「こんな所に領民がいるとは知らなかった」

私には彼がエミールなのかは分からなかった。声を聞いても、エミールなのかも認識できない。最後にエミールに会った時、彼は14歳になっていた。もう声変わりはしていたが、その時聞いていた声よりも低くなっている。

「この家を使えなかったら、俺たちずっと野宿だぞ。お前の領民なんだから、なんとかなるだろ?」

「そうだな……我々はこの魔力無効地帯の調査と、一帯の警備のために短くても10日以上、長ければ数ヶ月この一帯にいなければならない。強制ではないが、わが国民として領民として協力を要請する」

エミールが目の前に歩いてきた。

背はあの頃よりもずっと高くなっている。別れた時は私よりも低かったのに、もう見上げるほどだ。
金髪だった髪の色はあの頃よりも濃くなっていて、茶色に変わっていた。目の色は変わらない。

そう、もう22歳になるんだと、あれからもう8年の月日が経っていたのに気がついた。エミリオが7歳で、エミリオの成長した同じ歳月だけエミールも成長しているのだ。
最後に会ったままの14歳のエミールしか、これまで思い出したことは無かった。大人になっていて当たり前だと言うのに、エミールを目にして私は酷く動転していた。

父親である侯爵に良く似てきている。

顔を隠さないといけないと思った。兄や侯爵からもエミールとはもう一生会わないでくれと言われている。そして私もそのつもりだった。

だけど顔を遮る物は無かった。

エミールの視線が私に突き刺さるように感じられた。

「申し訳ありませんっ……けれど、私はご協力できません」

強制ではないと言ったので断わる権利もあるはず、それだけ言ってドアを閉めた。

心臓がドキドキ言っていた。エミール……大きくなった。当たり前の感想しか思いつかなかった。
私を忘れてから、幸せに過ごしていてくれただろうか。

彼は余り少年らしくない少年時代をすごした。12歳で叔父を囲っているような少年などいないはずだ。無邪気な少年時代を失ってしまったが、私を忘れてからは少年らしく過ごせただろうか。だが一瞬だけ目が合った彼はどこか荒んだ表情をしているように見えた。

「待ってくれ!……強制はしないと言ったが、撤回する。これは強制だ。わが領民としてこの家を明け渡すように……勿論、貴方がこの家に住むのに差しさわりが無いようにするし、報奨金も出す!……だから、拒否は許さない」

ドアには鍵はかかっていない。普段は結界で事足りるので、鍵というものが無かった。だから閉めたドアを簡単に開けられてしまった。

「そんな……」

「皆、入れ」

騎士たちは大抵貴族であり、中には一般市民などが目に出来ないような大貴族も所属している。しかもここではエミールは領主の息子だ。
私がただの一般市民なら、拒絶など到底出来なかっただろう。

しかし私は王族だ。国王陛下の従兄弟であり、この中の誰よりも身分だけは高いだろう。身分を明かせば、明け渡す必要など無くなる。
しかし同時に私がエミールの叔父だということもばれてしまうだろう。そうしたら何故甥のエミールが叔父の存在を知らないかと、疑問に思うはずだ。
私の正体を知られてはいけない。今なら彼らはただの領民だと思っている。

私が姿を消せば、二度と会う事はないだろう。

「何をしている?」

「どうぞこの家は使ってください……私は領都にいる親戚の家に行きます」

どこまで無効地帯が広がっているか分からないが、領都まで行けば魔法を使えるようになると思うし、そうではなくてもお金さえあればなんとなる。エミールと同じ家でなど暮らせるわけは無い。

「馬鹿なことを考えるなっ! 領都まで100キロ以上あるんだぞ。徒歩で何日かかると思っている? その間に魔獣や猛獣がどれほどいたと思っているんだ」

「少しくらいなら武術の心得もあります」

「我々だって魔法が使えないこの状況では苦戦することもあったんだぞ。騎士として国民をそんな目に合わせる訳には行かない。出立は許可できない。良いからこの家にいろ! 見張っているからな」

どう考えても10人の騎士がいる状況で、この家から抜け出す方法が見つからない。

「だったら私は二階を使います……どうしてもこの家を使うというのなら一階だけにして、二階までは来ないで下さい」

私に出来たのは出来るだけエミールに会わないようにする事だけだった。ずっと二階に閉じこもっていれば、エミールと顔を合わせないで済むだろう。彼らも仕事があるはずだ。ずっとこの家にいるわけではないのだから。

兄に連絡をして何とかしてもらいたくても、心話もできない。魔道具のたぐいもないし、あったとしても結局使えなかっただろう。

部屋を見渡す。エミールに見られて困るような物はこの家になかっただろうか?

