春の手触り 

『春を待つきみ』 実弥視点です。





『美しい子ども』だった。ソウマミズキの第一印象の話だ。
俺が教員2年目の春に入学してきて、数学を担当した。性格は大人しく真面目な方、ただ理数科目への苦手意識が強くテストの点は奮わなかった。
文系とはいえ数Uまでは必須だし、苦手意識を取ってやりゃあコツコツやるタイプだろうと補習に呼んでじっくり話してみれば、やはり地頭は悪くない。
パズルみてェなもんだ、と同じノートを覗き込んで問題を解く過程を示してやると、得心がいったようでパッと嬉しそうに笑った。

「数学楽しいと思ったのはじめて、先生ありがと」

顔立ちの整った子どもだとは思っていたわけだが、きらきらと輝くように見えたのは、若さという眩しさだろうと無理矢理納得することにした。

そこからソウマは俺のことを優しい先生だとありがたい誤解をしてくれたようで、よく懐いた。手伝いを買って出てくれたり、声を張り上げる距離から手を振ってくれたりと。
視線から声色から、一定以上に好かれているという実感なら、あった。そしてそれを『参った、勘弁しろ』と疎むどころか、あまつさえ喜んでいるという自覚も。

女ってのは成長が早くて、子どもだと思っていたソウマは瞬く間にほのかな色気まで纏うようになった。
一度など体育館裏へ向かう男と困った顔でそれに従うソウマを見かけて、思わず声を掛けた。

「いいとこに通ったなソウマ、ちょっと用事があんだが来てくんねェか」

男の方は迷惑そうな顔だったが、ソウマは嬉しそうに俺に着いてきた。
男と離れてから一応詫びて「邪魔したか」と聞いてみたが、「断れなくて困ってたの、ありがと先生」とソウマは笑った。
何かありゃ俺に言えと伝えたのは、親切心からか下心からか。

さて思い出話が長くなったが、そのソウマが、もうじき卒業する。第一志望の大学に合格したらしいというのは、人づてに聞いた。
地頭良くて努力の出来るタイプだからと特に心配はしてなかったが、担任でもないのに嬉しいもんだ。
よく頑張ったと褒めてやりてェが、3年は自由登校だしわざわざ来る奴は少ない。担任でもないからもう連絡を取る口実もない。仄かな下心を抱いていたことは誰にも伏せて無かったことにして、古巣から新天地での躍進を願ってやること、この一択。
と、思いながら職員室の戸を開けたら、まさかのご本人が俺の席に座っていて危うく咽せるところだった。
つーか煉獄はソウマの頭に乗せたその手を退けろ羨まし、いや、うん。

久々に見たソウマは、私服なのも相まって一層大人びて見えた。そりゃそーか、春から大学生だ。
合格の報告を受けてひとしきり軽口を投げ合うと、煉獄からソウマにジュースを買ってやれとありがたいパスを受け、ソウマを連れて職員室を出た。

以前に飲んでるのを見かけた紅茶を渡し、自分はカフェオレを買ってベンチに並んで座った。
いざ話そうとすると口は上手く動かず、迷った末無難に大学関連の話を切り出した。
春からこの子が一人暮らしをするのだと思うと、親でもないくせに心配になってくる。オートロック必須、通学路に暗い場所はねェか、隣近所に不審者は住んでねェか…考え始めるとキリがなかった。
何せ本人がアパートのオートロックを把握してない。不安しかねェ。
ついさっき顔を見るまでは新天地での躍進を祈ってやろうと思っていたのが嘘のように、もういっそ真綿でくるんで安全な籠に入れておきたい気分なのだから俺こそ不審者である。

話題は変わって高校3年間の思い出話をいくつかしてる内に、唐突にソウマが鞄から小さい箱を取り出して俺に渡した。リボンが掛かって、焼き菓子かチョコレートという雰囲気。
何の説明もなくポンと手渡されたもんで、教員連中に配って歩いてるんだろうと月並みな礼を返したら、ソウマは少しまごついてその綺麗な目を忙しなく巡らせた。

「ひとつしかないです」

………お、おォ…?
煉獄には、と聞けば俺だけだと言う。ガキみてェに喜んでいいやつなのかこれは?

「先生がすきだから」

こちとら一応童貞でもなければ思春期でもない。それでも声を上げて喜びたくなるのはもう、男として仕方がないと居直った。教員としては処される案件だが。
口元はだらしなく緩むし教員としての罪悪感で妙な声が出るもんで、座った足元へ向かって項垂れると、ソウマが俺を困らせたと詫びて立ち去ろうとするので慌てて引き留めた。そりゃそうだ、告白して相手が項垂れたら下手すりゃ泣く。

「…そりゃ、戸惑いはする、けどな」
「ですよね」

まったくどっちが子どもだか。

「嬉しくないとは言ってねェ」
「…え、ぇ…?」
「都合良すぎて夢かと…」
「…つまり?」

縋るように掴んでいたソウマの腕を離して、ガシガシ髪を掻き乱した。
ソウマは、期待と不安の入り混じった顔をしている。子どもでなく、女としての、顔。

「…機会がありゃ教師になって生徒から告白されてみろ、罪悪感で心折れるぞォ」
「いま私折っちゃいました?」
「ボキッとなァ」
「先生、すき」

追い打ちついでに殺してくれ。
むしろ、拙い好意が可愛くて死にそうだ。
再度深く項垂れて腹の底から溜息を吐いた。俺は教員としては終了になった。教え子に惚れました処してください。
それでも、この子が俺に伸ばしてくれた手を今更払えと言われたところで、死んでも御免だ。
顔を上げてソウマを見た。

「ここじゃ言えねェことがある、から」
「はい」
「返事、しに行っていいか。お前のアパートに」

ソウマは何度も頷いてくれた。
美しい子どもじゃなく、可愛い女として。
大切にするから、俺からも手を伸ばすのを許してくれ。

ソウマが少し悪戯っぽく笑った。

「あのね先生、追い打ちなんだけど」
「物騒な前置きヤメロ」
「私でえっちなこと考えたことある?」

ある、というのは多分、手から滑り落ちたカフェオレの缶でバレた。


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