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そんな日々が1年近く続いた。ライルは16歳になっていて、いまだ少年らしさは残していたものの、立派な皇帝として君臨しているようだ。
後宮から出ていないので詳しくは分からない。
女官たちも噂すら中々口にしてくれないので、知るすべはなかった。ライルも話さないし、このまま一生後宮で、何も知らないまま一生を終わるかもしれないかと思うと、それはそれで憂鬱になったが、ユインには今、何かする術があるわけではない。
女官や医者くらいしか接する人もなく、ユインの身分上親しくもなりようがない。
結局、ユインにはライルしかいなかった。
毎週の検診が終わり、そのまま医者が出て行くはずなのに、まだいるのに不思議に思いながらも、早く出て行ってくれないかと思っていた。この身体を見られるのは、医者とはいえ、やはり嫌なのだ。
「殿下、気持ちが悪いとか、だるいとかそういった症状はありますか?」
毎回聞かれることなので、少し……と答えると『ご懐妊のようです』と思ってもいなかった言葉をかけられた。
「懐妊って……」
それ以上は絶句して、言葉が出なかった。
「前回診察の際にも兆候はあったのですが、今回でまず間違いなくご懐妊されていることがはっきりいたしました」
「前回って……何で教えてくれなかったんだ」
「陛下がまだはっきりしないのに、殿下に知らせることはできないと」
「……じゃあ、ライルは知っているのか?」
その可能性があった事を。そう知ると、最近は夜の求めがなかったことに納得がいった。ここ数日、ライルはユインの元を訪れても、ただ抱きしめて眠るだけで、それ以上何もしてこなかった。
ユインはただライルが疲れているのかと思って、何の疑問もわかなかった。
「可能性があることはご存知です。本日の検診ではっきりした旨をお伝えしなくては。殿下も陛下の御子を宿している大切なお体です。決して無理をなさらないように下さい」
「待ってくれ!……ライルには妊娠していなかったって、言ってくれないか?」
無理だと分かっていて、そう頼む。この医者の立場で皇帝に虚偽の報告をすれば、死罪は免れない。
皇家に仕える医者とは、命に直接かかわる分だけ、偽りは許されない。
「殿下。私に死ねとおっしゃるのですか?」
「悪かった……こんなこと頼んではいけないことだった。忘れてくれ」
「どうして陛下に嘘などを?このような喜ばしいことを」
喜ばしい?通常なら、妊娠すればそれは目出度いことだろう。
「何が喜ばしいことだ……俺の腹にいるのはただの私生児だ」
ユインと同じ。ユインはたまたま、歴史のいたずらで、ただの私生児から皇帝にまでなったが、それもきっと消し去られるだろう。元皇帝が後宮にいること自体、どれほど存在の軽い扱いだったかが良く分かる。
そんなユインが産む子など、誰からも祝福されるはずがないのに。
私生児など、一夫一妻制の帝国では、何の権利もない邪魔者になるのだ。
「陛下は決して殿下のことを粗末には」
「もう良い!陛下には報告して構わない。やることができたんだ。さっさと出て行ってくれ」
「そんなに興奮なされないで下さい。お体に障ります」
「分かっている……」
今自分が何をすべきかは。
あの館に帰れば良いんだ。あの小さな父から貰った館で、本来自分が過ごすはずだった人生を送れば良い。
たいしたものは何もいらない。思い出深い品と、生活できるだけの金品を持って、出て行けばいいんだ。ここにいたら、ユインが産む子はろくな扱いはされない。皆から下げずまれ、ユインのように利用される人生しか歩めないだろう。
いやそれならそれでまだマシなほうだ。命さえ危ないかもしれないからだ。仮にもユインは一度は皇帝だった身。ライルの皇位継承権を確実にするため、生涯子を持つことは禁じられていたのだ。
それがこんなことになって、ユインの頭の中は最悪なことしか思いつかなかった。
思いついたものを片っ端からカバンに押し込み、どうしよう、どうしようと呟きながら、それでも機械的に作業をしていった。
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