナマエは呆れたように言ったが、シリウスは「本当だ、いつの間に。」とふざけた。シリウスはいつになく上機嫌にナマエの手を引いて大広間を目指した。途中、何人かのゴーストや絵画の人とすれ違ったが、皆一様に2人の姿を見て驚嘆の溜息を漏らした。まるで何かの物語から抜け出てきたような2人に、見惚れたのだ。

「すごく素敵だ。眼も髪もドレスも全部。」

シリウスが言うので、ナマエは小さく頷いた。


「俺、今人生で一番幸せかも知れない。」

「…シリウス、お願いよ。」

ナマエはいよいよ涙目になってシリウスに頼んだ。恥ずかしさで人が死ねるとしたら今まさに即死したな、とナマエは思った。

「本当のことだけど?」

「だとしても。」

「ナマエの頼みなら。」

そうは言いながらも、シリウスは穴が開くほどナマエを見詰めた。その視線を感じて、ナマエはとうとう大広間につくまで一度もシリウスの顔をまともに見れなかった。



大広間は、まだ扉が固く閉ざされていた。シリウスがナマエと手を繋いでいない方の手でノックする。すると、中から飾りつけ用のきらきら光る動く結晶を身体のあちこちにつけたフリットウィック先生が顔をのぞかせた。

「おやまあ!誰かと思ったよ、ミス・ミョウジ!」

フリットウィック先生は、にこにこと笑いながら2人を交互に見た。頬を染めた2人の姿は、どこからどう見ても恋人同士にしか見えなかっただろう。

「フリットウィック先生、こんばんは。」

「はいこんばんは。マクゴナガル先生から話は聞いてるよ。さぁ、お入り。」

フリットウィック先生はナマエとシリウスが入ったのを確認すると、また扉を閉ざしてしまった。

「先生は、飾りつけを?」

シリウスが、フリットウィック先生の手にある錫の鈴を見てそう言うと、フリットウィック先生はちょっと困った顔をした。

「そうなんだ。こんな時間まで。ハグリッドが困ったことをやらかしてくれたものだから。」

フリットウィック先生特有のきーきーとした声で忙しなく喋る姿は、どことなくクリスマスの妖精を2人に連想させた。ナマエは、先生の頭の上に載った飾りの雪をそっと払いながら尋ねる。

「ハグリッドが?」

シリウスが不思議そうな声を上げる。

「クリスマスツリー用の木と一緒にドクシーを持ち込んでしまったらしくてね、さっきまで大暴れしてたんだ。すぐに誰か教授を呼んでくれればここまで荒らされることも無かったんだろうけど、彼は自分1人で何とか始末をつけられると思ったらしい。いやはや、たかがドクシー、されどドクシー。」

フリットウィック先生は、そう言うと「素敵なパーティを!」と言い残して去っていった。

「本日2度目の名言だわ。“たかがドクシー、されどドクシー”」

シリウスは首を傾げた。



今日のパーティは、まず各寮の選手がダンスを披露することになっている。その後で生徒は食事やダンスを各々楽しんで、7時までに自分の寮以外の寮に票を1票ずつ入れる。審査員も票数は違うが同様だ。そして、夜8時になったら開票され、即結果が伝えられる。低学年の生徒はここで解散となり、寮へ戻らなければならないのだが、5年生以上の生徒は特に決まっていない。ほとんどの生徒が残ってダンスやお喋りを楽しむのだ。

中央がダンスホールになった大広間は、いつもより随分広く感じられる。審査員や何人かの来賓を呼ぶので、特別な魔法がかけられているのだろう。ホールとして作られたスペースの奥に、グランドピアノが鎮座されていた。シリウスとナマエはそこへ歩いて行くと、早速音を出すことにした。

「スタインウェイだ。」

ナマエが小さく呟くとシリウスが「ダンブルドアかな。」と答えた。

「まずチューニングからだな。」

「うん。」


一通りの練習を終えてピアノの後片付けをしていると、どこからともなくマクゴナガル先生が現れた。

「マクゴナガル先生!」

「こんばんはミス・ミョウジ。あなたの歌、とても楽しみにしていますよ。」

ナマエはぺこりとお辞儀をした。

「それにブラック、あなたがピアノを嗜むのは、少し意外でした。」

マクゴナガル先生は正直な人だ。シリウスは思わず笑いそうになりながら、「そうですか。」とだけ答えた。

「ピアノはグリフィンドールの番になったら自動で迫り出すように呪文をかけてあります。」

「分かりました。」

シリウスが頷いた。

「ミス・ミョウジ?ソノーラスは自分でかけるのですか?」

「いいえ、マクゴナガル先生。ダンスの邪魔にならない音量をあらかじめ設定したマイクを使います。」

マイク、という言葉を聞いて、マクゴナガル先生は怪訝な顔をした。

「マイクとは、マグルの拡声器のようなものです。普通は電気で動くんですが、それにソノーラスの呪文を応用してかけました。」

ナマエが説明しても、マクゴナガル先生には上手く伝わらなかったようだった。マクゴナガル先生はきゅっと口を結んで鼻から息を吐き出した。

「いずれにしても2人共、頑張って下さいね。今年はレイブンクローに寮杯を取られたくは無いですから。」

「はい先生。」

去って行くマクゴナガル先生の後姿を見ながら、ナマエはぼんやりと呟いた。

「ねぇシリウス、先生いつもの服装だったけど、まさかあのままパーティに出るわけじゃないわよね?」

「まさかとは思うけど…。」


シリウスとナマエが選手控え室に行くと、そこには既に各寮の選手が集まっていた。

「やぁ遅かったね、2人共。」

「ジェームズーっ!どうしたのその髪!」

ナマエはジェームズを見るなり大声で叫んで駆け寄った。それもそのはず、いつもくしゃくしゃと乱れたジェームズの髪が、さらさらとまでとはいかなくとも、優雅に落ち着きを見せているのだ。ナマエは座っているジェームズの頭を色々な角度から観察しながら言った。

