「エ、エミール……?」

甥の言っている事が理解できなかった。

「あんなに乱暴にするつもりはなかったんですっ!……ただ、ずっと恋焦がれていたおじ様を目の前にしたら」

「待て……」

今まで私はどうしてエミールがあんなことをしたのか、考えなかった。理由を知りたくもなかったし、ただエミールの犯行を庇うだけで精一杯で、あの日、どうしてあんなことが起こってしまったのか、原因を究明しようとはしなかった。
しかしエミールがこんなことを考えているのでは、今後のためにもあの事件を蒸し返さずにはいられない。

「エミール……叔父さんは、お前を責めるつもりはないんだ。ただ、いけないことをしたと分かって欲しい。どうして、あんなことを叔父さんにしたんだ?」

「僕は……いけないことをしたとは思っていない」

「エミール!」

「だって、おじ様が悪いんだ!!!……僕がこんなにおじ様のことを好きなのに! 愛しているのに、結婚なんかしようとするから!」

落ち着いて考えてみると、あんなことを甥がしでかした原因は、悪意か好意かのどちらかしかありえない。
そして今までのエミールと私の関係を考えれば、甥が私に悪意を持っているとは考えにくい。

「分かった……叔父さんのことを好きでいてくれるのは嬉しいよ。でも、好きだったとしたら、どうして……あんな場所で叔父さんのことを傷つけたんだ?」

どうしてあの時あの場所で……しかもエミールが騒いだせいで、皆に知られてしまっている。私が気を失って、怪我をさせたことで動転していたとしても、おかしいと思うことがいくつもあった。

「……だって、ああでもしないとおじ様は結婚してしまう!……皆に、おじ様が純潔じゃないことが分かったら、もうおじ様は一生誰とも結婚しないで僕が大きくなるのを待っていてくれる!」

「わざとやったのか?」

「怒らないでおじ様!……おじ様が好きだから、誰にも渡したくなかったから! だって、酷いよ!……僕がまだ成人じゃないからって、皆と同じ土俵に立てないなんて! 黙っていたらおじ様は結婚しちゃう! それを黙って見ていられないよ!」

私はこのときどうやってエミールは諭すべきだっただろうか。
後から考えても、どうやっても結果は同じだったかもしれないけれど、もっと上手いやり方があったのかもしれないと後悔した。

「エミール、叔父さんは……エミールの実の叔父なんだぞ? そういう思いを抱いて良いわけはないし、エミールは皆と同じ土俵には立てない。結婚できない相手なんだ。そんな妄想は今後忘れなさい。そして、二度と同じような行動をしてはいけない」

「嫌だ! 僕は絶対におじ様を諦めない!」

「子どもの妄想だ。大きくなったら忘れるよ……他の人をきっと好きになる。エミールと同世代で誰からも祝福されるような」

「そんな人できるわけないよ!……僕には叔父さんだけ。ね、待っていて。僕、あと6年したら成人になるから。そしたら結婚しよう」

エミールは馬鹿ではない。叔父と甥が結婚できない事は当然知っているはずだ。
だが、エミールは少しも私と結婚できる事を疑っていない。

「おじ様があんなことになってしまったのは周知の事実になったんだよ。酷いよね?……おじ様はきっともう結婚はしないって、静かに暮らしていくんだよね。で、そんな中、僕はずっとおじ様と一緒にいるんだ。失意の中、ずっとおじ様を支えて、お互い段々と愛を育んで……それで陛下にお願いするんだ。過去に色々あったけれど、何もかも乗り越えて愛し合ったのだと、結婚の許可を願い出れば、可哀想な従兄弟のおじ様にきっと陛下は、特別に結婚の許可を出してくれるはずだよ」

エミールは……確かに分かっていないわけじゃなかった。逆に全てを分かっていて、あんな事件を起こしたんだ。
いくら、エミールが18歳になって単独で私と結婚したいと言い張っても誰も許可を出さないだろう。
兄たちも馬鹿な事を言うなと取り合わなかったはずだ。

しかしあんな事件が起こって、結婚できない身になった事を陛下が知らないはずないだろう。
きっと哀れんでいらっしゃるはずだ。

そして一人で生きていって、許されない間柄だが甥と静かに愛を育んでいたと知ったら……兄夫婦も、あんな事件を自分の城で起こしてしまい、きっと罪悪感を抱いている。だから反対するどころか、逆に祝福するかもしれない。

あの事件を逆手にとって、エミールは自分の思い通りに全てを動かそうとしているのだ。

「それにね、僕ももう純潔じゃない。おじ様が他の誰とももう結婚できないのと同じように、僕だっておじ様以外とは結婚は許されないんだよ?」

理屈で言えばそうだ。だが、それを誰も知らない。私以外は。だからエミールに関しては問題はない。
問題があるとすれば、それはただエミールの心だけだ。

「それで、私がエミールと結婚するとでも思っているのか?」

上手くいけば、エミールの望みどおりに事は進むかもしれない。だが、私がエミールに賛同しなければ、絶対に無理な事なのだ。

「お前の馬鹿げた計画を知って、協力をするとでも思ったのか?」

「……おじ様は、僕のしたことお母様にもお父様にも言っていない」

「ああ……」

「だからこれからも言わない、ううん、言えないはずだ。おじ様が協力してくれないんだったら、僕は皆におじ様を汚したのは僕だって言って回るよ」

「っ……馬鹿な事をっ! 何を考えているんだ!」

そんなことがばれてしまったら、エミールの人生は……それを考えて私は誰にも言えなかったのに、自分から暴露して回ると脅すなんて。

「どのみち、僕、おじ様に愛されなかったら……おじ様と結婚できないんだったら、僕の人生なんて死んだも同然だから。おじ様が僕と結婚してくれないんだったら、僕は自滅したほうがマシです」

とても12歳の少年が言う事とは思えなかった。
つい数日前まで、可愛い甥っ子だったはずなのに。
今だってそうだ。
私よりもまだ20cmは低い身長。細い手足。この身体を抱っこして本を読んだこともあった。そんなに昔でもないはずなのに。
まだ12歳は充分子どものはずだ。
それなのに、どうして。

「おじ様はそんなこと僕にさせられないよね? だって僕の事を愛しているから」

そう、私はエミールのことを愛している。甥として、自分が何を失っても庇ってやるのをエミールは自覚をしている。それが恋情じゃない事も。

「僕と結婚してくれますよね?」

ここで結婚しないと言えば、再び暴走して兄に全てを暴露するかもしれない。
NOと言ってはいけない。

「考えさせてくれ……」

「おじ様っ」

「良いだろう!?……私はついさっき目を覚まして、頭が痛いんだ。こんな状況に感情がついていけない……エミールが叔父さんのことをそんなふうに考えていたなんて、思いもよらなかったんだ。叔父さんに少しでいいんだ、時間をくれないか?」

時間を稼ぐしかない。
エミールも私の婚約を破棄させたことで少しは目的も果たしたはずだ。
今は気持ちも高ぶっているが、もう少しすれば気分も落ち着いて冷静に考えてくれるかもしれない。

「分かりました。でも、返事は結婚してくれる、っていう以外は駄目ですからね」

「エミール……」

「おじ様に、時間を差し上げる代わりに、僕にご褒美を下さい」

「え?」

聞き返す前にエミールにキスをされた。
キスなんてエミールが赤ちゃんの頃から何度もしていた。

けれど……もうエミールは可愛い甥ではなくなっていた。ただの一人の男になっていて……そんなエミールに、私が出来た事は、ただエミールの前から姿を消す事だけだった。



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