マリウスとクライスは年子の兄弟だが、仲は決して良くなかった。
兄は弟に劣等感を抱いて避けていたし、弟は弟で兄に避けられているのを感じてあまり近づこうとはしていなかった。
しかしお互い結婚したのを期に、少しづつ距離を縮めている最中だった。
「そういえば、この前温泉に行って来たんです。兄さんも呼びたかったんですが、王族と公爵家と辺境伯家の集まりと言う……とても暑苦しくてヘビーな集まりだったので止めたんですが」
「義両親も温泉にいったって言っていた……そういえば、旅行なんて全然行っていないよな」
勿論マリウスは王族〜辺境伯家まで集まり温泉旅行になんて行きたいはずもない。
ただ、小さな集まりでならその話を聞いていってみたいと思ったし、思い返せばロベルトとだって行っていない。
「新婚旅行も行ってなかったし……」
「俺もですよ。まあ、先に妊娠していたし、ユーリとなんか行きたくなかったし」
というわけで、兄弟揃って新婚旅行には行っていなかった。
「俺たち、家族旅行もしたことなかったですよね?」
「うん……」
クライスと両親なら領地の見回りという名目で旅行に出かけたことはあったが、マリウスは何時も留守番だった。
学校が忙しいだろうから、次期当主として勉強をしていなさいと、もっともらしい嘘で連れて行かなかったのだ。勿論そういう父親はマリウスを当主にする気が全くなかったが。
「兄さん、外国には行った事ありますか?」
「ううん、ない」
普通は余り無い。仕事で行くか(と言っても、外国からこの国に大使を派遣してくることはあっても、この国から外国に人をやることは無い)花嫁を誘拐するために外国を放浪するかくらいしか、この国の貴族が外国に行く事はない。
あとは純然たる旅行くらいだが、大陸の半分を占めるこの国ではわざわざ外国に行かなくても国内で充分と言う風潮があった。
わざわざ外国に行って、この国の常識が通用しない国で不愉快な思いをしなくてもということからだ。
一夫一妻制を頑なに守るこの国の住人からしてみれば、婚前交渉を平気でして(だがこの兄弟二人とも婚前交渉組)たくさんの妻を持ち、平気で浮気をする外国は野蛮な風習持ちの後進国と決め付けていた。
「一度は行って見たいですね。ずっと南には砂漠があったり、この季節でも海で泳げるそうですよ」
貴族は滅多に外国に行く許可はでない。破っている人多数だが、正式に外国に行く許可は、国の命令での仕事・花嫁を捜しに行く・新婚旅行の三点のみだ。
「でも……新婚旅行でしか許可は出ないんだよな?」
「大丈夫です。国王は俺の義理の兄ですから、許可なんか平気で出してもらえます。家族旅行したことなかったですよね……かなり遅くなりましたが、一緒に行きませんか?」
「二人っきりで?」
「はい。鬱陶しい夫がいないほうが伸び伸びできますから……たまには開放されたいんです」
クライスのことは決して嫌いじゃないし、歩み寄ってくれる弟に感謝はしていた。ただ、ずっと二人っきりはちょっと緊張するかもと怖気づいたが、あのクライスを束縛する陰険な夫から少しでもクライスを引き離せると思うと、断る事は出来ない!だって俺は兄なんだから。少しでもクライスからユーリを遠ざけてあげないとと言う、使命感で一杯になっていた。
「一緒に行こう。ロベルトならきっと許してくれるし……でも、ユーリ隊長が……何て言うか」
あの陰険なユーリが果たして妻を外国旅行を許してくれるのだろうかという懸念があった。
そして兄弟二人っきりの旅の予定だったが………
「駄目、マリウスとクライスが二人きりは。こんな美人兄弟二人で外国を旅なんてさせたら悪い虫が近寄ってくるに決まっている」
「二人旅? 新婚旅行も行っていないのに俺を置いて?」
とそれぞれの夫に反対をされ
「でもっ、クライスがいるから危険なんてないし」
「俺にもたまには休暇をくれ。お前の妻と言う物凄い職業からのな」
と、意見を言っても駄目出しをされ、結果兄弟水入らずの旅のはずが、ダブル新婚旅行になってしまったのである。
兄弟旅行に勝手に夫たちが着いて来るだけだが、マリウスは良いとして、クライスは旅立つ前からゲンナリとしていた。
海に行ったことがない兄弟たちは南国の海に行こうと話し合っていた。旅はマリウス以外は皆転移魔法が使えるので、マリウスはクライスはロベルトが抱えていけばすぐにつくのだが、転移ですぐに行っては情緒がないということで、ひとまず南の国境までは転移で行き、その後目的地までは馬車で行くことになった。
「クライスの水着は俺とお揃いにしたんだけど良い?」
「ええ、ありがとうございます」
「クライスの水着は夫である俺が用意したんだけど」
「……俺は、ユーリ隊長をクライスの夫って認めていませんから!」
「認めないも何も、国王陛下にも認められた正当な結婚なんだがな。子どもも三人もいてマリウスたちよりも結婚生活も長い」
「だからって! うちに避難しにきたクライスを誘拐するような人を弟の夫なんて認めるわけにはいきません!!!」
マリウスは今でもクライスを引き取りたくて仕方がないのだ。実家に戻りたくないし、夫はああで、と逃げてきた弟を匿いきることができず、こんな卑怯な男が弟の夫だと思うとクライスが可哀想で仕方がない。
「俺はクライスの夫だ。何をしても許される」
「無理矢理結婚したくせに!!! クライスは、愛している男と結婚すべきだ!!! 結婚すべきだったのに!!!!……愛してもいないユーリ隊長と一緒にいるクライスが可哀想だ。俺がもっと魔力が高くて当主になれていたら、絶対にクライスをお嫁に出さなかったのにっ……」
「まあまあ、兄さん……この男に何をいっても無駄ですから。せっかく楽しい旅行にしようって計画したでしょう? この男に関わっていたら楽しい旅が台無しになるので、存在を無視して下さい」
「分かった……そうだよな。ごめん……こんな人の気持ちを理解しようとしない人を相手にしても無駄だったよな」
「そうなんです。ロベルトさんみたいな優しい人と比べたらいけません。比べる価値も無い男なんですから」
と、散々にユーリをこき下ろしていた。
元々マリウスもロベルトもユーリの部下だったのだ。それなりにマリウスはユーリを尊敬していたし、真実を知るまでクライスとユーリは理想の夫婦だと思っていた。
「酷い言いようだな。マリウスとロベルトの縁を結んでやったのは俺だと言うのに」
「それだってクライスのためにしただけですよね? むしろクライスに恩を着せて、酷い事をしようと」
―――ロベルト、こいつにぶちまけてやろうか? お前の夫のほうが余程腹黒で、酷い男だって、な。
―――構いませんよ。俺が愛しているって言葉も信じてくれないのに、世界一愛している夫の言葉ですら信じられないのに、陰険大魔王と思い込んでいる貴方の言葉を信じるわけはありませんから。
むしろ余計嫌われるだけだ。勿論ユーリにとってマリウスに嫌われようがどうでも良いことだが、最愛のクライスの大事な大事な兄だ。兄からの悪口で余計にクライスがユーリのことを嫌いになったら……と思い、結局無言を貫き通したユーリであった。
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