あっという間の4分間は、シリウスが鍵盤から手を放した瞬間に終わりを告げた。

割れんばかりの拍手喝采が大広間中に響き渡った。

生徒は4人に口々に賞賛の言葉をおくり、それは中々止まなかった。

しまいには、興奮したグリフィンドール生がわーっとホールに雪崩れ込んで来て、大広間は一時騒然となった。

リリーとジェームズは大勢の人に囲まれて、どこにいるのかすっかり見えなくなってしまった。

フィリップが声を張り上げて全ての演技が終了したことを告げると、ナマエはほーっと大きな安堵の溜息をついてよろよろとピアノにもたれ掛かった。

「ナマエ!」

「シっ シリウスー。」

シリウスはばっと椅子から立ち上がってがばっとナマエを抱き締めた。

「今までで最高の出来だった!ほんとに!すっごい良かった!」

シリウスはナマエを抱き締めたままぶんぶんと前後に揺すった。

「ナマエー!」

「シ、シリウス、苦しい…。」

「おっと!」

ナマエの死にそうな声に、シリウスは慌ててナマエを放した。その途端にナマエはへなへなと脱力して椅子に崩れ落ちそうになった。

「大丈夫!?」

「だって、ライトは当たらないって話だったから…もうびっくり…驚いちゃって…。」

力なく笑うナマエを見て、シリウスはナマエを一層愛しく思った。

「さあ、座って。」

「う、うん、ありがと。」

ナマエはピアノの椅子に座ってもう一度溜息をついたあと、シリウスを見上げた。

「シリウスも、素晴らしかった。」

「ナマエには負けるさ。」

「私、途中の意識無い…。」

「ほんとに?すごいのってるように聴こえたけど。」

「よく分かんない。」

「まぁいいさ。」

ナマエの小さく震える肩を優しく撫でて、シリウスはまた笑った。

「ナマエー!」

「リリー!」

リリーとジェームズが人込みを掻き分けて2人の元へやって来た。

「もう有り得ないわ!絶対優勝よっ!」

「リリー、すごく綺麗だった。お姫様じゃないかと思った。」

ナマエがそう言うと、リリーは座ったままのナマエをぎゅっと抱き締めた。

「ナマエー、僕は?」

ジェームズが拗ねたような声を出すと、すかさずシリウスが言った。

「君は王子っていうより従者かな。」

「あっ、酷い!自分が王子顔だからって!」

「冗談だよ。ってか王子顔って何。」

笑い合うジェームズとシリウスを他所にリリーは思う存分ナマエに愛を囁いた。

「ナマエ、素敵だったわ。私がお姫様ならナマエはローレライよ。」

「ふふふっ。」

「本当に素敵だった。惚れ直しちゃった。」

頬を撫でながら、リリーはまるでキスするほど顔を近づけた。

「ちょっと君たち、少しは人目を気にしたら?あらぬ噂が立つよ。」

「リーマス!」

リリーの後ろから、リーマスがひょっこり顔を出した。ピーターも一緒だ。リーマスは、皆が良く知らない可愛い女の子を連れていた。

「散々焦らされただけあったよ。」

リーマスの微妙な発言に、リリーはちょっと眉を顰めた。

「それは褒め言葉なの?」

「もちろんさ。ナマエも、すごく素敵だったよ。」

「ありがとう、リーマス。」

「シ、シリウスも、すごく上手だった。プロみたいだったよ。」

「よせよ、照れるだろピーター。」

「シリウスは意外に照れ屋だよね。」

「…リーマス。」

「駄目だよリーマス、本当のこと言ったら。」

「ジェームズ。」

「なんだい、ミスター・王子顔。」

「なになに、王子顔って?」

「ナマエはいいんだよ、聞かなくて!」

「慌てるとこが益々怪しいわ、シリウス。ねぇジェームズ、何なの?」

流れるように進んで行く会話の輪。その輪の少し外で、リーマスが連れていた女の子がぽつんと立っていた。

「あ、ごめん。僕はそろそろ行くね。」

「えぇ。」

「あ、僕も。向こうでケイトが待ってるんだ。」

「またあとでね、リーマス、ピーター。」


リーマスの後姿を見ながらリリーがジェームズにこっそり耳打ちした。

「あれ誰?彼女?」

ナマエも素早く聞きつけて、シリウスと一緒に話に入る。

「知らない。シリウスは?」

「レイブンクローの2つ後輩だってことは知ってるけど、名前までは。ナマエは?」

「私、知ってるわ。前にロートネル先生の読書研究会で一緒のテーブルになったことがあるの。頭が良くて可愛いから、同学年の間じゃモテるって有名らしいわ。名前はミシェルって言うのよ。」