「…かつら?」

「違うよ!地毛!全部僕の髪の毛!」

ジェームズは慌てて全力で否定した。ナマエは肩を竦めて笑いながら「冗談よ。」と言った。

「あらナマエ、冗談なの?私は最初本当にヅラだと思ったわ。」

「…リリー。」

リリーの容赦無い言葉に、ジェームズはがっくり肩を落とした。

「どうやったの?」

「俺がやったんだ。」

シリウスが笑いながらジェームズの髪を見た。

「新発売の“スリーク・イージーの直毛薬”を使ったんだ。でも、ジェームズの癖っ毛には3回分じゃ足りなかった。」

シリウスの告白にナマエはくすくす笑いを大きくした。

「どうせ僕は癖っ毛だ。」

「あら、とっても素敵よジェームズ。リリーもそう思うでしょ?」

「まぁまぁってとこね。」

そんなリリーの言葉でも、ジェームズは嬉しそうに笑った。

「そういえば、さっき発表順を決めるクジ引きがあったの。」

リリーがぱっと話題を変えた。

「それで?」

「グリフィンドールは4番目になったわ。レイブンクローが一番で、スリザリン・ハッフルパフと続いてグリフィンドールよ。」

シリウスは嬉しそうに唸った。

「トリかー。」

「中々でしょ。」

リリーはシリウスを見上げて自慢げに言った。

「でも緊張する時間が一番長いわ。」

あまりにナマエらしい言葉に、3人共思わず笑ってしまった。

「大丈夫だよ。」

「そうそう。単純に計算したって、4分かける3組だろ?出入りを合わせたって20分がいいとこさ。長ーい人生の中で、たった20分だ。」

「ジェームズはそうかも知れないけど…あぁ、人生の中で一番長い20分になりそう。」

ナマエは長ーい溜息をついて、リリーの向かいにある椅子にそっと腰掛けた。その拍子にドレスがふわりと舞い上がって、その場にいた皆の視線を奪った。


「あ、そうだナマエ。」

シリウスはナマエの隣に腰をおろしながら、突然名前を呼んだ。

「なぁに?」

ナマエが顔を上げると、目の前に小さな箱があった。真っ白のそれは、赤に金色のラインが入ったリボンがかけられていて、一目でクリスマスプレゼントだと分かる。

「ちょっと早いけど。」

ナマエはしばらくポカンとした後、慌てて手をぶんぶん振った。

「いいよ、いいよ!」

「そんなこと言うなよ。」

シリウスはわざとらしく悲しげな声を出してリボンを解き始めた。ビロード張りのケースから出て来たのは、小さなパールが上品に輝く細いブレスレットだった。


「こっ、こんな高そうなのいただけません!」


ナマエは先ほどの2倍速で手を顔の前で千切れそうなほど激しく腕を振った。

「何でいきなり敬語?」

シリウスは楽しそうに笑いながら、留め金をぷつんと外した。

「短くしてあるから、ちょうどいいと思うよ。」

「でも…、」

「ナマエ、もらっときなさいよ。くれるって言ってるんだから。」

リリーがすっぱりと言い放つ。ジェームズもうんうんと頷いてみせた。

「お守りだと思って、ね?上手に歌い切れるように。」

そう言って、シリウスは半ば強引にナマエの左手首を掴むと、ブレスレットをつけた。それは黒い手袋にとても良く映えてきらきらと輝いた。

「きれい。」

ナマエはそれを見詰めて呟いた。

「思った通り、ぴったりだ。良く似合ってる。」

シリウスは満足そうにナマエの手首にはまったそれを眺めた。

「シリウス、ありがとう。何てお礼を言ったら、」

「別にいいよ。」

「うん、ありがとう。」

ナマエは腕を持ち上げてブレスレットを光にかざした。控え室の淡い光でも艶々とあでやかに良く光った。

「とっても素敵。」

「気に入ってくれて良かった。」

ナマエは、ブレスレットを眺めていたら緊張していた心が落ち着いて行くのを感じて、もしかしたら何か魔法がかかっているのかもしれないな、とぼんやり考えた。

「ダンブルドアの挨拶が始まったみたいだよ!」

ハッフルパフの代表の選手が、ドアの隙間から会場を覗き込んで小さな声で囁いた。これが終わったら、さっそくレイブンクロー生のダンスになる。フーチ先生がレイブンクロー生を迎えに来た。

「こちらです。次の寮生も準備をしておきなさい。」

若く張りのある声でてきぱきと指示をして、素早く去って行った。

「次の次の次ね、シリウス。」

「次の次の次だな、ナマエ。」

リリーとジェームズがしっかり手を握っているのを横目で見て、ナマエは嬉しくなった。しかし、どうやらダンブルドア先生に続いて来賓の紹介や審査基準、パーティでのマナーなどが説明されているようで、ダンスは中々はじまらなかった。ナマエは両手を組んだり解したり指をくるくる回したりして落ち着かない。

「大丈夫よ、ナマエ。練習通りにやれば。」

「うん、そうね。」


レイブンクローのダンスが始まってからは、あっという間だった。2人、また2人と部屋から選手が出て行き、気付けばグリフィンドールの番だった。

「演奏する2人は先にいらっしゃい。」

フーチ先生がそう言ったので、ナマエは立ち上がってジェームズとリリーにお別れを言った。リリーはナマエの頬にキスをして、ナマエのくすくす笑いを誘った。フーチ先生に連れられて、暗闇に紛れてピアノの場所まで歩いて行く。

「ナマエ、深呼吸して。」

ナマエはシリウスに言われた通り、深呼吸をする。

「落ち着いて、走らないように気をつければ大丈夫だから。」

「分かった。」

「大丈夫、自分を信じて。」

「うん。」

「よし、いいぞ。」

シリウスは、いつの間にか手袋を外した手でナマエの手を握った。ピアノの場所まで行くと、フーチ先生はナマエに立ち位置を告げて去って行った。ナマエは言われた通りの場所に立って、マイクを握り締める。シリウスを振り返ると、最後の指のマッサージをしているところだった。ナマエが見ていることに気付いたシリウスは、にっこり笑って口の形だけで「だ い じょ う ぶ」と言った。ナマエも「あ り が と う」と言い返した。今回のパーティの司会を務めているレイブンクローの7年生、フィリップ・ドネリーがグリフィンドールの紹介文を読み上げた。


