そう簡単にダリヤを釣れるとは思っていなかったが、拍子抜けするほど呆気なく付いてきた。今までジェスに誘われて断る者はいなかったが、思ったよりも貞操観念の薄くあまりにも簡単に手に入ってしまい、ジェスは軽蔑の混じった笑みを浮かべた。どう見ても好意の欠片も抱いていないようなジェスに、その身を任そうというのだからだ。

 ダリヤのような何を考えているか分からないような少年を自宅に連れ込めるわけもなく、入った先は安い連れ込み宿だった。高級ホテルでも構わなかったが、余り噂になっても困る。

 この先結婚するとしても、ファーストレディとして恥ずかしくないだけの家柄の出の相手でないとジェスに相応しくないからだ。

 愛というものなど信じていないジェスに結婚などはそんな価値しかなかった。少なくてもダリヤのように得体の知れぬ、誰にでも足を開くような者ではジェスの隣に立たすことはできない。頭の中身などもどうでも良かったが、貞操観念だけはきちんと持っているものでなければ困る。

 最もダリヤのような素性も知れない者でははなから論外だが。

「感想は?」

 悪趣味とは思ったがそう尋ねてみた。ダリヤが初めてではないことは、抱いてみればすぐに分かった。彼は男に抱かれ慣れていた。過去に抱かれた経験は一度や二度のことではないだろう。

「意外だった」

「何が?」

「もっと……自分本位な抱き方しかしないと思った」

「おいおい…君ね」

 そんなに一人よがりなセックスをするような男だと見えるのだろうか。正直こんなことを女に言われたことは初めてだった。皆ジェスと一夜を共にした女は、ジェスを賞賛していたというのに。 

「別に中将がどうとかじゃないよ…アンタみたいに地位もあって、金持ちで、女に不自由しないような男は、みんな自分勝手なセックスしかできないんだと思ってた」

「ろくな男と寝てきていないようだな」

 ジェスは元々貞操にこだわるような男ではない。過去付き合った女たちも妻にした女たちも、ジェスが初めてではなかったし、ジェスも大人の男だ。過去にどんな男と付き合っていようが、詮索すべきことではないと思っていた。逆に面倒なことにならないようにそんな女たちばかりを選んでいた。だから処女を抱いたことがあるのはたった一度だけだった。

 その時のことを思い出して、微かにジェスは顔をしかめた。あの時は最悪だった。遊びだということも分からないような馬鹿な『女』だったのだ。ジェスの戯れの言葉を真剣に信じて、嘘だったことが分かると、一人悲劇の主人公のように泣いて見せた。鬱陶しいことこの上なく、中央に移動になったことを幸いに放り出してきた。

 だからダリヤに処女性を求めることはない。貞操観念が薄かろうが、ジェスが何人目の男だろうがどうでも良かった。ただ少し興味があっただけだ。ダリヤの昔の男に。
 
 ダリヤの性別は両性。魔術師にはよくいる性別で、そこまで珍しくはない。だから、ダリヤは少年と言っていいのか、少女と言っていいのかよく分からない。外見は何時も男のような格好をしていたが、髪は長く、どちらともとれる外見をしていた。だが口調は男のようだし、態度もそうで、これまでは少年として扱っていたが、ベッドの中では女として扱った。彼もそれに慣れていた。

 ひょっとしたらダリヤがここに送り込まれてきたのも、その男に命じられたからだろうか。ジェスと寝てでも情報を持って来いとでも言われたのかもしれない。

 だとしたらただのろくでもない男では済ませれない。ダリヤの男こそ、黒幕、あるいは黒幕の側近に違いないだろうから。

「どんな男だった?私とどちらが良い男だった?」

「何?気になるの?…そんなこと気にしないタイプだと思ってたんだけど。俺の過去の男なんて」

 ダリヤは少し驚いたように目を見張った。あまり表情を変えない彼にしてみたら珍しい。性交中でさえほとんど表情を変えることがなかったのだから。快楽に悶えるというよりは、どこか驚いたような顔をしていたように思えた。

「そうだな…普段だったら聞きもしないだろうが。ベッドの中で他の男と比べられたことがないからね…少し悔しいかな」

「安心しろよ。ベッドのマナーだけだったらアンタのほうが、よっぽど良いよ。こんなふうに優しく扱ってもらったことってなかったからな。入れて出されて終わりっていうのが、普通だと思ってたもん……昔は子どもだったから分かんなかったけど…今思えば、あっちのほうが普通じゃなかったのかな?俺の事なんかどうでも良いって言う抱き方だっただろうから」

「それは……光栄だと言ったほうが良いのかな?」

「かもね、そう悪くは無かったから」

「褒められているのか、貶されているのか良く分からないね……」

「一応褒めているつもりなんだけど?」

 ふふ、って子悪魔的に微笑むダリヤの顔を見ると、ジェスが抱いて主導権を握っているはずなのに、何故か自分がダリヤのペースに巻き込まれているように感じた。

「もうおしゃべりは止めにしよう」

 再びダリヤを安物のシーツの上に押し倒すと、もうピロートークはお仕舞いだとだと身体を弄った。唇を首筋から段々下に下ろしていく。ダリヤの身体が柔らかくジェスを包み込むように、従順に開かれていく。

 ジェスは女など抱いてしまえば終わりだと思っている。この一見何を考えているか分からない少年だとて同じに違いないだろう。どんなに余裕ぶってダリヤが笑っていようが、女など皆同じだ。彼もだ。

 どんなつもりで抱かれに来たかは知らないが、ジェスから情報をもぎ取れると思っているなら大間違いだと思い知るだろう。そしてできるなら、ダリヤをこちらの陣営に引き込めば一石二鳥だ。

「義足…気にならないの?よくその気になるよなぁ」

「いや…別に。たいして気にならないよ」

 とは言うものの、気にならないといったらやはり嘘になるだろう。今まで恋人たちはこんな無骨なものなどつけてはいなかった。みな傷一つない肌と豊満な肉体を持っていた女たちばかりだった。そしてこんな子どもでもなかった。

 だからといってこの少年が何度も義足を気にするかのような発言を繰り返すほど、ジェスはダリヤに興味を持たない。

 むしろ彼の義足よりも、この手首の傷のほうがずっと気になった。全裸にさせると嫌でも目に入ってくる。ダリヤは左足の義足以外、傷一つない。片足を失うような事故を起こした割には奇麗な体だった。ただ一つ手首の傷を除いては、だ。

 普段はきっちりとその肌を服で隠し、手首の傷も、左足の義足も隠しているだけに、余計にその痛ましさが目立った。

 何度も切りつけただろう、幾つも残る手首の傷跡はあまりにもダリヤに不釣合いだった。しかも、かなり深い傷跡もある。命にかかわるようなものだったのかもしれないと容易に想像が付くほどに。
 彼と未来を築くつもりもないジェスが、彼の過去に立ち入るのもマナー違反だろう。しかし、それが現在のダリヤに至る過程で関係があるならば話は別かもしれない。

 聞こうか聞くまいかと迷っている内にダリヤのほうから口を開いた。そんなジェスの視線に気が付いたためだろう。ダリヤが自嘲めいた笑みを浮かべた。

「ああ…これ?昔、男に振られた時に付けた傷なんだ……別に死ぬつもりもなかったけど、むしょうに痛みを感じたかったから付けたんだ」

「自分勝手な抱き方しかしない男か?」

「そう…今なら男が全てなんて思わないけど…あの時は違った。世界にはあの人だけだと思っていたんだ…自傷行為なんて今思えば馬鹿馬鹿しいけどな。こんなことしたって、世界は何も変わらなかった…俺の世界は絶望に染まったままだった」

 暗い目をしてダリヤは過去を淡々を話す。しかしダリヤの中は、まだ絶望に染まったままなのかもしれない。その手首の傷は古いものから、ごく最近のものまであるのだ。まだ塞がりきってない傷を晒して、どうして簡単に他の男に抱かれる気になるのだろうか。

「そうだな…馬鹿馬鹿しい。君はこんなにも聡明で、美しい。そんな男のことなど忘れて、もっと上等な男とでも付き合えば良い」

「冗談…もう男は懲り懲りだよ」

「それならどうして私に抱かれた?」

「それは中将は一緒だろう……アンタも女を好きじゃない…いや、その目は女を憎んでいる目だ。憎んで、軽蔑して、さげずんでいる。世の中で一番愚かな生き物とでも思っているようだ」

 ダリヤの軽口に思わず顔が引きつるのが自分でも分かった。こんな少年に見透かされている。プライドの高いジェスにはその事実は酷く気に触った。

「俺も一応、女でもあるよ。アンタの憎んでいる。どうして抱いんだ?」

「随分、私のことを分かったような口を聞くな?……君の言うことも全部間違っているというわけではないが、何でも知っていますというような口ぶりは気に入らないな」

「知ってるよ。中将のことなら何でも……どうして中将が引く手数多なのに、いまだに独身なのか。結婚する気になれないのは死んだ奥さんが原因だってことも」

 色々調べてきたわけだと嘲るような笑みをジェスは浮かべた。ダリヤがジェスのことを調べているのは、決してジェスという人間に興味があったわけではないだろう。ダリヤは先ほど自分で言ったように、男は好きではないのだろう。ジェスのことをあれこれ言ったわりには、あれは自分の事を言っているかのようだった。

 なのに、自虐的に男に抱かれる。自分とジェスを重ねているかのように。

 だがどうしてジェスが女を好きではないという理由までは、流石にダリヤも知るまい。それを知っているのは親友と腹心の部下たち数名だけだ。

「噂では…中将の奥さんも、あの事件の被害者」

 そこまで黙って聞いていて、それ以上ダリヤにジェスは語らせなかった。

「黙れ!……君が何を調べようと勝手だ。だが、私のプレイベートまでは関わるな。そんな下劣な噂話など私の耳に入れないで貰いたいな」

 それはジェスにとって誰にも踏み入れられたくない領域なのだ。妻のこと、事件のこと。

「下劣な噂ね…じゃあ、ただの噂なんだ」

「そうだ…妻は事故死だった」

 少なくても公式上はそうなっている。

「まあ、そうだね。中将の奥さんが被害者の一人だったら、中将がこの事件の責任者になれるわけないもんね。被害者の家族は、事件の捜査に当たることはできない…第何条だったっけ?軍法規にそんな明文があったよな」

 そして再確認ができた。自分は女という生き物は嫌いなのだと。この少年も例外ではない。




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