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▼ 4:幕間

※今回は主上視点。
※コナン君にちょっと厳しいかもしれません。いじめたいわけではないのです、決して!苦手な方はブラウザバック。

何気なく入ったお店だった。
今日は遅くなってしまったお昼御飯を、外食にして家事をおサボりしようかなんて考えながら、その店のドアを開けたのだ。
まさかそこに、前世で1000年連れ添った片割れがいるなんて思いもしなかった。

縁があればいつか逢うはず。

前の人生で王気なんて、麒麟同士ですらうまく説明できないほどの朧気な感覚で、私を見つけてくれた相棒。
昔、今度は私から逢いに行くよと言って目を閉じた手前、思い出したその日から探さない選択肢はなかった。
ただ、幼いころに思い出して暇さえあればあちこち歩いたり旅行したりしてみたにも関わらず、まさか成人しても見つからないとは思わなかったが。

久しぶりに会った相棒は、見目こそ大人になったが相も変わらず麗しかった。
もうちょっと大きくなりたかった、と周囲に揶揄される度、揶揄されなくなった後も、度々呟いていたあの頃が懐かしい。
今の彼は私よりも大きく、細身ではあるが、見たままがっしりとした屈強な体の持ち主だ。

以前の相棒は麒麟と呼ばれる生き物であり、その麒麟は能力的に優秀であればある程成獣になるのが早い。そして成獣になれば外見の成長が止まる。
さらに血について、他人はおろか自らの傷ですら穢れと呼び忌避することから、体を鍛えるなど以ての外のことでありそれが当たり前の世界の中で生きていた。
相棒はまさしく優秀な部類で、そのせいで背丈は私よりも低く、見目も幼かった。加えて麒麟としての特徴、環境から、体の線は細く。
見た目に関して現代で言う、もやしっ子というやつであった。背後に控える使令は獰猛だったが。

登極したてで、まだまだ王朝が幼い頃のことだ。
私もそんなに身長が高い部類ではなかったし、むしろ薄い、、貧相だったので、二人の見目をしてままごとのようだと揶揄されたことは、一度や二度ではなかった。
特に、政治に関して戸惑い、拙い指示しか出せない私に、呆れや諦観、嘲笑を込めてよくよく言われたものだった。
揶揄されようとも、未だよちよち歩きの王朝であることは事実であるし、仕方ないと私は思っていた。この頃の私はまだまだ優等生していた。言ってみればいい子ちゃんだった。

ただ、私がそうだからと言って相棒がそれを許すわけでも反撃しないわけでもなく、地獄耳をここぞとばかりに発揮して陰で揶揄われる度にきゃんきゃん噛みつきに行っては、当時いい子ちゃんの私に宥められ、即位してしばらく後からは先生である太師に窘められて、王朝中期ごろにはそれらを見ていた冢宰が胃を痛めていた。懐かしい。

ちなみに当時の太師は、私が即位してからしばらくして市井で見つけたこれまた喰えないおじいちゃん先生で、外では噛みつく相棒を殊勝に止めて、一方皆の居ないところでコッソリと相棒に悪知恵を授けていた。
そんなところで先生をしなくてもよかったのだが、当時あることを切欠に特殊例を爆走中の相棒には嬉しいことだったらしい。仲間が出来ましたといい笑顔で言っていた。
その太師も思うところがあったのか、相棒と一緒に、時々単独でいろいろしていたらしい。
後々に相棒がするそれらと合わせて、すべて把握させられていた冢宰は胃を更に痛めた。

その冢宰はあの王朝の中では圧倒的不憫枠だった。
とてつもなくいい人で、お人好し。仕事は出来るし早いし、なによりトラブル解決能力が抜群に高かった。
正直そんな人物を重用するなと言う方が無理な話で。
私を含む上司の無茶ぶりを一身に受け続け、初めは嫉妬されてなにかしらのちょっかいがあったらしいが、あまりに不憫枠すぎて激務になった冢宰の座を付け狙う輩がいなくなり、逆に皆で気遣い始めたのはちょっとだけ嬉しい誤算だった。
彼の身に危険が迫ることが少なくなるのだから。まあ、理由が理由なので本人は嬉しくなかったろうが。

そんな彼は何回目かの謀反か反乱の時の拾い者であり、実は我が王朝最大の戦果だったのではないかと思われる人物だった。
他国に渡って大学まで卒業したというのに、戦乱の最中自国に戻ってきて何をするかと思えば、普通に農民するつもりだったというのだから拾い上げた。

君ほどの人物を、活かしもせず殺しもせず市井に放って農民させるのは多大なる国損である。よって、きりきり働こう。

拾うことが決定になったあの日、相棒が彼に使令をチラ見せしながらいい笑顔で言い放ったのは、今でもはっきり覚えている。
そんな経過で王宮に召し抱えられた彼が、いかに相棒や太師の所業によって胃を痛めようとも、仙であるがゆえに病で死に絶えることはないし、単純に痛いが倒れるほどにはならぬところはいっそう哀れだった。
彼が召し抱えられてしばらくしていい子ちゃんをかなぐり捨てた私が、暴走気味の相棒らを止めもしないせいでもあるのは棚に上げてだ。ああ本当に懐かしい。

そんな懐かしさに浸る時間は実はあまりなく。現実に早々に意識を持っていく必要がある。
というのも。
現在目の前の相棒は、私を驚愕の表情で見つめ、丸盆を胸に抱き締めたまま固まっている。
一応1000年という長い時を共に過ごし、こういう時の相棒がどんな状態なのかはとりあえず心得ているつもりだ。

実は今の彼、息をしていない。

本当に、驚きすぎて呼吸が止まっているのだ。
今じゃネットの掲示板くらいでしかそんな表現見ないと思っていたが、そういえば相棒はリアルでそういう反応をするタイプだった。
そういえば初めてそれをやられたときはびっくりしたなと苦く笑いつつ、すっと相棒の顔に両手を伸ばして、ぺちぺちと軽く叩いてやる。

「驚いたのはわかるけれど、とりあえず息をしてよ」
「っは、」
「そう、上手。そのままゆっくり息をして」

しゅじょう、と未だに動揺が抑えられないのか、はくはくと動いた形の良い口が音もなく私を呼ぶ。
驚愕と、歓喜と、寂寥と、困惑と。
持ち得る全ての言葉をもってしてもうまく言い表せない感情の高ぶりに、戸惑い、不安を覚える様子。
初めて私を見つけてくれた時の様子が思い出され、姿は変われど中身は変わらないことに笑みが浮かぶ。
目を少し薄めて答えてやれば、迷子の子どもが安堵したように、ほろりと涙が一滴流れた。
それを周囲に見せないためにすかさず親指の腹で拭ってやり、そのまま形の良い頭を両手でぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
先ほどから同じく驚愕の表情でこちらを見つめる、一緒に働いているであろう女性の店員さんに、格好悪いところは見せたくないだろうし、とりあえず涙と泣き顔は回収だ。

「ふふ、相変わらずだね。そうだねえ、君もこんな状態だし、このお店にはまた今度来ることにしよう」
「っあ、」

行かないで。
音に出さず未だ顔にかかったままの私の手を握り、相棒の秀麗な顔が悲しいと歪む。

「大丈夫。ここに私がいたら、君は落ち着かなさそうだからね。君のお仕事が終わったら、どこかでゆっくりお話しようよ」
「!今日は、あと一時間くらいです」
「なら、その間は私はどこかで時間をつぶしておこうかな」

見つけられる?と目で尋ねれば、もちろんと返ってきた。流石である。

またあとでね、と店を出たところで、知らない幼い声に呼び止められた。
振り返れば、育ちの良さそうな、顔に合わず大きな眼鏡をかけた少年がいて、ねえ、と再度声をかけてきた。
江戸川コナンと名乗った少年は、相棒、、安室さんとどういう関係なのかと尋ねてきた。

「何故君はそんなことが知りたいの?」
「だって、普段の安室さんは、触られるのを簡単に許す人じゃないし、お姉さんとずいぶん親しげだったから、気になっちゃって」

だから、どんな関係なのか、教えてほしいなあ。
あざとく小首を傾げて訴える少年の子どもらしく可愛らしいこと。キレイな大きな青い目に浮かぶのは、抑えきれないキラキラした好奇心と、奥に潜む年齢にそぐわない疑心と警戒。
後者は隠しているつもりのようだが、まだまだ甘い。
こちらは無駄に人生経験豊富なのですぐわかる。

それに、普通こういう理由で訊くときは、お姉さんは安室さんの彼女?とか友達?とかがオーソドックスな言葉だと思う。
どういう関係、とはね。事情聴取でもされている気分だ。
あざとく、狡猾に、自分の願いを叶えるために息をするように嘘をつき欲を隠し、子どもらしくあざとく見えるように愛想笑い。
こんな小賢しいズルい手を、学童になったばかりの子どもがするとは。驚くよりも悲しくなる。
というか、そもそも君は“正しく”子どもなの?

「じゃあ、江戸川くん。君は、安室さんとどういう関係なの?」

すとん、とその場にしゃがみこんで子どもと目を合わせて尋ねてみる。
警戒の色が強くなった。別にとって食べはしないのに、警戒する相手にここまで近づく。そうまでしてこんなことが知りたいのだろうか。

「安室さんとは、店員さんとお客さんで、、」
「店員さんとお客さんなら、どうして君は安室さんのお友達の情報が知りたいの?」

一歩間違えれば変質者だよ?なんて、ちょっと怪訝そうな顔をしてみれば慌てる子ども。
えっと、ボクがお世話になってる小五郎のオジさんの弟子で、、と言い募り始めるが内容は電光掲示板よろしく右から左である。
そうか、君変質者なんて君くらいの子どもには分かりにくい単語も知っているのか。
不審者やらストーカーなら、まだこの米花で悲しいがよく聞くけれども。
それとも、周囲への理解がとても早いタイプの子どもなのかな?