エミリオの写真や映像をしまい、それ以上は何もなかったはずだと安堵する。

エミールたちは交代で調査と警備に行っており、この家には交代で休んでいる人がいるだけで実際会わないようにするのは簡単だった。それでも弾みで何度かエミール会ってしまう。彼は毎回何か言いた気に私を見ているような気がした。


そして仕事が忙しいのか、最短といった10日が経っても彼らは出て行かなかった。



「名前は?」

「え?」

振り返ると誰もいないと思っていたのに、エミールが立っていた。私は思わず水を入れたカップを落としそうなほど驚いた。

「……休憩の時間だ。これまで調査で時間が取れなかったが、段々と解決に見込みが立ってきた。世話になっているのに、貴方の名前も知らない」

「……セシルです」

名前も隠したほうがいいかもしれない。そうは思ったが、セシルという名前は特別珍しいものではない。隠すほどのこともないと思った。

「セシルか……良い名前だ。俺はエミールと言う」

知っている。たぶん、何千、何万回と呼んだだろう。


「セシル、何故こんな辺鄙な森で一人で暮らしている? こんな何もない森で、たった一人で生活するのも大変だろうに」

セシルと名前を呼ばれたことに驚いた。エミールは私のことをずっとおじ様と呼んでいた。セシルと呼ばれたことなどなかったのに。

それにエミールは僕と自分のことを言っていたのに、彼は俺と言った。これが8年の年月なのだろう。私が知らないエミールになって当然なのに、外見だけではなく中身も変わっていったのだと知るにつけ、わずかなショックを感じる。

「……一人が好きなんです。時折兄が訪ねてくれて、必要な物は届けてくれますし、不自由はしません」

魔法が使えるので、とは言えない。転移ができるので、欲しい物はすぐに手に入るとも。転移ができるのは、それなりに高位魔力を持っていないと出来ない。そして普通なこんな辺鄙な森でたった一人でそんな貴族は生活しない。

「では、結婚はしていないんだな?」

「はい」

早く二階に行きたい。エミールとこれ以上会話はしたくない。でもエミールは開放を中々してくれない。

「調査はあと数日で終わると思う……あとは警備だけだが……俺は調査が終わったら、領都に戻って報告をしなければいけない」

ああ、やっとエミールはいなくなってくれるのだ。

「それに、俺はセシル、貴方を連れて行きたい」

「……え?」

「突然こんな事を言い出して頭がおかしいと思われるかもしれない。けれど、俺は一目見た時から、セシルのことが忘れられなかった。調査中もずっと、セシルのことばかり考えていた……」

「何をっ」

「もう、あと少しでこの地を離れなければいけないと思った時、セシルと離れたくないと思ったんだ……セシル、貴方を一緒に連れて行きたい」

エミール、君は私のことを思い出してはいないはずだ。思い出していたら、君は私のことをセシルなどと呼ばない。
あどけない声でおじ様と言うはずだろう。

「行けるはずがっ」

「どうしてだ?!」

「ついさっきまで、まともに話した事もなかった人に、着いてなど行けるはずがありません」

「セシルがずっと俺に会わない様にしていたのは分かっている! セシルも俺の気持ちがきっと分かっていたはずだ! 俺はずっと貴方を見ていた」

ああ、兄達もこうなりかねないから、エミールに会うなと言われていたのに。

エミールが私を見る目は、昔の少年だったエミールと何も変わっていない。そして私がエミールに与える返事もあの頃と変えられない。

「俺はずっと何かを失っていた気がしていた! 何か大切な物を無くしてしまってずっと探していた……何かは分からないまま。でも、セシルを見たとたん、俺はそれだけで満たされた気がした……もう、離したくないんだっ。お願いだから、俺と一緒に来てくれ……そして結婚して欲しい」

エミール、私は君の叔父なんだよ。

君は愚かにも、またあの頃と同じことを繰り返そうとしている。また私を苦しめようとしているんだよ。

私は、エミール君を不幸にすることが、君を拒絶して君を悲しませる事が何よりも辛いのに……





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