「レンフォード大尉、どうだったか?」
「無理でした…彼は、憎しみで凝り固まっています。何を言っても聞く耳は持たないでしょう…」
レンフォードはダリヤのもとへ行った時とは比べ物にもならない憔悴しきった表情をしていた。
「だろうな。説得など無意味だ…拷問したところであの強情な性格なら、顔色一つ変えないでいるだろう」
「それに…母さんが死んで…と言っていました。彼の母親は既にもう…」
「ダリヤの言うことだ。すぐに信用するわけにもいかない」
エリーゼが生きていればクライスを呼び寄せる良い餌に出来るが、死んでいたとしても別段問題はない。これだけ調べていてもエリーゼの行方は知れないのだ。クライスも妻の生死を正確に知ることはないはずだ。
「昨日の遺体を確認したところ……魔術干渉は完璧だった。最後の実験はやつにとって成功だったと言えるだろう。だからもう、やつは人体実験をする可能性は低い。次は…妻であるエリーゼの元へ行き、彼女にその成果を試そうとするだろう。エリーゼ・クライスについての情報をもう一度流せ。ここ中央にいるように見せかけるんだ」
クライスは逃亡生活をしていても、リヤたちのように貧窮をした生活をしてはいなかった。それはリヤが魔術を使えるにもかかわらず一切使用していなかったのは、母親であるエリーゼが諌めていたのだろう。ジェスもリヤと一緒にいて、彼女が魔術の才能を持っていたことに一切気がつかないほど完璧に封印していた。
それに反してクライスは禁忌の魔術を使うことに一切の躊躇いはないようだった。魔術で金の練成でもして逃亡生活をしているのか、裏家業での協力者も多い。協力者が多いのがクライスが中々捕まらない原因の一つだった。今回はそれを逆手にとって、妻の行方を捜そうとするクライスに偽の情報を掴ませるのが目的だ。
「分かりました。私が手配をしておきます…中将は、ダリヤ・ハデスと所へ行ってください」
「……分かった」
気が進まないとはこの事だったが、ワグナー以外ダリヤとの過去を知った部下たちは、男女のことだからとあからさまにジェスを責めたりはしなかったが、それでも視線が冷たいのは如何ともしがたかった。ここでジェスかダリヤに会いに行くことを渋れば、これ以上下がることもできなくなったジェスの評価もまた一段と下がることは間違いないだろう。
それでも今日あのダリヤの顔を見るのは勘弁したいと思いで一杯だった。