春を待つきみ 

第一志望の大学に受かった報告なら、電話でも事足りる。というか、電話だけの方が多数派だ。それなのにわざわざ学校まで来たのは、不死川先生いるかなぁという下心あってのことだった。
3年生はもう自由登校になってしまって、こういう言い訳がなくちゃ学校へ来られない。

迷惑を承知で伝えてしまいたかった。まだ先生の綺麗な手に指輪のないうちに。

そういえば私服で校内に入るのは初めてかもしれない。通い慣れた校舎のはずなのに新鮮な、それでいて少しよそよそしい気分で職員室を目指した。
職員室の扉を引くと探すまでもなく担任の煉獄先生を発見、何せ先生はよく目立つ。声を掛けるとペカーッという感じの笑顔で招き入れてくれた。隣の不死川先生は、不在のようだった。
「よく来たな、まぁ座れ!」って煉獄先生、それ不死川先生の椅子です。いいんですか、是非座りますけど。

「結果は聞き及んでいる!よく頑張ったな!」
「日本史が稼いでくれました」

日本史専攻ではないけど文系だから、歴史担当が授業の楽しい煉獄先生だったのは幸運だったと思う。

「煉獄先生の授業受けられなくなるの、寂しいな」
「ハハハ!嬉しいことを言ってくれる!」

煉獄先生がヨシヨシと犬を撫でる感じで私の頭に手を置いたそのとき職員室の扉がガラッと開いて、見ると不死川先生が立っていたのだった。
綺麗な薄紫の目がこちらを見て、丸く見開かれた。あ、席、邪魔、と断片的に動揺して勢いよく椅子から立ち上がった。

「先生ごめんなさい、席…」
「や、構やしねェけどお前…あァ、第一志望受かったってな」

ゆっくり探るような足取りで不死川先生が職員室を進んでくる。椅子の背凭れに片腕を乗せた煉獄先生が軋んだ音をさせて、背後に立つ不死川先生を見上げた。

「最初の進路希望から第一志望を変えずに合格してみせた自慢の生徒だ!」
「おォ立派立派」
「う、うー…どうも、不死川先生にもお世話になりました。数学ガタガタだったので」
「それは否定しねェ」
「うぅ否めない」
「ハッハッハ!まぁ合格したからこその笑い話だ!」

闊達な煉獄先生とは対照的に、不死川先生はくつくつと少し悪い笑い方をする。それが好きだなぁ…と思ったのが、思い返せば最初だった気がする。
「そういえば不死川!」と突然煉獄先生が声を上げた。

「この自慢の生徒にジュースのひとつでも買ってやってくれないか!俺は今から会議がある!」

そう言ってお財布を出そうとするのを、不死川先生が止めた。

「構わねェし、小銭もらおうってほどケチでもねェ。ソウマ来い」
「はっはいっ!」

入ってくるときとは対照的にツカツカ強い歩調で職員室を出て行く不死川先生の背中を追いながら、振り返って煉獄先生にお礼を言うと、煉獄先生は何やら『ガンバレ』的な含みのある笑顔を返してくれた。…んん、コレは、お気付き的なアレかな?
と、勘繰っていたらもう廊下の結構先にいた不死川先生が「置いてくぞォ自腹切るかァ?」と言うので慌てて追った。足はっっっや。



自販機から出てきた温かいミルクティーを渡してもらって両手で包んでいると、続いて不死川先生はカフェオレのボタンを押した。一緒に飲んでくれるらしいことが嬉しい。
並んでベンチに座った。

「寒くねェか」
「先生の方が寒そう、襟元が」
「まぁな」
「自覚あるんだ」

あははと笑い合ってお互い温かい缶に口を付けた。『寒くないか』に対しては『寒くないよ、ありがとう』の方が可愛かったかもしれない。だけどいつもそれが出来ないのが、私だ。
先生の横顔を盗み見た。きれい。
「ふたつ隣の市だったな」と唐突に先生。何が?って咄嗟に思ってから2秒後に私の進学先のことだと思い当たった。

「もうアパート決めてんのか」
「はい。もう親が仮押さえしてくれてて、一昨日正式に」
「オートロック?」
「たぶん」
「警戒心持てよォ」

実はまだアパートは写真でしか見たことがないのだけれど、父が念仏のようにセキュリティと繰り返していたからまずオートロックだろう。

そこからいくつか高校3年間の思い出話をしているうちに、先生の缶の傾け方から中身がもう少なくなってきていることが分かって、言うなら、今しかないと今更緊張してきた。
横に置いた鞄から小さな箱を出して先生に渡してから、あ、何て言おう、と頭が真っ白。
先生は少し驚いた様子だったけど受け取って、「ありがとなァ」と言ってくれた。

「しかしな、気ィ使うなよ。モノ配らなくても受かったってだけで…」

あ、これ、伝わってないやつ。そりゃそうだ、何も言わずに渡したら。何か言わなくちゃと思って絞り出した言葉は「ひとつしかないです」だった。先生はキョトン顔。かわいい。

「…煉獄には?」
「ないです。不死川先生だけ」
「…そォか。アー…ありがとな?」
「先生がすきだから」
「お、おォ…」

先生は長い脚の間を覗き込むみたいに上半身を伏せて何だかよく分からない声を出した。やっぱり困らせてしまった。

「あの…ごめんなさい困らせちゃって。伝えたかっただけなので満足です。それじゃ、」
「ア゛ー待てコラ切り上げるな」

気まずさに耐えかねて立ち去ろうとした私の腕を、先生の大きな手が掴んだ。
見間違いでなければ、先生の顔がほんのり赤いような気がしなくもない。

「…そりゃ、戸惑いはする、けどな」
「ですよね」
「嬉しくないとは言ってねェ」
「…え、ぇ…?」
「都合良すぎて夢かと…」
「…つまり?」

不死川先生は私の腕を離してガシガシと髪を掻き乱した。

「…機会がありゃ教師になって生徒から告白されてみろ、罪悪感で心折れるぞォ」
「いま私折っちゃいました?」
「ボキッとなァ」
「先生、すき」
「追い打ちィ…」

先生はまた脚に覆い被さるみたいに上半身を折って深く溜息をついた。
何というか、玉砕覚悟というか、玉砕しにいったみたいなところがあったのだけれども、意外と無傷で軟着陸の様相を呈している。
先生は項垂れていたところからそろそろと帰ってきて、その綺麗な目で私を見た。

「ここじゃ言えねェことがある、から」
「はい」
「返事、しに行っていいか。お前のアパートに」

私は必死に頷いた。正直まだ、事態は上手く飲み込めていない。
ただとっても大人の余裕に溢れて見えていた先生が、項垂れたり復活したり何だかとても嬉しそうだったりするのを見てると、可愛く思えてもっと好きになった。
同時にちょっと、悪戯心も湧いた。

「あのね先生、追い打ちなんだけど」
「物騒な前置きヤメロ」
「私でえっちなこと考えたことある?」

カフェオレの缶が地面に転がって、あぁ空っぽで良かった、と思った。
とりあえず春に向けて、可愛い下着を新調しなければ。


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