「えっと、あと!僕も安室さんと一緒で探偵なんだ!だから、」

あ、ダメ。それはダメよ。
ふむふむと相槌を打っているなか、思いついたとばかりに小さな口から飛び出た内容に反射で反応した。

「ふーん、そう」

だからか、思いの外冷たい声が出てしまった。反省。
だって、目の前の子どもは目を見開いて、私の顔を凝視しているのだから。気をつけなくては。

「残念だけどそれは、私が君に教える理由にはならないなあ」

君が相棒と一緒と言った「探偵」は、君の溢れる好奇心を満たすための、便利な呪文じゃないんだよ。
一応顔は笑っていても、目が笑っていない自覚はある。怖いだろうなあ、、、ごめんね。

「、、、っやましいことがないなら、僕に言えるでしょ?」

もう万策尽きたのか、それとも笑う私が怖いのか、被っていた子猫をかなぐり捨て私を睨み付けながらそう言って、言外にさっさと吐けと言う子ども。
どうしても知りたいらしい。
正直、きゃんきゃん吠えるチワワかダックスみたいで可愛らしいとも思う。
可愛さに免じて教えてあげるのも問題はないけれど、今は相棒との再会にケチつけられた気分であるのでして。

「じゃあ、君が私と安室さんがどういう関係なのかを知りたい、本当の理由を言えないのは、やましい理由だからなんだね」

君への盛大なブーメランを、熨斗をつけて返してあげよう。
とうとう絶句した少年に、わざとキレイに微笑んで見せる。
意地悪とか知らない。
私、中身は齢1000歳越えのお婆ちゃんで、魑魅魍魎蔓延る伏魔殿で日々戦ってきた人間なんだ。20も生きてない君なんて、赤子も同然。
子猫被ってすり寄られたって、隠せてなかった素を出して足元でわんきゃん吠えられたって、正直なんともないのだから。

だからといって私の対応が、大層大人げないことはわかっている。
でも、私の相棒と同じ職だとこの子どもは言い放ったのだ。
あの子が今、どんな職に就いているかは知らない。
知らないけれど、あの子なら必ずそれに対して真摯に向き合い、誠実に、全力で職務にあたることを知っている。その事にプライドを持っていることだって。
だから、同じと出任せでも口にしたならば、詰めの甘い仕事は頂けない。

大体、まだお互い自己紹介も済んでないのに、どんな関係もないのだ。
初対面というのが今生では正しい。
今から今後についてお互い話す予定であるのに、水を差されちゃたまらない。

しかもこの子ども。嘘をつくし、相手をそもそも疑っているから。
初対面です、なんて正直に話したところで素直に納得したかは怪しいところだし。
あんな様子を見られた後なら、疑うのも無理はないけれど、この子どもは初めからなんだかこう、嫌悪感を含んだ眼、言うなれば犯罪者を見る目をしているのだ。
何にも悪いことしてないのに初めからそんな目をして見られたら、誰だって不愉快だと思うのだ。実際、私はとっても不愉快だ。

「そもそも、気になるなら初対面の私をお店の外まで追いかけるのではなくて、その場に残った安室さんに訊けばいいでしょう?彼は初対面じゃないのだし。
君の質問は不躾だし、自分に答えてくれないからやましいことだなんて、正直不愉快だわ」

柔らかい心をぐさりと刺すのはいつだって嫌な気分になるけれども。
子どもの今後を考えるならば、私がしなければいけない役目なのかもしれない。

「安室さんは、自称探偵の坊やが疑って、誰彼構わず聞き込みをしたくなるほどに、胡散臭い探偵さんなのね」

これって風評被害になっちゃったりしないの?なんて言ってやれば、ギリギリと睨み付けてくる少年。
風評被害も、込められた皮肉も、正しく理解しているようだ。知能的には中学生かもう少し下くらい?中身の傲慢さは外見らしく子どもらしいけれど。
知りたい内容はわからなかったし、相手に笑われるしで今は頭に血が上っている少年は、見た感じ反省の色はイマイチないようだ。けれど、クールダウンした時にちょっとでも言われたことを思い起こしてくれればいいなと思う。本当にあんまりにも不躾で失礼だと思うよ。

確かに、どんな関係だなんて、別に聞かれても正直支障は全くないけれど、個人情報をいくら子ども相手と言えどペラペラ話すほど私は口が軽いつもりはないし、そもそも、なんでも訊かれたら素直に教えてあげるほど、私は優しくない。加えてちょっと怒ってたしね。
じゃあね、といつの間につけたのか、体につけられたよくわからない機械を、坊やに見せつけるようにつまんで踏みつけてから、今度こそ適当な場所で時間をつぶすために歩き始めた。
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