「愛」 高村視点 4(完結)
立科は薬の管理はちゃんとしていた。俺がこれまで飲んだふりをしていたが、ばれたわけではないが、目の前で飲まないと許してくれないときが大半で、俺は飲まざるをえず、正気とぼんやりとした世界の両方を行ったりきたりしていた。偶にぼんやりとした世界の俺が飲むのを嫌がって戻ってこれるくらいだ。
この状態でどうやって立科から逃げ出すことが出来るんだ?
今の状態で逃げ出してやっていけるのか?
俺は薬があるからこの状態なのか?それとももうこれが俺の「いつも」なのかもしれない。
成績表がかえってきている。酷い状態だな。一問も解けていない。
以前覚えていた日は、もう10日も前だ。その間、俺はどうしていたのだろう。
きっと立科がずっと面倒を見て、俺はあいつに抱かれていたのだろう。何1つ不自由のない生活なのかもしれない。
立科の顔は幸せそうだった。
どうしてお前は、俺なんかを好きになったんだ。どうやっても俺はお前の気持ちに答えてやれない。
俺は俺は……俺の人生にお前なんかいてはいけないんだ。
どんなに俺のことを好きだったとしても、俺は俺は……
俺が前の俺を維持するためだけに、どれだけ努力してきたか、何もかも初めから持って生まれた立科なんかには、きっと分からない。
何もかもを持って生まれ、手に入ることが当然だと思っている立科は、俺が手に入って当然だと思ってたのだろう。
手に入らないと、壊してでも手に入れようとする、その人間を人間とも思わない仕打ち。
俺という人間壊して、その腕に抱く気持ちを俺は分からない。
だけど、愛されていることだけは分かった。
壊れ物でも扱うかのように触れるその腕。
誰も抱きしめてはくれなかったけど、宝物でも抱えるかのように、腕に閉じ込める。
母に最後にされた時のように、髪を撫でる手。
その手を拒否できずに、現実との境をさ迷い続ける日々。
誰もそんな俺を現実に連れ戻してはくれない。
誰も立科に逆らえないからだ。逆らってまで俺を救い出そうとする手はない。かつて友達だったはずのやつらも、きっとおかしくなった俺を見ているだけだろう。
いやもう見ていないかもしれない。見ていられないだろう。
そんな俺を現実に連れ戻したのは、立科に恋する少年だった。
馬鹿・気持ち悪い・性欲処理。次々と俺の現状を現実を叩きつけられる言葉。
傍から見る俺はきっとそんなふうだろう。
分かっていた。ただずっとそう見てこなかっただけ。
俺だって次こそは、綺麗に生まれてきたかったんだ。
だからあの日、死のうと手首を切ったのに。
俺は衝動的に目の前の食器を割り、首に突き刺すことで、全てを終わらせようとした。
だがそれを止める、腕たちが俺を押さえつけて、また薬で現実から引き離していった。
立科は俺の手の傷をずっと気にしていた。痕が残らなければ良いって。
手首の傷も金に厭かせて治療させたからだろうか。もう傷も残っていなかった。
手の傷もやがて癒えていった。
そして俺に残っているのは、立科だけになった。
もう、俺の頭はきっと正常ではないんだろう。何もかもがどうにもよくなって、もう別段立科から逃れるすべも考える必要がないと思った。
俺が欲しかったのは成功だったのだろうか?ずっとそれを願っていた。
きっとそんなものは、簡単に手に入っただろう。
俺が成功すれば、あの母も戻ってくるかもしれない。そんな馬鹿げた幼い心から、ずっと頑張って生きてきた。
帰ってくるはずもないのに。戻ってきてくれたとて、殴ることしかしなかった母が俺に無償の愛を与えてくれるとでも?
俺がもっていなかったのは【愛】だけだった。
生まれてからずっと持っていなかったそれを、立科が与えてくれるなら。
もう足掻くのもにも疲れた。
この薬を飲んで、楽になれるのなら、もうそれで良い。
今日も、りつが優しく撫でてくれる。