「こんな所に閉じ込めておいても無駄だと思わないのかな?俺、魔術師だぜ…いざとなったらこんな拘束ぐらい、何とでもなるんだけど?」

 監禁場所としてならそうは悪くない、ジェスの仮眠室で両手首で縛られたままダリヤはそう言ってみた。レンフォードは、以前見せた感情的な顔はもう見せていなかった。いつものような冷静な顔で、ジェスの副官になりきっていた。

「ここを出て行くのなら、容赦なく殺すわ」

「そんなのが脅し文句になるとでも思ってるわけ?…俺は死なんて恐れたことはないのに?」

 言外に何時でも出て行けると告げれば、彼女は少し怯んだ様子を見せた。ダリヤを殺すことはジェスのためになら、きっとレンフォードに出来ないわけではないだろう。だが好んではしたくはないのだろう。
 上官に弄ばれて人生を狂わされたダリヤを、完全に見放すことができないのだ。  

 ここで何度もレンフォードはダリヤを動かしている人物を訊ね、ダリヤの罪は問わないからデュースを告発するのに協力するように要請してきた。

 勿論ダリヤがそれに頷くはずも無い。彼女が必死にまくし立てるその言葉を、頭の中で魔法陣を組み立てながら、話半分に聞いていた。いくら説得したところで、ダリヤがジェスに有利な発言をするとても本気で彼女は思っているのだろうか。いっそ拷問でもすれば良いのにと思った。

「いつまでも憎しみだけを抱えて生きていくの?憎しみからは何も生まれないわ!貴方を助けたいと思うの」

 正論といえば、あまりにも正論にダリヤは場違いにも笑ってしまった。それは挫折を知らない人間の綺麗ごとに過ぎない。

「違うよ」

「え?」

「憎しみからは何も生まれないんじゃない……憎しみからは憎しみが生まれる。ちょうど俺のようにね」

「そんなことのために国家魔術師になったの?」

「そんなことのため?……酷い言い様だよな。そんなことのために俺は生きてこれたんだぜ?母さんが死んで、みんないなくなって、生きる屍のようだった俺を生かして来たのは…あの男に復讐するためだけだったんだ」

 許せなかった。ダリヤの痛みも、悔恨も何も知らず笑っていたあの男が。ダリヤのように何もかもを無くしてみれば良い。安らかな死への眠りなど、与えてやるのも惜しいほどに。

「どうする?俺を生かしておくの?」

 押し黙るレンフォードに畳み掛けるように訊ねた。

「ここを出て行くなら殺すって?そんなことを言う前に俺を殺しておくべくだよ……今ここで俺を殺しておかないと、きっと後悔することになるよ?……俺はユーディング中将の破滅を見るまで絶対に諦めない!のうのうと生かしてなんかおかない!あいつに俺の味わった分と同じだけの、いいや、それ以上の絶望を味あわせてやる!」

 ダリヤをジェスの有利に事を進めることが出来るように説得を買ってでただろうレンフォードも思い知るはずだ。ダリヤが決してジェスを許さないことも、そのためなら何を投げ出しても構わないと思っていることを。

「ねえ…大尉。尊敬する上司の正体が露見しても、まだあの男に付いていくつもり?俺は大尉の言うように人間の屑だけど……じゃあ、中将は?今でも、アイツはやっぱり大尉が言っていたように清廉潔白な素晴らしい方なわけ?」

「ついて…行くわ」

「じゃあ、アイツのやったことを羅列してやろうか?まだ12歳だった俺を騙してレイプして…ああ、でも俺はレイプだって思ってなかったから違うか?俺、あの頃はすげー中将のことが好きだったから、喜んで抱かれたよ。あの人のためなら何でもできた。やれって言われたことは何でもしたし、何でも言うことを聞いたんだ。それが愛情だと思ってたし、嫌われることが怖かったから。でもさぁ…12歳の子どもとなんか犯罪だよね……中将は自分から俺の足広げておきながら、最後には娼婦扱いして、何回も孕ませて、それで…」

「やめて!やめて!やめて!」

 ダリヤの呪詛のような言葉に、レンフォードは頭を振って叫んだ。己の信じていた世界を壊されるのは、素敵だろうとダリヤは笑った。だからダリヤはジェスを糾弾する言葉を止めようとはしなかった。

 ダリヤもジェスに信じていた世界を壊された。同じようにジェスをまるで唯一の絶対神のように崇めている、この女性の世界観を壊してやることはこの上ない快感のように感じられた。

「そんなふうに叫んだって、現実は変らないよ、中尉。中将は、アンタが言っていた変態野郎たちと同じだ!何が違うって言うんだ?現実を良く見ろよ!俺は誰よりも現実を見ている!……どんなに夢見ていた世界と現実が違うか!どれほど容赦ないか!レンフォード大尉!貴方も現実を見れば良い!」

 どんなに泣いて、否定したとしても、ダリヤの世界は変わらなかった。

「セックスだって普通は気持ちいいもんなんだろ?…だけど俺は違った。俺は分からなかったけど、アイツは俺をわざと痛めつけるような抱き方をしていた。でも俺は健気にも俺がまだ幼いから仕方がないんだって、いつも我慢してた。我慢して、我慢して、嫌われたくなくて、全部ユーディング大佐の言いなりになって、子どもも堕胎して、それでも大佐のことを信じてたんだ……今のレンフォード大尉と同じようにな!」

 毒を撒き散らしている自覚はあった。レンフォードが真っ青になっている様を見ても、なんとも思わない。だってダリヤは嘘は言っていないのだから。

「なあ、アンタ俺が本当に、中将側につくとでも思って、俺を説得に来たわけ?中将からオブラートに包んだ俺の過去でも聞いたかもしれないけど、俺はそう簡単に忘れたり出来ない過去なんだ…点中将は簡単に忘れてしまったみたいだけどね。だから……俺は死んでも、何があっても止めたりしない。中将が滅ぶのをこの目で見るまでは、ね」

「…中将がいなくなったら誰が大総統になるというの?……貴方の上司が大総統に相応しいとでも思ってるの?…貴方の個人的な復讐で、この国が滅茶苦茶になってしまうのかもしれないあのよ!」

「デュースも屑だけど、ユーディング中将も屑だ。同じ屑なら、俺はデュースのほうに付くね。その結果この国がそうなろうが俺の知ったことじゃない」

 だからそれが嫌ならここで俺を殺していくことを勧めるよと言えば、レンフォードはもうそれ以上ダリヤを説得することを諦めて、唇を少しだけ震わせながら出て行った。


「あいつら馬鹿じゃないか……まさか本当に俺があいつらに手を貸すとでも思っていたのか」

 そんな軽いものだと思われているのだ。ジェスの大総統の地位と、ダリヤの無茶苦茶にされた人生など、比べる価値もないものだという無意識の思いがあるから、少しの餌でもぶら下げてやれば簡単に説得に応じるとでも思っていたのだろう。

 ダリヤは拘束されたままの両腕を魔術で解くと、血のにじみ出た両手首にシーツを破って巻きつけた。きつくきつく巻きつけて、血がにじみ出るほど押さえつけてた。




  back  


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -