「隊長は優しいよ……変態だけど」

もう好きだっていう気持ちはないし、エルウィンと仲良くしているくらいなのであの夫婦を見ていてなんら蟠るものを持ってもいない。嫉妬なんてしたこともない。

「ちょっと斜め上の思考を持っているけど、妻にも優しいし、ユーリみたいに無理強いしたり監禁したり、人の気持ちを考えないで好き勝手したりしない」

同じ兄弟で基本は似ているけど、その性格の方向性は正反対だ。

隊長は好きだから無理強いできないし、嫌われたくないと思ってエルの尻に敷かれている。
けどユーリは俺の事を愛しているんだろうけど、俺が愛さないから好かれたいけど好かれないので努力する気もない。

コイツは自分の気持ちが第一なんだ。

でも、わざわざ言わなくたってユーリ自身が充分知っていることだろう。

ユーリは公爵家の直系で尚且つ持っている独自魔法は隊長を凌ぐかもしれないほどだ。なんでもできるのに、俺の心だけはどうしようもなくて、自分でも出来る限りで過去や未来まで見て模索したんだろうが、何をやっても駄目だから、こんな性格になってしまったのかもしれない。

俺も分かっているんだ。どうしてユーリがこうするしかないのかは。

お互いが分かっていて、分かっていながらどうしようもできない。

俺は絶対にユーリを愛せないだろうし、それはユーリも誰よりも実感しているはずだ。

「ちょっと酷いな……泣いている夫に向って」

隊長はよくエルに泣かされているので泣き顔は見飽きるほどだが、ユーリの泣き顔を見るのは初めてだ。

「……お前も酷い夫だ」

「分かっている……分かっている。こんなことをしていても、余計に嫌われるだけだって。でもどうしたら良いんだ? 俺は絶対にクライスを諦めたり、話したり自由には出来ない。俺と一緒にいたってクライスが幸せになれないって分かっていたって……」

「……でも、俺は隊長とお前と同時にプロポーズされて、どっちかと絶対に結婚しないといけないと強制されたら……お前を選ぶんだろうな」

「……え?」

元々俺は隊長を好きだったが、結婚したいとか、愛されたいとか思ったことはない。
好きになってもらえないだろう、この人は俺をそういう対象が見ていない、とかそういう根本的なことではなく……俺は愛している人と結婚する自信がなかったんだ。

だから見ているだけで満足だったし、それ以上は何も望んではいなかった。ずっと独身を通すつもりだったんだ。ユーリに出会わなければ。それとも父に勧められるまま、妻を迎えたかもしれない。

「たぶん、俺はお前がやり直そうと思っていたのが理想だったんだと思う。隊長に会う前ならきっと俺はそれなりにお前に好意をもったんだと思うんだ……逆に愛してしまったら結婚しなかったんだと思う。なんでだろうな、俺は好きになった人と結婚したいと思わないなんだ」

見ているだけで幸せで満足なんだと思う。一緒にいたら、妻になったら幻滅されないかとか、愛されないかとか、色々心配しないといけない。

「で、それなりに好意を抱いたお前と結婚して、愛して人が夫の兄で何時も見ていられて……結構幸せに暮らせたんじゃないか?」

「……最悪だ。逆行魔法で過去に戻る気が、完全に無くなった」

「この現実よりは最悪じゃないんじゃないか?」

「そんなわけないだろう! 今のクライスは兄さんを愛していないけど、クライスのために時間を戻したら、クライスは兄さんを愛したまま俺の妻でいるんだぞ! 俺はずっと兄さんを愛したままのクライスを愛して抱き続けないといけないなんて……」

俺にとってはなかなか良いはずの、もう一つの未来も、ユーリにとっては最悪でしかない。だからこそ、絶対に過去を変えようとは思わないんだろうな。

「何で、何で、どうやってもクライスは兄さんしか愛さないんだ?…」

そんなことは俺が知りたい。ただ、ユーリが絶望しか感じないほど俺は隊長のことが好きだったとは思えないんだけどな。今は変態としか思っていないし。

「俺のことはどんなに頑張って過去を変えてもそれなりにしか好きになってもらえないし、今はこんなに嫌われて」

「嫌われている今のほうがいいんだろ? だったらそれなりに好きになってもらえるように努力しろよ。監禁とレイプでどうやって愛せって言うんだ……」

ずっとこの花嫁の塔に閉じ込められていたユーリの先祖に比べたら、今までは比較的自由があった俺はマシなんだろうが、いい加減子ども達にも会いたいし、外にも出たい。

それにしてもユーリは静かに泣くな。隊長みたいに号泣って感じじゃない。

「正直、俺はお前って言う人間が分かるけど、理解したくない性格だ。だって、それだけの能力があって過去や未来を視て、それで出した最善の夫婦生活がこれなんだからな。強姦して孕ますのが一番良い現実ってなんなんだって思うだろ? お前っていう人間が嫌になって離婚したいって言い出したって仕方がないと思うだろう?」

「思わない……俺だってクライスに好かれようと必死だった」

初めだけだろ。紳士だったのは。

「兄さんと比べられたって、俺の事を兄さんの代わりにしたって構わなかった……ただ、一生側にいてくれれば、クライス以外に何もいらないんだ」

一生側にいるだけと良いながら結構要求が激しいよな。
もう産みたくないと言うのにまだ生ませる気でいるし、人の精神操作して喜んでいるし。

「……子どもたちに会いたい。塔を出る」

「クライスっ!」

「俺が悪かったよ。離婚なんて言い出して」

怒らせるって分かっていたのに、そもそも離婚をしたいと言い出してって絶対にユーリが承諾するはずがないのも分かっていながら悪あがきをした俺が馬鹿だっただけだ。
良い結果なんか生まない、こうなることが分かっていてやった俺が愚かだった。

勿論悪いのはユーリだが、相手はこういう男だ。相手に反省を求めても無駄だということなのだ。

「お前は、あの公爵家の男だから……普通のことを要求しても駄目なんだよな」

「クライス……戻ってきてくれるのか?」

別に一緒にいなかったのは2日くらいのことだろう。エミリオ宅に一泊に、兄の所に夜中までのほんの1〜2日だけで、あとはずっと花嫁の塔にいたから、戻ってくるも何も無いんだが。

「もう、離婚したいなんて言わないんだね? 俺とずっと一緒にいてくれるんだ?」

そう、元々ユーリと結婚してしまったことに気がついたときに、アンジェを可愛いと思った時に一生添い遂げるしかないんだろうな、と覚悟をしていたんだ。あんなに子どもを量産してしまって、俺だけ逃げることもできないし、そもそも逃げることも物理的に無理だって分かっているし。

「正直、お前が嫌いだ。お前が俺を離してくれるんだったら喜んで子ども達を連れて出て行く。けど、駄目なら仕方がない……弱い俺が折れるしかないんだろう。何時もの様に……」

そうして愛していない男に抱かれ続けて、子どもを産んで、子どもたちのために夫を愛しているふりをする。
愛していない男と生涯を共にする。

こんな人生俺だけじゃない。ユーリの先祖の花嫁達も同じ人生だった。この花嫁の塔で自由すらなく、ただひたすら夫に抱かれ続け、祖国に帰ることも許されるに。

「クライス……クライスが俺の元に戻ってくる気なら……子ども達に会わせてあげるよ。愛しているよ……俺の愛しい奥様」

監禁しておきながら、愛を語る男を永遠に夫とする。

仕方がないよな。これが俺の運命なんだ。


*******

「クライス様!!! 良かった!! 解放されたんですね!!」

「エル……妊婦なのに走ってくるなよ」

公爵家の城の一室にエミリオと一緒に入ってきたエルウィンを見て、思わずため息をついた。ああ、日常に戻ってきたんだなと。

「もう一生会えないのかな、と思ってしまいました。ごめんなさい……俺なにも出来なくて」

「良いんだ。隊長に出てきてもらったほうが、収拾がつかなくなる可能性が高いからな」

エルの要請で止めに来た隊長とユーリが本気になったら、この国どころか大陸が吹っ飛びかねない。
夫婦喧嘩のとばっちりで死人が出たら寝覚めが悪い。

「それにしても……結局、元の木阿弥に戻ってしまったんだな。かなり本気で動いていたから、絶対にユーリの元に戻る気ないのかと思ったが」

「エミリオ……それを許してくれる男だと思うか? お前の又従兄弟は」

「まあ……無謀な事をしているな、とは思った」

「だよな……」

「けど、今までずっと流されるままユーリの妻と言う立場だったから……一度は本気で抵抗しないと、一生引きずったかもしれない。これで俺の人生良かったのかって」

あの時ユーリから逃げていれば……と折につけ思ったかもしれない。一度やってしまえば、無駄だと二度とやる気は起こらないからな。

「で、これでお前の人生良いのか?」

「……ユーリに、泣かれたんだ。俺が愛してくれないって……涙を零して」

「はあ?……で、涙にほだされたのか?」

「まさか……悲しいのは嘘じゃないだろうが、あの涙は演技だ。子ども達の嘘泣きとそっくりだった」

特に顔が似ているジュリスとそっくりだと後で思った。ジュリスもイタズラをして怒るときに、泣いてお母さま〜と縋ってくるときの表情と同じで、尚且つジュリスは庇護欲を誘うための嘘泣きだと分かっている。分かっていて子どもは可愛いから、つい怒っていないよと抱きしめてしまう。

ユーリは抱きしめてやらなかったが。

「嘘泣きに絆されたりはしなかったが……子どもたちに会えなくなって、このままユーリに離婚をしないと言わないと永遠に会えないんだろうな……俺が我慢されすれば、また会えるのに……思わばユーリも可哀想な男だよな。愛情を欲しがるジュリスと一緒だと思うと、俺はもうユーリを夫とは思わず、俺の産んだ子どもだと思うように……ちょっとは愛おしく思う……ことができるかも、しれない……と」

「全然マインドコントロールが上手くいっていないな」

「………」

「でも、離婚をしないと言っただけでよく解放してくれましたね。もうずっと花嫁の塔から出してもらえないんじゃないかと心配していましたから」

まあ、すぐには出してくれなかったな。いろいろ攻防があって……

「お互い、一つずつ交互に条件を出し合った。これからも夫婦でいるんだったらと……勝ち取った条件が、俺にとって今回のことの勝利というか……でも敗北したかもしれないというか……」

俺・二度と子どもたちを取り上げないこと
ユ・二度と離婚を言い出さないこと

俺・二度とレイプしないこと(本気で嫌だったらしない自由があること。ただし、定期的な性生活は除外という条件)
ユ・好きになる努力をして欲しい

俺・精神制御魔法は二度と使わないこと
ユ・死ぬときは一緒だよ★

俺・行動の自由があること(何時も見ているとかストーカーは止めろ)
ユ・来世も結婚してね

「なんかササヤカというか……人として当たり前の要求しかないですよね。クライス様は……」

人として当たり前の自由もなかったんだよ、俺は。

「ユーリの要求も一見それほど、酷いものはないしどっちかというと乙女チックっぽいけど……よく考えるとホラーだよな。来世まで束縛されているぞ」

「死んだ後のことまで知るか……」

「でも、それで今回素面なんですね。毎回惚気凄かったのに」

「まあ……」

普通は妊娠する度に洗脳されるなんてないのに、こんなことすら幸福を感いる俺って……。

「でも今回妊娠しているの俺だけだったので、また一緒に子育てできると思うと嬉しいです。サラの時はジュリスとギルバードの両方がいて楽しかったですから。エミリオ分隊長も4人目一緒にどうですか?」

そう、すぐに解放してもらえなかったのは、ずっと前に約束していた4人目を作ってからと強制されたのだ。まあ、花嫁の毒薬のせいで、一度は妊娠しないとリセットされないから仕方がないことだったが。

4人目か……ますます身動きできなくなっていくな。

「おかあちゃま〜」

「お母さま」

もう昼寝をしなくなったアンジェはルカと遊びに行っていて、下の二人が昼寝から起きて来て抱きついてくる。しばらく俺がいなかったせいで、起きている間は片時も離れようとしない甘えん坊たちだ。

それにしてもジュリスもユリアもユーリに良く似ているよな。

今度の子はユーリに似ていないといいけど、俺に似ても悲劇だよな。ろくな未来が無いように思える。

「お母さま、もうどこにも行かないでね」

行かないよ、と言おうと思ったら。

「大丈夫、お母様はもうずっとここにいるよ。ね、クライス」

「……ああ」

そう……俺はこの子たちの母親で、この子たちのためにユーリの妻として今生を過ごす。

というかストーカーしないはずじゃなかったのか? 偶然、帰ってきただけとでもいう訳か?

「愛しの奥様のために、俺も初めて産休を取ったんだ。隊長自ら産休とらないと、部下が取れないと言われてね。だから、産まれるまでずっと俺が面倒を見るよ。クライス」

「頼むから仕事に行ってくれ」

ユーリが仕事に行ってくれる間が息抜きだったのに。46時中張り付かれたら打とうしくて適わない。

来世で結婚するなんて約束……するんじゃなかったな。来世までこんな鬱陶しいのがいられたら……

「クライス様……大変ですね」

「………」

END



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