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そういえばあいつ、もうずっといるな。
そう呟いたのは誰だったか。

あいつ、と呼ばれた新人は、数日に一度、一定時間消えることがある。そのタイミングはマチマチだが、おおよそ一時間程度でコンビニや薬局の小さめの袋を持って帰ってくる。
外で何をしているかは聞かない。その時間に自分達は彼女の机に書類をどっさりと置くからだ。だがこの作業、もうずっとしている気がする。
いったい、いつから?
自問自答していれば気づきたくないことに気づいてしまいそうで、頭を降って考えるのをやめた。
そうして見て見ぬふりした答えがわかったのは、珍しく数人が定時で上がれた時のことだ。

新人がいない時間は必ずある。
それは生理的欲求だったり、書類を各部署に持って回らねばならないとき。とりあえず、日に数度ある。
たまたまそのいない時間が定時で、書類を机に置いた同僚を尻目に、自分達定時上がりは庁舎を出ようとして、受付嬢達の話を聞いたのだ。

「金曜日の定時!うれしー!
、、そういえば、あの部署のわからない定時退庁ちゃん、もう3ヶ月くらいになるかな?この時間に見てないね」
「あ、でも、、ずいぶん前のお昼だったかしら?外に出るの見かけたわ」
「え、でもそれ大体一時間くらいで帰ってくるやつじゃない?」
「そーそれ。やっぱり私の時だけじゃないのね。
それと気になってるんだけど、前は髪どめがちょくちょく変わってたけど、ここずっとただ結んだだけよね。髪どめの使い方、実は見ながら勉強してたんだけどなー」
「色使いも上手だしねー」
「あと、見かけたときね、なんだか、ちょっと、顔色悪いっていうか」
「わかる。毎回綺麗にお化粧してるんだけど、あれチークとコンシーラーでいっぱい隠してるよね。
ここってどの部署も基本男所帯だし、みんな気づかないから誤魔化せちゃうんだろうけど、、、無理してないといいなあ」
「あの子だけだったんだよねー、いつもありがとうって、お疲れ様ですって笑ってくれたの」
「媚売って笑ってりゃいいなんて、私たちよく言われるもんね。皮肉言われたときに、真っ直ぐ言い返してくれて涙出たわ。
だから私、ちょっと彼女を見かけるの楽しみにしてるんだけど、先週今週と見かけなくて。貴女は見かけた?」
「え?貴女も見てないの?それが私も先週から、なんならその前からずっと見てなくて」
「残業持ってるのかな?ホントに無理してないといいけど」

戦慄した。
受付嬢の会話は、自分の感じていた、見て見ぬふりの答えだった。

あいつ、もうずっと家に帰ってないんじゃないか?

そのまま庁舎を出る仲間に一言言って、急いで部署に取って返して目の当たりにしたその光景に、自分たちはなんてことをしていたんだと、猛烈に後悔した。

電気が消され、夕闇に色付く室内で唯一新人のデスクだけが明るい。
その新人の机には膨大な量の書類が作業場所を埋め尽くすように、実際埋め尽くしていて、乗らなかったらしい書類が、新人の机周りにも陣取っている。
その書類の山の中一人、小柄な体を画面に向けて黙々と仕事を続ける背中を見た。

半個室の中の、異常な光景に言葉が出なかった。

見ようとすればいつでも見れた光景。見て見ぬふりをつづけた代償があれだ。
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