私はしがない一隊員であり、尊敬していた(過去形)隊長と本来は私語を交わす間柄ではなかった。

「君は出産後、復帰したばかりだそうだが体調はどうかな?」

「はい、問題ありません」

こうして上司として問題ない行動を見ていると、この数ヶ月の隊長の発狂振りは嘘のようにしか思えない。
私たちが魔性のエルと呼んでいるエルウィンが産休のため、この部隊にいないせいだろうか。
あの生真面目で、理知的で、尊敬すべき隊長が帰ってきていた。この様子なら(家でだけ変態でいるなら)部隊は安泰なのかもしれない。
そう思ったのは私だけではないだろう。

隊長がエルウィンに出会ってしまってからの変貌振りと言ったら。
毎日プロポーズしていただけだったら、微笑ましかった。恋愛に全く興味のない隊長にやっと春がやってきたんだと、部隊員みんなで喜んでいたものだった。
しかし、エルウィンにプロポーズを断られると、求愛者から探求者(ストーカーとも言う)に変わって行き、まず朝起きるとエルウィンの同室者3名を呼び出し、エルウィンに不埒なことをしていないか確認する。
エルウィンのトイレはエルウィン専用となり(エルウィンは知らない)使用不可になっていた。勿論シャワールームも同様だ。
訓練の場ではエルウィンを舐めるように視姦し、エルウィンの同室者をさんざん扱き、エルウィンの風呂をのぞき、エルウィンが洗濯に出した下着を盗み、エルウィンの同室者が部屋に入る前に貞操帯をはかせ、鍵は隊長が持っていた。よほど同室者にエルウィンに手を出されるのが怖いらしく、隊長の思いを知っている同室者が手を出すわけないでしょ!と言いたい所だったが、同室者は耐え抜いたのです。

我々皆は、もう隊長の変態っぷりを見ていたくないために、隊長に脅されなくても、隊長とエルウィンがめでたく結ばれるのをずっと応援していました。

私は産休に入っていた時期もあったので、他の隊員ほど精神を消耗することはなかったが、それでも隊長の錯乱振りが終わったことを喜ばずにいられなかった。
エルウィンよ、産休に入ってくれてありがとう!とは部隊員998人の総意だった(あとの2人は隊長とエルウィンで1000人となる)

「それで、どうだ?子どもと父親は仲良くやっているか?」

私の夫は別の隊(隊長の弟様)の隊員であり、隊長も顔見知りである。

「そうですね……まだまだ父親の自覚がないようで、おっかなびっくりといった感じでしょうか?夫のほうも忙しいので中々子どもと触れ合える時間が少ないようで」

「そうか……やはり父と子の触れ合いは重要だな?」

「え?はい。そう思います」

隊長もマイホームパパに目覚めようとしているのだろうか。変態に目覚めるよりはよほど良いだろう。

私の夫はマイホームパパというほどではなかったが、妊娠中は私の体調を気遣い、大きくなる腹を撫で、子どもが生まれてくるのを楽しみに待ったものだった。

そういうと、隊長はその通りだというように頷き、経産夫の私にエルウィンをその経験から説得して欲しいと言い出した。

「説得ですか?」

何を説得すれば良いのかわからなかった。

「そうだ……エルウィンは私の妻になり、私の子どもを身篭っているというのにっ!私に指一本触れるなと言うのだ!新婚早々、ひどすぎるとは思わないか?!胎教にも良くないと、出産経験のある身から、どれほど父親の存在が重要か、妊娠中の父親と子どもとの触れあいが大事か!説得して欲しいんだ」


私は産休に入っていて被害は少なかった。そのはずだった……しかしとんでもない指令を隊長に与えられてしまい、隊長とともにエルウィンがいる公爵家の城にやってきていた。

後輩であるエルウィンは普通だった。安定期に入っているようで、つわりも終り元気そうだった。

「先輩、遊びに来てくれてありがとうございます。俺も先輩くらい働いてから産休に入りたかったなあ。退屈で退屈で仕方がないんです」

私は出産前まで結構働いていたからな。とはいえ、勿論訓練はしておらず、裏方を細々とやっていただけだが。だが、私とエルウィンでは立場が全く違う。
エルウィンは隊長の妻であり、将来の公爵夫人であり、王妃になるかもしれないのだ。お腹の子は王子になる可能性がとてつもなく高い身だ。大事にしても大事にしすぎることはないだろう。当然、妊娠が発覚した途端産休に入るのは当たり前のことだ。

「いや……私も産休から復帰したばかりで、エルウィンの結婚式にも出れなかったので気になっていたんだよ。子どもの調子はどうだい?」

「元気に育っているみたいですよ……まあ、当たり前ですけどね。製造元が製造元ですから、ずぶとく育っていくでしょう」

確かに隊長の子供なら、病弱などとは考えにくいし、変態の父親なので男の子だったら同じように……いや、そんなことは考えてはいけない。隊長だってエルウィンに会うまで、真面目な男だったのだ。

「私も自分のお腹の中で子どもが育っていくので、親としての自覚は持てた。しかし、父親ともなると中々そうはいかないようなんだよ。生まれる前から、父親としての自覚をもたせるためにも、また胎教のためにも、夫婦仲良くなければいけないよ」

エルウィンが部隊に入った頃もうすでに妊娠していた私は、エルウィンに騎士としての心構えや規律を教えた。だから、教え諭すような言い方になってしまうが、これで隊長は満足するだろうか?
なんせ結婚の経緯が経緯だ。
隊長も指一本触れさせてもらえないのを見ると、夫婦仲は円満とは言いがたいのだろう。

「ですが……」

「お腹の子のためにも、少し我慢しなさい。父親の子どもの触れ合いは、生まれる前でも重要なことですよ」

私が言っていることは間違いないはずだ。そう、いい事を言っているつもりだ。エルウィンもしぶしぶ頷いていた。

「分かってくれたか!エルウィン!こうして出産経験のある男がこう言ってくれているんだ!子どもと父親の愛情を深める行為を今すぐしよう!やはり一番近くで触れ合うといえば、まぐわうっ ぐはっ!」

……隊長。せっかくエルウィンが折れてくれたのに、今まぐわうとか言おうとしたでしょう。

「何を考えているんですか!俺は妊娠中ですよ!?貴方に騙されて孕まされた子どもがいると言うのに、何エロいことを考えているんですか!?」

「だ、だが、もう安定期だろう?愛を深める行為をしても問題がないと医者は言った!外から腹を撫でるよりも、じかに子どもと触れ合うためには交わるのが一番っ」

「どこの子どもが父親と触れ合うのに、一物と会えて嬉しいって言うんですか!!??」

確かにその通りだろう。隊長……子どもと触れ合いたいとか、ただの名目で、ようはエルウィンとエッチがしたかっただけなんでしょう。

「だってだって、まだ2回しかエルウィンと抱き合えていないんだぞ!全然コミュニケーションが足りてない!もっと愛し合いたいし」

「愛はないから仕方がないでしょう」

「子どもが生まれるまで我慢なんてっ!」

「いえ、違います。隊長は一生我慢するんです。もう子どもができたので、義務は果たしました。一生隊長としなくても済むはずです」

エル……凄い、というか苛烈すぎる。隊長泣いているじゃないか。モラハラか?尻に引いているだけか?

「そ、そんな」

「恨むんだったら2回目の時に、受精促進剤なんか混ぜた自分を恨むんですね。あそこで妊娠しなければ、もっとできたのかもしれないのに」

勿論、私は隊長の部下だが、同じ妻という立場でエルに同情的だ。しかし、どうしてだが隊長の味方をしてしまう自分がいた。
こんなに隊長に愛されているんだから、受け入れてあげても良いんじゃないだろうかと。
実際エルウィンがこの部隊を志望したのは、隊長に憧れてのはずじゃなかっただろうか。初日に憧れを粉砕されてしまっていったようだが、憧れの人が夫になったのだから、もう少し優しくしてあげてもいいのではないか。
エルウィンが優しくしてあげれば、隊長も変態じゃなくなるような気がするんだが。

「エルウィン……気持ちも分かるが、胎教に悪い」

「いいえ、こんなのを夫に持った俺の気持ちが先輩に分かるわけありません」

うん、まあ、確かに嫌だろう。自分だったら。
隊長も以前の生真面目さで、紳士的にしていたら、もう少しエルウィンも違ったと思うんだが。しかしこの変態的な行動力がなければ異性愛者のエルウィンとは結婚できなかっただろうと思うと、私は何も言うことができない。

「では、一生、こんな隊長と暮して生きたいのか?……毎日毎日、エルとエッチしたいと物欲しそうな目でみて、騒ぎを起こし、他人を巻き込む恥を晒すことになるぞ?」

今回の場合巻き込まれたのは私で、恥をかいているのはエルウィンだ。

「隊長はいずれ国王になる身だ。国中を巻き込んで、エルとエッチをしようと企むかもしれないぞ?そんな生き恥を晒すことになっても良いのか?もしかしたら他国すら巻き込んで戦争になるかもしれない」

どんな状況になったら、エルウィンとセックスするために戦争まで起こるのかは不明だが、やりかねない。

案の定、エルウィンもそんな状況が目に浮かんだんだろう。悲しそうに泣いている隊長を見ながら、頭を抱え込んでいた。

「………仕方がありません。出産後のことは出産した後に考えることにします。ですが、隊長。安定期だからと言って、妊娠中は絶対に嫌です。我慢して下さい」

「ずっと我慢してきたんだ!結婚するまで6ヶ月我慢して、さらに10ヶ月も我慢しないといけないのか!?」

「そうです(もっと我慢して貰う可能性のほうが高いですが、それは今言うともっと揉めるので、あえて言わないことにします)」

「生き地獄だ!」

やばいな。もう帰りたいです。うん、私はもう役目を果たしたはずなので、帰ってもいいですよね?
勿論許可を得ないまま、私は帰宅しました。その後のエルと隊長がどうなったかなんて私は知りません。

息子の顔を見ながら、この国、あと10年後存在しているのだろうかと、少し心配になりました。


★★オマケ★★

「もう、そんなに泣かないでくださいよ!……仕方が無いですね。ここに座ってください」

俺は隊長をソファに座らせると、その膝に腰を下ろした。隊長は俺から隊長に触れたことで機嫌を良くしたのかやっと泣き止んでくれた。

「エ、エルウィンっ!」

「エッチはしませんよ。ほら」

俺は隊長の手を取って、お腹にまわした。

「父子の触れ合いをしたかったんでしょう?まだ動きませんが、お父さんが撫でてくれれば、きっと喜びますよ」

望まない妊娠だったが、別に子どもが憎いわけではなく、むしろこんな父親に似ないで生まれてきて欲しいと言う思いで一杯だった。隊長に似ないで欲しいが、だからと言って父親に可愛がってもらいたくないかというわけでもないので、これくらいは妥協しないといけないかな?と思った。

「わが子よっ元気で生まれて来るんだぞ? 生の触れ合いは許可が下りなかったが、腹の上から愛を送るからな」

「ちょ、ちょっと腹だけですよ!触って良いのは!ど、どこ触っているんですか!」

END


あとがき
隊長があまりの人気で書いてみた番外編です。楽しんでもらえれば嬉しいですw
何でこんなに人気があるのか分かりません。変態だからでしょうか?
何か感想があれば喜びます♪



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