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※作中に認知症に関する描写がありますが、専門知識に基づいての描写ではなく、誤りを含んでいる可能性があります。飽くまで創作物の一部としてお見逃しください。



久しぶりに土曜にバイトを入れず、朝メシの後ダラダラ居間で妹のアニメに付き合ってると、店舗にいるお袋の声が「あらミズキちゃん、いらっしゃい」と言った。
テレビに齧り付く妹を置いて店舗に顔を出すと、本当にいた。

「あ、不死川くんおはよう」
「ッス」

ふんわりと花のほころぶような笑顔。いい休日になった。
お袋が「今日は何にする?」と聞くと勿忘草を所望された。

「じゃあリボンの色も青がいいかしら」
「今日はアレンジメントで配達をお願いします。研修が入って行けなくなっちゃったので」
「かしこまりました、じゃあ伝票をこちらでどうぞ〜」

先生は迷いなく配達伝票を書いて財布を出した。お袋がレジを打つと金額が花代だけで、先生は「配達代を」と言った。

「配達代はオマケ。シャッターをあんなに素敵にしてもらって、お代を受け取ってもらえないなんて納得いかないもの」

「譲らないわよ〜」と笑うお袋に先生も折れるしかなく、丁寧に礼を言って店を出ていった。

「実弥は初めて見るかしら」
「ん?」
「ミズキちゃんね、毎週土曜日にお花を買いにきてくれてるの」
「へェ」
「きっとお見舞い」
「…何で分かる?」
「お見舞い向きの花言葉ばかりだし、鉢植えも赤い花も買わないのよ」
「毎週?」
「毎週」

それでさっき「研修が入って行けなくなった」、と。親しい人間が長患いしてるんだろうか。配達伝票をチラッと盗み見ると、配達先は老人施設、受取人はソウマの苗字に下の名前は女性だった。
俺はお袋が配達業者に電話を掛けようとする受話器を押さえた。

「…それ、俺が持ってってもいいか」

お袋はじぃっと俺を見た後、「いいよ」と言った。


電車とバスを乗り継いでその場所に行って、店名の入った上着を着て受付に行った。
受付の人間は俺の顔の傷を見て一瞬たじろいだが、上着と花が俺を擁護してくれた。

「…すみません、面会して直接お渡しできますか」
「あの、失礼ですが…?」
「お元気だった頃にお世話んなって、偶然自分の家の花屋にミズキさんがいらっしゃって知りました」

来訪者名簿に名前を書いて部屋番号を知らされた。受付に頭を下げて廊下を進み、目当ての部屋まで来た。部屋番号プレートの下に、配達伝票の宛名と同じ名前があった。声を掛けてから扉を開けると、車椅子の女性が俺を見た。どことなく先生の面影がある。歳の頃は恐らく50代だろうが、白髪やこけた頬のせいでそれ以上に老け込んで見えた。

「綺麗なお花ねぇ」
「お届け物です、ミズキさんから」
「ありがとう」

にっこり笑うとミズキ先生の面影が強くなった。

「綺麗ねぇ、お兄さん、お名前は?」
「不死川です」
「誰かにプレゼント?」
「はい、あなたに」

施設の名前から調べて見当はついてたが、記憶を無くしていくあの病気なんだろう。
その女性はもう一度「ありがとう」と言った。本人にとっては初めてだったのかもしれない。
花を窓辺に置いた。勿忘草だ。

「私ねぇ、娘がひとりいるのよ」
「はい」
「とっても綺麗な子でね、絵の才能もあるのよ」
「はい」
「もうすぐ留学するの。画家さんになるのよ」
「はい」
「外国に行ったほうがいいわ、才能があるし、悪い父親から離れたほうがいい」
「はい」
「ひどいのよ、借金を作って、娘の絵を勝手に売ろうとして」
「そうなんですね」
「娘の名前はね、えっと」
「ミズキ」
「そう、そう」

その女性は俺がいる10分ほどの間に4回その話をして、その度娘の名前は違った。
俺が挨拶をして部屋を出ようとすると呼び止めて、「見て、お花、綺麗でしょう?お庭で育てたのよ」と言った。「綺麗ですね」と言い残して俺は扉を閉めた。

俺が立っていたのは吹雪の中じゃなく、覗き込んでいたのは温室じゃなかった。


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