後日譚7

土曜の昼を食べて片付けも済んで、どこか出掛けるか家でのんびりか、みたいな話をしてるタイミングで、ミズキに着信があった。ちらっと見えた登録名は長崎先輩、以前にミズキの高校時代の写真を送ってくれた恩人だった。
俺に断って電話に出たミズキの顔がみるみる輝きだした。何の話か少々気にはなりつつ、テレビの音量を下げたリモコンをローテーブルに置いた。
電話を終えたミズキがキラキラした顔で俺の隣に帰ってきて、「実弥くんっあのね…!」と興奮気味に話し始めようとしたところでまた着信。

「ごめんね、後で話すから!」

ミズキはまたキラキラした顔でスマホを耳に運びながら離れていった。
せっかく一度帰ってきたミズキを捕まえ損なった俺の左手はソファの上で不貞寝を決め込んだわけだが、ミズキが嬉しそうにしてるのを見れば目元を緩めずにいられない。

通話を終えて戻ってきたミズキは、嬉々として事情を話してくれた。
何でも、長く疎遠になっていた中学の頃の友人が知り合いを当たってとうとう長崎さんに辿り着き、連絡をくれたのだそうだ。その中学時代の友人というのがこの度結婚することになり、式場に飾るウェルカムボードを描いてもらえないかと依頼をくれた。
ウェルカムボードとかいうものの存在を俺は初めて知ったんだが、ミズキが「ほら、たまに個別で依頼をもらってる、あれ」というので納得。知らずに見てたわけだ。

「それでね、びっくりなんだけど、3駅しか離れてないところに住んでるらしくって。打合せを兼ねて今からカフェにって誘ってもらったの!行ってきてもいい?」
「当然だろォ。遅くなりそうなら連絡しろよ、迎えに行くから」
「ありがと実弥くん、ちょっと着替えてくる!」

いつもゆったり穏やかなミズキには珍しく、声も足取りも弾んでいる。
何を着ようかあれこれ悩む姿も可愛い。一緒に出掛けるのが俺じゃないってのが、少し悔やまれるが。
服を決めたミズキが「あ、」と声を上げて、俺のところへ寄ってきた。

「どした?」
「あのね、似顔絵を描くから新郎さんも一緒なの。実弥くん、いや?」
「さすがに10代のガキじゃねェんだ、楽しんで来いよ」

ミズキは嬉しそうに笑って、「ありがと」と言って、選んだ服を抱えて、洗面所へ入っていった。
ミズキの手前余裕ぶったが、他所行きの服と化粧で出てきたミズキを見て『電車に乗せるのスゲェ不安』と思ったので遠慮を押し切って車で送った。

それからミズキは友人とちょくちょく連絡を取り合いながら絵を描き進め、その内に式の招待状も届き(俺は『ヘェこんな感じか』と予習)、完成した絵を新郎新婦に届けて、あっという間に式当日を迎えた。
衣装はレンタルだと言ってミズキが前日の夜に見せてくれたワンピースは、鮮やかな青色だった。その青色はミズキのお師匠さんの絵によく登場する青で、ミズキが大事に何度も読み返しているお師匠さんの手紙の封筒の青だった。つまり、お師匠さんの青だ。
そのワンピースを着ていつもよりしっかり化粧をしたミズキを、とりあえず俺は写真に撮った。
今回もやっぱり俺が送ってくと押し切って、出発にはまだ早いとソファに並んで座った。ミズキはちょっと大きめの財布ぐらいしかない鞄の口を開けて中身を確認している。その手の薬指に俺の贈った指輪があるので、何とか自分の不安を落ち着かせることができた。
内心では、結婚式といえば新郎側の友人は男ばかりに決まってるし、適齢期の男でミズキを目に留めない野郎なんているはずがない(確信)ので、婚約した身としては不安にもなる。
ミズキの手を取って華奢な指に嵌まった指輪を触って遊んでみると、キョトン顔のミズキが俺を呼んだ。

「…これ、ちゃんと着けとけよォ」

ミズキの指に嵌まったままの指輪をくりくり動かすと意図が伝わったらしく、ミズキは鞄を脇に置いて隣から俺の首に抱き着いた。

「ごめんね、不安になっちゃうよね。外さないよ。二次会は行かないし、お酒も飲まないし」
「間違って飲むなよ頼むからァ…」

そう、それだ。不安の種。
ミズキの酒癖の可愛さは俺だけが知ってりゃいいんだ。ほろ酔いになって甘えたになったミズキを介抱するフリしてベタベタ触る輩が現れたら、『そこに直れ手ェ切り落としてやらァ』と割と本気で申し上げることになる。
まったく、誰かさんが可愛いせいで婚約者は心配が尽きねェのだ。
眼下にあるミズキの白い首や肩を見ている内にふと思いつくことがあって、ミズキの両肩を掴んで少し隙間を開けた。間近にあるミズキの唇にキスをした。
唇が離れるとミズキが笑って、俺の唇を指でそっと撫でた。

