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翌、日曜の朝迎えに行くと、ミズキの顔はいくぶんスッキリしていた。少し目の腫れはあったが、言い付け通りちゃんと冷やして寝たんだろう。
朝イチ俺が電話で「今日スカートやめろよ、あと靴はスニーカーな」と指定したから、黒いスキニーとスニーカーだった。脚キレーだなと思ったことは伏せる。
「実弥くんどこ行くの?」
「まず俺ん家寄って、まァ着いてからな」
歩いてすぐ、家まで来るとお袋がデカい花束を持って店先まで出てきた。小柄なお袋は上半身がほとんど花に隠れたように見えた。
「でっかくとは言ったけどよォ、いきすぎじゃねェ?」
「これくらい普通よ!こういうのは気持ちの大きさなんだから」
俺が花束を受け取っても、状況に置いてけぼりをくらってるミズキは目をパチクリさせていた。手の空いたお袋がミズキの肩に手を置いて笑いかけた。
「ミズキちゃん、行ってらっしゃい。きっと大丈夫よ」
「ミズキ行くぞォ」
俺が先に歩き出すと、ミズキは状況が飲み込めないままお袋に頭を下げて追ってきた。
「ざっくり言うと、トラックの荷台で業者の通用口から入る」
「え」
ミズキはまだ飲み込めないようで、ポカンとして足を止めてしまった。数歩先から俺が顎をしゃくると急ぎ追いついてきて、「どういうこと」と言った。
「どうっつってもなァ、そのままだ。コレ着ろ」
以前俺がミズキのお袋さんの施設に行った時に着た、店の名前が入った上着を手渡すと、ミズキはまたポカンとした。
その間に目的地に着いて俺が倉庫にスタスタ入って行くのを、上着を手に持ったままのミズキが躊躇いがちに追ってきた。
「あっ実弥ちゃん、来たのね!」
パートのおばさんがニコニコして事務所から出てきた。
「熊本さんお世話んなります」
「いいのよぉ、可愛い実弥ちゃんのお願いだもの!この子がそうなのよね?まぁ〜美人さんねぇ!」
ミズキはおばさんの勢いに完全に圧倒されている。助けを求めるような視線が俺に来たので、床を指差して「俺のバイト先」おばさんに手を向けて「パートの熊本さん」。ミズキは相変わらずポカンとしたまま「バイト…」と呟いた。
「宮崎さぁん!実弥ちゃん来たわよ早く!」
おばさんが声を張り上げるとドライバーのおっさんがブツクサ言いながら出てきた。俺は一応頭を下げた。
おっさんは機嫌悪そうにしてたが、ようやく流れに馴染んできたらしいミズキが挨拶して顔を見せた途端に『困った時はお互い様』的なことを言い出してニヤけてミズキの肩に手を置こうとするので、俺がその手を掴んでギュウウっと握手しておいた。「宮崎さんドーモすんません早速いいっスか急ぐんでェ」おっさんの頷き。
花束運搬用の段ボールを出してきて梱包して荷台に積み、自分も登ってミズキも引っ張り上げた。
「パトカーに捕まっちゃまずいんでゆっくり行くけどな、危ないから壁に背中つけて座ってな、お嬢ちゃん」
「気を付けてね」
ミズキは荷台の上で膝をついて深く頭を下げた。丁寧に礼を言うのを途中で遮って、「帰ってからなァ」と言って荷台の奥へやった。俺がおっさんに頭を下げると重い音を立てて戸が閉まり、がちゃんとロックが掛かった。
「…美術館まで40分てとこかねェ」
「うん」
車が動き出して少しして、ミズキと並んで座りながらポツポツ話した。
「俺が連れてってやれりゃいいんだが、格好つかねェな」
ミズキは三角に立てて揃えた膝を抱いて、首を振った。
「ううん、本当にありがとう。実弥くんがいてくれてよかった」
ミズキは笑ったが、表情の奥には緊張の強張りが見えた。それぞれ自分の脚を眺めてる中で、ある時ミズキが床に投げ出していた俺の手を握った。ミズキの横顔は固く、俺は手を握り返すに留めた。
車が減速してやがて停まって、荷台の戸がガチャガチャ鳴り始めると、花束の梱包を解いてミズキの手を引いて立たせた。荷台を降りると無言で頷くおっさんに頭を下げて搬入口に向かった。
俺が守衛に店名を伝えると送り主と宛先を聞かれ、ミズキが大学名と画家の奥さんの名前を答えた。通されて廊下を進んだ。
「…で、どこに持ってくか」
「こっち」
「知ってんのか」
「学生の有志で学外展やったことあるの、ここ」
控室をノックすると応答なし、鍵は掛かっていなかった。入室して花束はテーブルに置いた。
「…あら、どなた?」
いきなりドアが開いて肩が跳ねた。咄嗟に俺が店名を答えようとするより早くミズキが「奥様」と呟いた。
戸口に立った老婦人が「ミズキちゃんなの」と言った。
「ああ!」と悲鳴を上げて老婦人がミズキを抱き締めた。
「ミズキちゃん、ごめんなさい、辛い思いをさせたわね!人伝に事情を聞いたの、主人も最期まで気にしてた、ずっとね、個展を開いたら会いにきてくれるかもと思ったのよ」
老婦人の肩越しに見えるミズキの目からボロボロ涙が落ちた。目が合って、『ほらな』と俺が口パクするとミズキの目が返事をするように瞬きした。
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