「おじ様?」

エミールが心配そうな声で私の手を握ってきた。兄がそうしてくれたように。しかしそれを反射的に払いのけてしまった。

「セシル?」

「兄上……私は、一体何をされたんですか? バラ園で」

余り詳しい記憶は持っていない。たぶん、精神的に思い出すのを拒絶しているのかもしれない。ただ、何となく理解は出来ていた。
断続的にエミールの言葉を思い出すのだ。

「思い出さなくて良いと言っただろう」

「知らないほうが、余程私にとって負担です!……何があったか分からないまま生きてはいけません!……それに、大体のことは……分かっています」

何があったか正確なことを知らないままでは、これから先のことをフォローできない。
兄は言いたくなさそうな顔で言いあぐねていたが、私が何度も懇願すると、エミールを外に出させて、ポツリポツリと話し出した。

「バラ園で……エミールが見つけたんだ。お前が倒れているって……お前は性的暴行を受けていた」

「そうですか……」

「身体の怪我は魔法で治した。ただ、ずっと熱が出て意識が戻らない状態が続いた。これは精神的なことが原因だから、医者も治療できないといわれ……」

「ずっと眠っていたから関節が痛いんですね……」

「本当は誰にも知られないまま、処理をしたかった。婚約者にも知られないまま、終わらせられたら良かったんだが、エミールが騒いだせいで……パーティーに出席する客にも知られてしまって、結局婚約は……」

兄はすまなさそうな顔でそういうが、知られないままで処置を終えたからといってこんな体で嫁ぐわけにも行かなかっただろう。

「勿論口止めはした。これ以上広がる事はない!」

「良いんです……純潔じゃなくなった私に、もう結婚は望めないでしょう」

「犯人は覚えているか? お前が知らないままだったら極秘に捜査をさせようと思っていたが、お前が少しでも覚えているんだったら」

「いいえ……覚えていません」

嘘は言っていない。あんな可愛いエミールが、本当にあんな事をしたのか、自分でも自信がなかった。全部夢だったのかもしれないとしか思えないのだ。
勿論状況が、これが嘘でも夢でも何でもない、全て現実だったと物語っていたが、どうしても信じたくなかった。
全く知らない男に暴行されたほうが、ずっとマシだった。
たった12歳の幼い少年が起こした犯罪とは、どうやっても現実のものだとは思えなかった。

「ある程度は犯人を絞る事は簡単だ。お前よりも魔力が高い者を、しらみつぶしに調べていく。セシルの体に残っている魔力痕跡を解析して、それと比較すれば犯人はすぐ分かるはずだから」

私は王族で、それなりに魔力は高い。この国で私よりも魔力の高い者をピックアップするのはそう難しいことではないだろう。この国の国民、何百万・何千万から探し出すわけではないのだ。

「お前をこんな目に合わせた奴を必ず、償いをさせてやるから安心して」

「いいえ……調査なんてやめてください」

「何をいうんだ! 泣き寝入りでもしろと言うのか!」

「これ以上、さらし者になりたくないんです!」

エミールはまだ12歳だ。おそらく、対象者の中からは除外される可能性は高い。身内であり、幼い少年なのだ。
だが詳しい調査をされたら、私の中に残る魔力痕跡が近親者の者と分かってしまうかもしれない。そうしたらエミールまで行き着いてしまう可能性もある。

エミールが犯人だと知られるわけにはいかない。そんなことがばれてしまってはエミールの将来が滅茶苦茶になってしまう。
なぜ加害者を庇うのだろうと思われるかもしれないが、今でもエミールは私にとって可愛い甥っ子だ。あんなことをした原因は良く分からない。けれどたった一度の、しかもこんな若いときの過ちを生涯背負わせるわけにはいかない。

強姦は死刑だ。それほど重い罪とされている。ただし、それは成人した男性に科せられる罰であって、未成年ではもう少し処罰は違う。だが死刑にならないからといって、エミールを差し出すわけにはいかない。

「公に調査なんかされたら、いいや、秘密裏にでも! 汚された身だと、知れ渡ってしまいます!……これ以上、誰にも知られたくないんです!……もう、忘れたい」

「そんなわけにはいかないだろう!」

「私より魔力が高い者の犯行ですよ!? 大貴族と事を構えるのですか?」

「お前だって王族だし、うちだって力になる!」

兄の嫁いだ家は公爵家とも縁の深い家柄だ。確かにこれ以上ない力になるだろう。

「お願いです……もう終わりにして下さい……もう、忘れさせてください……私は犯人が誰かも知りたくないし、私が原因で犯人が処刑されるのも見たくありません……これ以上私を罪深い人間にさせないで下さいっ」

「……セシル」

「お願いです! これ以上…耐えられないんです!……捜査を継続するというのなら、私は死にます」

兄としては承知しづらい事は良く分かっている。自分の城で弟がこんな目にあって、到底許せるわけはないだろう。きっと責任を感じていると思う。
それにその犯人が実の息子だと知ったら、兄は正気でいられないと思う。
だから、兄には申し訳ないがどうしてもこのまま終わって欲しかった。

「分かった……」

「エミールをもう一度呼んでくれますか? あの子が私を見つけたことでショックを受けていないか、心配なんです」

エミールに言い聞かせないといけない。誰にも今回のことを言ってはいけないと。
若い頃は精神の制御が取れないことも多い。
特に魔力の強い者は、何でも出来るせいで、善悪の区別がつきにくい子もいる。エミールも魔力が強い。そのせいで、精神的に不安定であんなことをしでかしたのかもしれない。

「おじ様……ごめんなさい」

二人きりになったら、開口一番にそう謝罪をしてきた。きっとこの数日エミールも自分がどうしてこんな事をしてしまったのか、悔やんでいたのかもしれない。

「僕……あんなに怪我をさせるつもりはなかったんです。ただっ」

「良いんだ……誰にも言っていないね?」

うん、とエミールは頷いた。

「だったら、今後も絶対に誰にも言ってはいけないよ。エミール、お前の未来がかかっているんだ。叔父さんは大丈夫だから」

ごめんなさい、ごめんなさいと縋ってくる甥に、私は責める言葉を思いつかなかった。

「悪いと思っているんだったら良いんだ。ただね、他の人には絶対にしてはいけないよ……エミールほどの大貴族の家でも庇いきれない。それにとても」

とても相手を傷つける行為と言ったら、責めているように感じるだろうか。責めたいわけじゃないんだ。ただ、二度としてはいけないという事を分かってほしい。

「ごめんなさい……でもね、おじ様以外には絶対にしません。これからもずっとおじ様だけだから」

「え?……」

エミールは一体何を言っているんだろう。

「今度からはあんなに怪我をさせないようにします。ごめんなさい、おじ様っ!」




反省がちょっと違う甥っ子・・・



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