「口紅ついちゃった」
「…ふぅん」

ペロ、と自分の唇を舐めると成程少しぬめるような感触。

「なァミズキ」
「なぁに」
「…『付けて』いいかァ?」

ワンピースの少し開いた襟ぐりの辺りを指すと、ミズキは少し困ったように笑って「…見えないとこにしてね?」と言った。
ア゛―――いちいち可愛い…。





式の終わる時間は事前に聞いていて、特に予定の変更がなければこの時間に迎えに行くことになっていた。ミズキから特段の連絡はなく、俺は予定通り式場まで迎えに来たのだ、が。

「………やっぱな、うん」

ミズキは酔っていた。せめてもの救いだったのは、女友達がミズキを囲んで守ってくれてたことなんだが、ミズキは眠たそうに友人と腕を絡ませて肩に頬を預けていた。
ミズキと腕を組んでる女性が俺を見て声を上げた。

「あっ君が『さねみくん』?」
「ハイ、すみません、お世話んなったみたいで…」
「ごめんねぇ、ミズキが飲まない宣言してたの知らずにカクテル渡しちゃって」
「仕方ないです。ここまで守ってくれてありがとうございました」

ゆっくり瞬きしているミズキの肩を軽く揺すると、トロンとした目が俺を見付けて緩く笑った。

「さねみくんがいる」
「迎えに来たからなァ」
「ふふ、うれしい」
「立てるか?帰るぞォ」

抱っこを求める子どもみたいに両腕を伸ばしたミズキに手を貸して立たせ、肩を抱いた。いつもより高いヒールが危なっかしい。

「ありがとうございました。連れて帰ります」

ミズキの友人たちに頭を下げて立ち去ろうとすると、呼び止められて何故か連絡先を聞かれた。どういうことだろうか、酔ってるとはいえ婚約者の前で言うか?と戸惑ってると、スマホの画面を向けられ、「これあげるから!」と。
中学の頃のミズキの写真だった。セーラー服ときたよありがとう神様!!

友人たちに丁重に(それはもう丁重に)礼を言ってその場を後にした。
式場になってるホテルの地下駐車場へ降りて後部座席にふたりで入った。スマホに通知があって、さっそくさっきの友人さんからトークルームに招待が来ていて、その場で参加して、助手席へ置いた。断続的に通知音が鳴り続けている。

「さねみくん、さねみくん」
「ん?」
「ありがとう、今日ねぇ、すごーく楽しかったの」
「良かったなァ。水飲むか?」
「ううん、あのね…キスしたくなっちゃったの」

実際のところ、迎えに来るだけなら、正面のロータリーに車を付けるだけで充分だった。それをわざわざ地下駐車場に入ったのは、何となく何かの間違いでミズキが酔ってんじゃないかという俺の期待があったからだ。ミズキが無事に素面ならただ車に乗って帰りゃいい…と逃げ道残してるところが我ながらセコイが。
人目を避けた薄暗い駐車場、狭い後部座席、俺を見上げるミズキの目が潤んでて綺麗だ。
キスをするとミズキの舌から僅かに酒の味がした。
俺の肩に乗った細い腕の内側が、目が眩むぐらい白い。柔い二の腕の内側を軽く食んだ。鮮やかな青の襟ぐりに指を引っ掛けて今朝のキスマークを確認、自分で上書きするとひどく満たされた気分がした。
ミズキの胸元から顔を上げると、またトロンとした目と視線が合った。今度はミズキからキスをくれて、俺は舌を差し入れて色々したかったんだが、ミズキが子猫みたいに俺の唇をチロチロ舐めるのが可愛くてそのままにさせた。…しかしコレは、腰にクる。
ミズキがキスに満足したらしく一度離れたところで、今度は俺のしたいようにキスをした。つまり、深いやつを。口の周りがぬめる。口紅。

「ん、んぅ…さね、みくん」
「ん」
「えっちするの…?」

ゴリッ、とミズキの肩越しにヘッドレストに額を押し付けて何というか迸る感情を逃した。
おっっっっっれだってシてェわでも駐車場ってさすがにマズイだろいやゴムは持ってっけどォ!!しかしお前あと1分経たずに寝るからな経験的に分かってんだよこちとらァ!!畜生可愛い!!

「…しねェよ、外じゃ、マズイ」
「しないの…」

なんでちょっと残念そうだよ可愛いが過ぎるわァ!!

「覚えてろよォ…帰ったら、抱く」
「うん…きっとよ…?」

ア゛―――!!!と内心叫んでるうちにミズキの頭が傾いてコテンと寝た。ハイ48秒、知ってた!
俺はミズキの上から退いてシートベルトを掛けてやり、運転席に移った。しゃーねェちょっと、あれだ、落ち着くまで待って…と思ってるところで、助手席のスマホからまた通知音が上がった。そういや写真送ってくれるって言ってたはず、と画面を開いて俺は感動に震えた。

(ミズキのこと大好きなさねみくんのために、みんな持ってる写真探してー!)

方々から投稿された写真に、俺は心底感謝したのだった。
帰ったら、抱く。でもその前にバックアップを!取る!!


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