「ラストを飾ってくれるのはもはやホグワーツの名物と化しつつある、ジェームズ・ポッターとリリー・エバンズです。正直なところ、グリフィンドールがこの2人のペアを出してくるのは全く予想出来ませんでしたが、さて、どんなダンスを見せてくれるのでしょうか?見所は、ラスト1分に組み込まれた大胆なターンだそうです。そしてもう1つ、グリフィンドールは今回、音楽を生演奏にするというこれまた予想出来ない作戦を仕掛けてきました。吉と出るか凶と出るか!是非音楽にも注目してみて下さい。曲は、ショパンのワルツ・3番、イ短調です。ではどうぞ。」

フィリップの言葉が終わると同時に会場の照明が完全に落とされ、ダンスホールとナマエたちがいるピアノの場所だけがスポットライトで浮かび上がった。ナマエが困惑する暇も無く、リリーとジェームズが入場してくる。堂々としたその姿を見て、ナマエはまた少しだけ落ち着きを取り戻した。ライトを出来るだけ気にしないようにして、マイクをぎゅうっと握り直す。もう一度シリウスを振り返ったら、シリウスはナマエに微笑んで見せた。ジェームズとリリーが予定の立ち位置に着いた。ジェームズの小さな小さな合図を見逃すことなく、シリウスは深呼吸を1つしてゆっくりと鍵盤の上に指を滑らせた。はじめシリウスの独奏が20秒程続いて、歌はおろかダンスも始まらない。持ち時間4分の中で20秒は大きな賭けだったが、シリウスの哀愁漂う演奏と、人形のように微笑んでそっと抱き合って佇むジェームズとリリーが見事に観客の心を奪った。その姿を目に焼き付けた後、ナマエはマイクを握り締めて息を大きく吐いて吸って歌い出した。同時に、ジェームズとリリーも大きなステップを踏んでゆったりと踊り出した。ジェームズがリードするたびに、リリーの裾が遅れてついてゆく。ふわりと音も無く広がっては、重力にしたがって戻って行く様子が美しかった。観客は、ナマエの不思議な響きの言葉と、思いがけない低い声に酔いしれた。頭の芯が痺れるような感覚。じっと聴いていると、心地良いのか悪いのか、それすら分からくなりそうな歌だった。ナマエは目を閉じて、シリウスの音に全神経を集中させた。


君のてのひら
僕のてのひら
愛をご存知なの
恋をご存知なの

産んでは孵す
家畜のメスたち
一度だって
怠けない
疑わない
愛をご存知なのかしら

あっちらこちらで
跳んで遊んで
予て
罪などございません

寄せては返す
嗚咽のように
風に棚引く
君の蜻蛉と

少年の
大きな冒険
無色の風と
鈴の音が高く高く鳴る

踊る
舞踏会の美女たち
群れる
取り取り宝石
暗い光が
全部全部全部

黒い海原
可愛いあの子
そして時々
僕自身

泣いて育って
嗤って妬いて
夢の中
重なった
絡まった
君が啼くある昼間

コロコロ転がって
クルクル蹴飛ばして
テクテク寝坊して
パタパタ嘘吐いて

永遠の忠誠を
一瞬の裏切りを
後で飛んでも
もう遅いのでしょう

眼差しが
経験で捻れる
桃色に染まっても
きっと夢の中
遠い国遠い街

惑星の北側に立つ
浮かんだ憂鬱
舐めて飲み干せ
おねだり上手

迷宮螺旋
くるみ色した
写真の下
謎だらけ

溶け出した翠
交わる紫
病巣が蝕む

甘えるコスモス

腐敗した醜悪

最後のおしまい

赤子の寝息

君のてのひら
僕のてのひら
愛をご存知なの
恋をご存知なの

産んでは孵す
家畜のメスたち
一度だって
怠けない
疑わない

僕たちは
愛を承知なのかしら

          cElsie

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