「へぇー。」

3人はナマエのゴシップに聞き入った後、それぞれ考えを巡らせた。

「で、彼女なの?」

リリーが言うと、ジェームズとシリウスがほとんど同時に首を横に振った。

「それは無いな。」

「どうしてそう思うの?シリウス。」

断言したシリウスにすかさずリリーが質問した。

「いや、その、何となく…。」

「はぁ?何なのよ、それ。」

リリーは呆れた声を出したが、シリウスもジェームズも曖昧に笑うだけだった。リーマスは、その容姿と優しい性格からシリウス程では無いにしろ良くモテる。しかし、今まで特定の誰かと付き合ったことは無かった。それは彼自身が抱える問題が枷になって絶えず纏わり付いているからだったが、同時に、自分自身で作った守るべきルールでもあった。それを一度も破ったことはない。リーマスの自分に厳しい性格を知っていたからこそ、シリウスとジェームズは断言出来るのだ。


「ねぇそれより僕らも夕食にしない?大騒ぎしたらお腹空いちゃった。」

ジェームズは絶妙なタイミングで話しをそらした。

「いいわね。私ターキーとケーキ色々とそれからステーキ・キドニーパイとトライフルっ!」

「ナマエ?あなたダイエットじゃなかったの??」

「明日から再開するわ。」

「調子良いんだから!」

リリーはけらけらと笑ってナマエの肩を抱いた。

「それ以上痩せるつもりなの?」

シリウスが聞くとナマエはむすっとした顔で「いいのよ、社交辞令は。」と答えた。シリウスはもちろんそんな意味合いで言ったわけでは無かったが、女の子にとってこの手の話題は計り知れない程重要な問題であることを知っていたので、それ以上は何も言わなかった。


今日のパーティは、ダンスホールを広く取って立食形式のパーティになっていた。4人で豪華なご馳走がたくさん並んでいるテーブルの方へ行くと、わっと人に囲まれた。

「シリウス、格好良かったわー。」
「本当に!」
「後でまたピアノ弾いてくれる?」
「食事が終わったら私と踊ってくれないかしら。」
「あら、私とよ!」
「ドレスローブ、良く似合ってるわ。」
「きっとグリフィンドールが一番よ。」

シリウスはまんざらでもない様子で自分を囲んだ女の子たちに笑みを向けた。ジェームズはリリーの肩をそっと抱いて、沢山の賛辞にお礼を言っていた。ナマエは適当に会話をかわして、そっとシリウス達の側を離れて、別のテーブルの端の方へと歩いて行った。リリーとジェームズの邪魔をするのも悪いと思ったし、かと言ってシリウスの周囲に集った女の子に交ざりたいとも思わなかったからだ。それに、ナマエは少し疲れていた。大皿から自分の皿にターキを3切れも取るとぱくぱくと食べた。屋敷しもべ妖精の作る料理は本当に美味しい。ナマエは特に鶏肉料理が大好きで、好んで食べていた。あっという間に皿を綺麗にすると、今度はマッシュポテトとオードブルを取った。壁の方からシリウス達を眺めると、未だに凄い人だかりが出来ていた。


ナマエは不思議な気持ちになった。今まで、ほんの数ヶ月前までは、シリウスやジェームズたちはこうして遠くから眺めるだけの関係だった。騒いでいる事に気分を害して、リリーと2人で色ぼけ集団とか悪戯公害集団と称しては愚痴を溢した。それが、今はどうだろう。一緒に音楽を練習したり、成功を喜び合ったり、勢いで抱き締められたり告白されたり。あそこで大勢の女の子に囲まれて楽しそうに、だけどどこか陰のある顔で笑っているシリウスは、間違いなく自分が良く知るシリウスだ。でも、自分と2人っきりの時のシリウスは、まるで知らない人。魔法薬学のレポートを教えてくれたり、下らない冗談を言い合ったりするシリウスは、シリウスであってシリウスでは無い様に思えた。どちらが本当のシリウスなのだろう?ああやっているシリウスを見ると、自分の中に騒ぐ心と落ち着く心があるのが感じられた。競技も無事に終わって、あとは結果を待つだけ。ナマエは、このまま何事も無かったように日常に戻るのがいいと思った。たまに魔法薬学を教わって、たまにシリウスの交友関係を嗜める。それで十分。彼に深入りすると危険だと、本能が言っている気がしたのだ。それが落ち着く心。しかし、騒ぐ心があるのも確かだった。シリウスが他の女の子に笑いかけるたび、ダンスパーティに誘われるたび。

「やぁ、ナマエ。」

ナマエが物思いに耽りながら2個目のトライフルを食べていたら、突然声をかけられた。

「こんばんは、クリフ。」

「1人?隣いいかな?」

「もちろん。」

レイブンクロー同級生のクリフ・ボールディング。3年生の薬草学で同じ班になったのがきっかけで親しくなった。濃い栗毛と茶色の瞳が印象的な男の子だ。クリフは食べ終わった器をナマエからそっと受け取ってテーブルの上へ返すと、ハチミツ酒を手渡した。

「さっきの演奏凄かったね。僕鳥肌立っちゃったよ。」

「ふふっ、ありがとう。」

ナマエはお酒に口をつけて、はにかんだ。女の子が褒めてくれるのとは、また違った嬉しさがある。

「歌詞、日本語?自分で考えたの?」

「えぇそうよ。」

ナマエが演技がかった自慢げな声で言うと、クリフは声を出して笑った。

「何て歌ってたの?気になるなぁ。恋の歌?」

クリフは壁にもたれ掛かりながら、何気ない様子でそう問うた。ナマエはちらりとクリフを見た後、「いいえ違うわ。」と答えた。

「あのね、可哀想な王様とお妃様の、夫婦のお話なの。」

「ふーん、そうなんだ。」

クリフはじっとナマエを見ながら意味深に微笑んだ。ナマエは怪訝に思って尋ねる。

「どうしてそんなこと聞くの?」

クリフは人の良い笑みを浮かべたまま、ちょっとだけ気まずそうにした。

「…ナマエに聞かれたから答えるけど、君って最近ちょっと噂になってるよ。」

ナマエは純粋に驚いて、クリフを見上げた。

「何て?シリウスを狙ってるしつこい女だって?」

冗談交じりでそう言ったが、クリフはいたって真面目な様子で首を横に振った。

「…むしろその逆かな。」


「え?」

クリフが小さく呟いた言葉は、喧騒に紛れてナマエの耳には届かなかった。

「いや、恋でもしてるんじゃないかって。最近急に綺麗になったし、今日は一段と美人だ。ドレスも良く似合ってる。」

ナマエは開いた口が塞がらなかった。そんな噂が好きなのは、女の子だけなのではないのか。男の子は、一体いつそんな話をするのだろう。そして一体どこでそんな噂が広まっていたのだろう。

「あの…クリフ、」

ナマエが困惑した声を出すと、クリフは慌てて手を振った。

「いや、困らせたいわけじゃなかったんだ。ただ、とっても可愛くなったから。」

「…ありがとう。」

「どういたしまして。」

ナマエは照れて俯いたが、クリフはにこにこ笑っているだけだった。


「君はもう投票した?」

しばしの間の後、クリフが会場の隅にある投票箱の方を指差しながら言った。

「皆のダンスを観てないから、権利が無いわ。」

「あぁ、そっか。」

「えぇ。」

それを聞くと、クリフは急にそわそわし出した。俯いたり上を見上げたりきょろきょろしたりした後で、ようやく口を開いた。

「あの、ナマエ、」

ナマエはハチミツ酒を飲みながらぼんやりと答える。

「うん?」

「あの、良かったら、次の曲、僕と一緒に、どう?」

クリフの思いがけない言葉にナマエは目を丸くした。ナマエはこれがダンスパーティだということをすっかり忘れていた。

「あ、でも私、ダンス得意じゃ無くて、」

「ダンスが上手に踊れるかどうかは、リードする男に70パーセント責任があるんだって。だから大丈夫。」

有無を言わさぬクリフの物言いに、ナマエは困ったように笑った。その笑顔をどう解釈したのか、クリフはナマエの手を取って半ば強引にダンスホールへ導いた。


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