「これを」
小さなビニル袋を鑑識に手渡す。この人物はダリヤの協力者だ。ダリヤ一人でデュースからの指令をやり遂げれるほど、ジェスの勢力は小さくない。むしろこちらのほうがジェスの勢力に押されているほどだ。
そして電話のダイアルを回し、コード番号を正確に告げる。すると低い声が返ってきた。彼もまたデュースが用意した組織の一員だ。ダリヤがあの男の命令に従っている限り、ダリヤが自由に動かせる存在だ。
「今日殺人事件の被害者シンシアという女の勤めている店にいる、ジェシーっていう栗色の髪をした娼婦を始末……いや、2・3日監禁しておいてくれ。金を出して貸切って名目で連れ出せば良いから」
『始末しなくてよろしいのですか?』
「構わない…ほんの2,3日、日数を稼げればいい。変に手出しして、こちらの足を掬われることはしなくない。穏便に済ませろ。今すぐに連れ出せ。ユーディングの部下たちと接触させることだけは避けろ」
ジェスには、ダリヤの過去を知っている人間はもういないと言ったが、ダリヤの過去を実際に知る人物はまだたくさんいた。あの女のように。
しかしあの女が知っていることなど、ほんの些細なことに過ぎない。だがあの女の証言で、ダリヤという人物の過去が露呈してしまう。だがダリヤの過去を洗ったところで、ジェスたちが知りたい黒幕のことなど出てきはしない。何故なら、ダリヤのその過去とデュースは関わりはないからだ。
だがダリヤの正体は確実にばれてしまう。そうなってしまえば、ジェスはダリヤを一歩たりとも近づけたりはしないだろう。いや、ジェスの性格を考えれば殺そうとさえするかもしれない。ダリヤという人物が誰かを知ったら、きっとそうするだろう。
だから、もう今しかないのだ。黒に一番近い灰色のラインにいる、今しか。
躊躇し、自分でも知らないうちに少しでも長引かせてきたが、今しか実行する機会がない。ダリヤに引き金を引かせたのは、ジェスだ。いくらでも気がつく材料は揃っていたのに、最後まで気がつこうとしなかったジェスがダリヤに、彼の破滅へ導かせたのだ。
「だから、恨むとしたら俺じゃなくて、自分自身を恨むんだな……ジェス・ユーディング」
ジェスのあの冷たい眼差しが、いっそ心地良かった。何の罪悪感も感じずに済むのだから。そんなふうに思って、自嘲する。元々何の罪悪感も持ち合わせていないのに何を考えているのだろうと。そんな感情は当の昔に消え失せたはずだ。
「ユーシス…待っていてくれ。もうすぐだから…もう少しで会える」