「素敵な眺めだね…」

「ダリヤ・ハデス!」

 小柄な身体に青い軍服を纏ったダリヤは、こんな場所だというのに見惚れるほど美しかった。暗い留置場でほのかに点された明かりに映えた金髪が、きらきらと輝いている。とてもジェスをはめた少年とは見えなかった。

「どう居心地は?」

 柵の目の前に椅子を持ってくると、足を組み、その上に肘をついて顎を乗せて頭を傾げて見せた。その様子は無邪気ささえ感じさせた。

「一度くらいは体験しておいても悪くはないな……こうまで素敵な場所だったとは初めて知ったよ。寒いし、湿気だらけだし、あの寝心地の悪いベッドといったら言葉では言い表せないな」

 取調べもされず、魔術も発動できないように拘束された腕でこんな劣悪な場所に放置され、流石にジェスも文句の一つも言いたくなる。あんな不十分な証拠で仮にも中将の位にあるジェスにこの仕打ちだ。逃げ出すことも十分に可能だが、それでは反逆罪になってしまう。ダリヤの思う壺だ。今は大人しくしているしかない。ジェスはロシアスやレンフォードが動いていることを確信している。今は彼らを信じるほかは無い。

「あはは!だよね……でも俺が昔住んでいた場所に比べたら、食べ物に不自由しないだけマシだぜ?その手で食べにくかったら、俺が食べさせてやろうか?」

「遠慮しておくよ。こんな目に合わせてくれた君に食べさせてもらっても、不味い食事が余計不味くなるだけだ」

「騙されるほうが悪いって言うじゃないか?…あれだけ俺のこと警戒していたくせに、こんな簡単に嵌められるって情けないと思わない?」

 楽しくて仕方がないといった、そんな表情をダリヤは浮かべた。ジェスはこの時初めてダリヤの笑みを見たと、後になって気が付いた。あれだけ一緒にいたというのに、ダリヤの笑顔はこれが初めてだったのだ。

「こんな簡単だったなんて……思ったより俺、アンタを買いかぶっていたみたい」

 相変わらず静かな声だったが、今までは愁いを帯びていたその目は、隠そうともしていないくらいほど憎しみの焔に満ちていた。

 憎んでいる。それは分かった。だが何故だか分からない。ジェスはダリヤとは初対面だったし、彼に恨まれるような覚えは無かった。ダリヤの雇い主からはきっと散々恨みを買っているだろう。だが、ダリヤ個人となると、皆目見当が付かなかった。ダリヤ個人を利用するために近づいたからか。

 そんな不可思議な思いがダリヤにも伝わったのだろう。ダリヤは薄っすらと笑みを浮かべながら、ジェスに近づいてくる。

 格子越しに今にも顔がぶつかりそうなほどだ。

「何が何だか分からないって顔してるよな……でも、これは正当な復讐だよ、中将…等価交換だ…。俺にはアンタを断罪する正当な権利がある。アンタと違って理不尽な恨みじゃないんだ。そこで、自分が犯した罪を後悔すれば良い。だれもアンタを裁かなかったから、俺自身が裁いてやる。人殺しのジェス・ユーディング」

「……私が君の家族か大切な人を殺したのか?」

 人殺しと言われるからにはそういうことなのだろう。こんな職業をやっていれば、直接的、間接的を問わず何百人と人の命を殺める。軍人としては当然の行為だ。そして軍務であれば、何人殺したとてジェスが罰せられることは無い。むしろ戦場では人を殺した分だけ英雄となる。 

 だから処罰されないジェスダリヤ自らが復讐するために、近づいたということなのだろう。彼の大事な人を奪ったという名目の下で。

 しかしジェスは全くダリヤという存在に関わる人物を思い出せないでいた。ダリヤと一緒にいて、既視感を覚えることは確かにあった。だがそれが誰だか分からない。

 突然ダリヤは笑い出した。可笑しくてたまらないといった様に。

「アンタ…本当に俺が分かんないんだ……これだけ言っても」

「悪いが思い出せんな……もし私のせいで死んだとしても犯罪者なら自業自得だし、犯罪に巻き込まれた被害者だとしたら気の毒だが……私にも出来ることは限られている」

 どちらにしてもジェスにとってそれはただの逆恨みでしかない。ジェスはどんな犯罪も見逃したことはないし、テロ行為にも厳罰を科してきた。少しでもたくさんの命を救えるように異教徒戦から帰ってきて努力してきたつもりだった。少なくとも軍人としてダリヤに逆恨みをされる覚えはなかった。

「……俺なんかアンタにとってそれだけの存在だったってことだよな。これだけ近づいたら嫌でも思い出すと思っていたのに、これぽっちも思い出さないんだ…何時ばれるかこっちは冷や冷やしていたっていうのに」

 そのダリヤの物言いに、ジェスは何度目かになる不思議な既視感を感じた。これまでもダリヤを見ていてそう感じたことは何度かあった。だがただそれだけだった。

 それでもどこかで出会ったのだろう。そうでなければダリヤがこうまで言うはずもない。ダリヤは感情だけでものを言うような馬鹿げたことをしないはずだ。その点はジェスもダリヤを評価していた。例えダリヤの今の行動が『過去の恨み』から来ているものであっても。

「私が何をしたか言ってみろ…そうすれば思い出すかも知れんな。もっともただの逆恨みなら、覚えておけないがな…殺した人間は数え切れないほどいるからな」

 内戦でも、地方司令官になった後でも、この魔術で殺した人間など数えるほど馬鹿馬鹿しいほどたくさんいた。その中の一人など覚えているはずもない。

「アンタは…!俺の大事なものを全部奪った……俺の家族も、俺の人生も滅茶苦茶にした!……全部奪って!壊して!……覚えていなくたって構うもんか!今度は中将、アンタの番だ!」

 堪えきれない激情を吐き出すようにして、ダリヤはジェスを罵った。こうまでダリヤが感情を見せたことは初めてだろう。

 覚えていなくても構わない。そう言うダリヤの顔は、何故覚えていないのかと絶望しているように見えた。

 去っていくダリヤの姿を見て、不可解な既視感を再び感じながらジェスはそう思った。



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