ありがたい大型連休

2024.05.04 23:00


サトルもうすぐ3歳、頓悟して一月ほど情報収集に明け暮れる





もうすぐ3歳、という頃に前世の記憶が降ってきた。

高校最後の夏、仲間たちとクルージングに出て、はしゃいで遊んで

挙句、海の藻屑と消えるまでの日々。

記憶はけずるタイプの宝くじの銀シールよりも儚く削った滓より些細で、原因も状況もほとんど思い出せない。

だからあの時にきっと死んだのだと自覚したのは漸くのことであった。

死んで転生した挙句の今である、と突然理解できた彼女は、そのあまりにも小さい両手を強く握りしめて思う。


(異世界転生……新たな人生……神様ありがとう)


道理で物心がつくのが早くて覚えも飲み込みも早い訳だと思った。

(高3時点で獲得していた知識やら常識・要領・概念やら何かいろいろ持ってきていたせいか……ってなると、)

彼女は幼くも鋭い光を宿す瞳をカッと見開いた。

(……アッッ?これ今すぐ動かないといけないんじゃないの!?)

突然に彼女は焦り出す。

皇国辺境伯令嬢サトル、予測という建前の妄想が爆走し始めたせいだった。

(早くここになじんでいろいろ知って覚えて鍛えて、あいつらを探さないと……)

あいつら則ち、前世で一緒に海の藻屑と消えた者たち。

自分と同じくこの世界にいると何故か直感的に思いついた。

何の根拠もない。

けれど

(昔の中国のアレよ!生まれた日は違っても死ぬ日は一緒だお!っておっさん達がピンク色の中で誓ってたやつ!同じ日に死んだら次の世でまた会えるって事じゃないの!!?)

アレはそういう話ではないし誓った絆は有耶無耶になったし何ならその誓いをした3人は同じ日に死んでないが、よく知らないのか願望でねじ伏せたのかサトルはそれを己の仮説を信ずるエビデンスとした。

ただとにかく、サトルは縋りたいのかもしれない。

寂しかったのだ、ずっと。

父も母も使用人達も騎士達も、たくさんの優しい人に囲まれていても何かまだどこかに余白があるような感覚があり、それは妙にサトルを焦らしていた。

それは漠然としていたのに、唐突に今、悔いというものなのだとわかる。

前世において、ある時前触れも無くそこにあった絆が全てぷつりと切れたことへの。

(今の家族も城のみんなも大好きだけど、何故か何か寂しいのはそういうことだったのか)

生まれてからずっと自分の中にあって、気付かないようにしてきたけれどこの感情はおそらく



あの時、望まず途切れた絆を再びこの人生で結ぶことができたら。

(――私、またみんなに会いたい)






サトル令嬢は城内の図書館に籠もるようにして本を読み始めた。

(まずは情報収集だ!この世界を知らないと話にならないし)

彼女はわかっていた。

まだ3歳にもなっていないのにこの身に宿る確固たる自我。

明確な目的を意識して学べば、この生まれたての新鮮な脳は驚くほどの吸収力を見せる。

つまりこれぞいわゆるチートと言っていいんじゃないでしょうか。

(まあチートというには分かりにくいし地味だけど、それよりも何よりもそこそこいい身分に生まれたことをこそ有難いと思おう…家に図書館なんかあるしさ)

踏み台を駆使して中程の段にある地理と歴史の本を取る。

かなり重いので侍女Aが傍らで受け取った。

「お嬢様、やはり私がお取りしましょう」

「いいのいいの、背表紙確認しながら自分で選ぶから」

侍女は本を机に置いて、踏み台を片付けに行く。

サトルは椅子に掛けて幼児の手には余る質量の本を開いた。

今、自分が置かれている状況と世界のことを頭に叩き込む。

やりたい事はその後に。

(ヒャッハー魔法ある!魔物いる!)

剣と魔法の世界っぷりに両手を挙げてバンザイして、それからゆるゆると手を下ろし眉根を寄せる。

(国名、地形、魔法、魔物の種類やらなんやら……さっぱり記憶に引っかからない)

前世ではフィクションのはずの異世界に転生する、その蓋然性は【その世界と多少なりの縁ある者から創作と言う形で表出する、実在する世界なので何かのはずみで転生も転移もアリ】という説をサトルは仄かに割とそれなりに肯定している。

どうせなら楽しく滾り萌え転がる設定の方がいいに決まっている、ご都合主義と蔑むなんて踊れない阿呆の負け惜しみに過ぎないとも思っている。

つまり前世で今世の世界を目にしている可能性、を視野に入れている。

ただしいつどこでだったかタイトルは何だったか、現時点で全く見当がつかない。

ゲームか小説か漫画かアニメが舞台なのか、ストーリーがわかれば今後の行動の目安になったかも知れないのに。

(まあいいか。仲間の誰かが知ってる世界かも知れないし)











サトルは城下にも出る。

1人の侍女と1人の護衛を連れ、町中をあても無く歩くように見えて隅から隅までくまなく歩く。

いれば必ず見つかると、訳もなく強い気持ちで歩き回る。

「お嬢様、そろそろお昼でございますわ。お戻りになりますか?」

ただあらゆる道をねり歩くだけの時間に、ふと侍女が尋ねた。

「まさか。どこか食堂に入って食事にしましょう」

「え」

「……疲れてないんすか、お嬢」

護衛の騎士が少し困ったような顔で覗き込んでくる。

「ああ、ただの町歩きに付き合わせて申し訳ないわね。だけどもう少し、城下の様子を知りたいのよ私」

(3歳……?)

騎士が半開きの口でぼんやり自分を眺めている意味を察しつつ、サトルは小首を傾げてみせた。

「侍女ちゃんA、護衛くんA、おすすめの食堂を教えて?例えば、3歳くらいの子供が厨房で料理しててしかも美味しいお店、とか?」

3歳児が3歳くらいの子供の労働を容認する発言。

しかも給仕よりおそらくハードルの高い厨房。

だが騎士は心当たりを辿るように答えた。

「……言われてみれば。最近、子供が作った飯がやたらうまいと……裏通りなのですが」

「そらきた」

サトルは父譲りの光の加減で緑がかって見える金色、鶸色のその瞳に鋭い光を宿した。

「お嬢?」

「ええ、そのお店に行きましょう?」








「いたーーーーーー!!!」
「ギャーーーーーー!!!」

活気溢れる昼時の街角食堂で働くその子供は、突然サトルに首根っこを掴まれ大声を上げた。

「何っ、何だ!!?」

ホールで客の前に料理を出したばかりの彼が振り返ると、サトル(令嬢)が目標捕捉後直ちに襟首を掴んで拘束したのちのドヤ顔を披露していた。

「誰だおま……えっ?お前って」

フ、とサトルは父親そっくりに唇の片方だけつり上げる笑みを見せ、彼の首を掴んだままずるずると出口へと引きずっていく。

「っおい!何なんだよ!」

絶賛勤務中だった食堂の主人への説明は侍女Aに任せて、サトルは彼を外に連れ出した。

彼は驚きか怒りか別の衝撃かで最初は抵抗したものの、やがて落ち着きを見せて問うた。

「……お前、お前サトルだよな?」

「うん」

襟は離さず顔を前に向けたまま早足でサトルは進み、陰となる民家と民家の狭い隙間に入り込んだ。

そしてそこで、襟を離した。

「お前なあ、いろいろあるけどまず俺仕事中なんだぞ?」

「大丈夫うちの侍女ちゃんAは賢いからちゃんと丸く収める。それより時間がないんなら現況とそこに至るまでの経緯をさくさく話して」

曰く彼は平民で裕福でなく、父は怪我がもとで満足に働けなくなり母が針子をして収入を得ているが、彼自身何か手伝えればと強く思った時に前世の記憶が蘇り、料理ができることを思い出した。

そこで町の食堂に頼み込んで何なら実演試食会も行い、半信半疑ながら役に立つとみなされたので繁忙期のみ短時間という条件で雇ってもらい、現在ランチタイムの掻き入れ時なう。

「だから早く戻りてーんだけど」

眉を寄せ、首の後ろを撫でる彼がそう結ぶと、サトルは瞳を宝石みたいにキラッキラ輝かせていた。

(――何っっって好都合なんだろ!?)

「んで、仕事が終わってからゆっくり、」

「その必要はないわ!3日後に迎えに来るから」

言葉を遮られた彼は『はあ!?』と奇声を上げた。

「まずはしっかり働いてらっしゃい!そして3日後の勤務を以て辞めますって言うの。心配されたら城で雇ってもらえたと言うのよはいこれ入城許可証。侍女ちゃんに説明してもらうから信じてもらえるはず」

サトルは念の為に人数分用意していた銀のプレートを組み込んだブレスレットを彼の手に握らせる。

「ご両親にもね!じゃあまた3日後の昼過ぎにね?ばいばい!」

は?は?と忙しく瞬きしている彼を、追ってきたメイドに命じて店に戻らせる。

「ちょ、何なんだよ!マジで、つか急すぎんだろ!」

背中を押され、一度サトルを振り返るもメイドに手間をかけさせたくないのか大人しく彼は歩き出した。

薄笑いでそれを見送るサトルだが、その小さな後ろ姿を眺めるうちにひゅっとくちびるを窄めた。

「お嬢、何だったんですか今の」

成り行きをじっと黙って見ていた騎士だが、もう頃合いかと尋ねた。

「ほんとに、いた」

「……あの子ですか?ずいぶん親しげでしたけど、いつ知り合ったんです」

護衛騎士Aは身を屈めてサトルの顔を覗き込み、それからぎょっとして、慌てた。

「いたよ姫川……やっぱり、みんないるんだ……良かった、あああ」

その金瞳が光る目に涙を浮かべ、最後はため息のような声を出し、令嬢は泣いていた。












こういう感じで。(変わんねーな貴様)


(0)

BACK









QLOOKアクセス解析
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -