「さすがに…医療魔術の第一人者と言われるだけのことはあるな」

「ええ!?褒めるんですか?得体の知れないやつってあんだけ言っていたのに」

「事実は事実だ。認めないでどうする」

 たった一回事件現場と、あとは過去の資料を見ただけであそこまでの論理を組み立てることは、そう簡単にはできないだろう。それだけはジェスも認めるしかない。

 胡散臭いというのは確かだが、その実力を認めるという点については否定しない。ここでダリヤの能力を認めなければ、ジェスを若造と侮っている年寄りどもと同じになってしまうからだ。

 利用できるものは利用するという信条の持ち主であるジェスは、ダリヤがどういう目的でここに配属されたことは除外し、純粋に事件の解決には役立ってもらいたいと思っている。

 確かにジェスが見抜けなかった点を、ああもアッサリ指摘した点について、幾ばくかの悔しさはあったが、それとこれとは別だろう。

「じゃあ、その天才魔術師のハデスさんは、今どこにいるんですか?今から会議をするんだったら、彼もいたほうがいいんじゃないっすかねえ」

 いつもジェスの執務室の片隅にいる少年は、今はいない。目に付く場所に置いているはずなのに、こんな場面でいないのは不自然だと思うのも当然だろう。

「ダリヤ・ハデスは研究所に行っている。彼も研究職と兼業だからな……こっちばかりにかまけていられないのだろう」

 ジェスたちだとて、この殺人事件だけが仕事というわけではない。上層部から最重要事項として解決するようにと言われているので、かなりの時間を割いているが、本来だったらジェスが担当するわけにはいかない事件なのだ。

 犯人が元軍の人間で魔術師ではなかったら、ジェスの元に回ってくるようなこともなかっただろう。

「ではダリヤ・ハデスが推測した、犯人の動機について詳しく究明していこうか。犯人の目的は、ある人物……この場合は女性だな。女性を若返らせたいというものではないかということだ。仮にこれが事実としたら、今まで行方の掴めなかった犯人を追い詰めることができるかもしれん」

「最終的に犯人は、その女性の元に向かう…そういうことですか?」

「そうだ…最後にはその女を若返らせるために、その女の元に行くだろう。そこを突き止め、待ち伏せしているのが一番早い…が」

 それには問題がある。先ほどダリヤを叱ったように、その際には魔術が完成し、完璧な状態ではないと犯人はその女の元へ向かわないだろう。不完全な状態のまま、試すわけにはいけないので、実験を繰り返していると思われるのだから。ということは、完成まで待つということは犠牲者を出し続けることを意味する。

 犯人の逮捕はしたいが、これ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。

 それに、ダリヤの推測が間違っていたら話にもならないということだ。今の話はダリヤの推測が正しいということを前提にした、ただの推論にすぎない。

「やつが若返らせようとする女の目星は付いているんだがな……行方が分からんし、生きているか死んでいるかさえも不明なようでは、どうしようもないだろう……勿論、その女の行方を突き止めてもらうことは重要だが」

 ジェスは苦虫を潰したような顔になって、その女の資料を放り投げる。知らない人物ではない。顔も見たことは無かったが、話しなら幾度も聞いたことがあった。あの当時なら容易に行方が掴めたというのに、肝心なときに限って行方が分からないとは馬鹿にしているとしか思えなかった。

 彼女がここまで重要人物になるとは思っていなかったから、行方は掴んでいなかった。

「その女って?ああ……犯人の妻ですか?なかなかの美人ですね」

 部下の一人のワグナーがジェスの放り出した書類をめくると、そこには穏やかそうに笑う女性が写っていた。昔の写真しか残っていなかったので、まだ少女と言ってもいいような女だった。

 亜麻色の髪をした、可愛らしい印象を受ける。とても殺人鬼の妻には見えないだろう。

「そうだ…ちょうど、年齢も合うだろう。今彼女が生きているとしたら36歳…やつが犯行を始めた頃は20代後半だ。今までの犠牲者の年齢の推移とピッタリと合致する。しかも…犯人には妻を若返らす『理由』がある」

 犯人の家族構成などとうの昔に調べ上げてある。捜査の基本だ。

「やつの妻は、やつが家族の元を立って犯行を始める直前に不治の病にかかっている。そのままでは数年ほどしか生きられないだろうと、診断結果が残っている。若返りを魔術を繰り返し、身体を不治の病になる前の状態に常に戻してやれば、理論上は永遠に死なないからな…妻のための犯行とも、考えられなくは無い」

「それは現実的に可能なんですか?」

「理論上は、な……ただし、実際可能とは思えないな。実験体は皆、死んでいる。外見は若返っても、結局死んでいたら意味はないだろう……」

「もっと根本的に病気を治すことはできないんですか?やつは、魔術師としては超一流だったはずでは?」

「やつをもってしても、妻の病は治せなかったんじゃないのか?……私はやつじゃないから、分からん……治せないのなら、他の方法をと、こんな術を選んだのかもしれんが」

 もっともそんな理由があったところで、ジェスにこの夫婦に同情する余地は一片たりとも無かった。やつを捕らえたら自分の攻撃魔法で焼き殺してやりたいと、何度想像したことだろう。ジェスの妻は死んでいて、この男の妻がのうのうと生きているとしたら、これほど理不尽なことはないはずだ。

「では、この女性の行方を確認すればよろしいでしょうか?」

「ああ、頼む。だが、難しいかもしれないがな……この診断結果が正しければ、もうとっくに死んでいてもおかしくは無いし……夫が殺人犯だと判明してからは、妻のほうは子どもを連れて各地を転々としている。数年前までの所在地の確認は取れているが、今はどこにいるのか、生きているかすら不明の状態なのだからな」

 そう締めくくり会議を終わらす。

 さすがに疲れたと思う。いい加減この事件に飽きているといってもいい。何時になったら終わりにできるのか、全く見えない状態なのだ。早く終わって欲しい。それがジェスの願いだった。

「大丈夫ですか?中将」

 ジェスの疲労を心配したのか、レンフォードの顔が心配気に揺れていた。

「大丈夫だ……この事件を解決することによって、私の長年の目標に対する最後の一歩になる。とても相応しい事件だとは思わないか?」

 この事件を解決することによって得られるものは、大総統の地位だけだはない。

「分かっています…中将が誰よりもこの事件の解決を望んでいることを」

 そして誰よりジェスが犯人を憎んでいることを、とはレンフォードは言えなかったが。

 もうこの世にいない人に言っても仕方がないが、それでもレンフォードは今のジェスの心を縛りつけ離さない人に言いたかった。どうしてあんな死に方をしたのか。どうしてこんな誠実だった男を裏切ったのか。そのせいで今ジェスの心はあまりにも空虚だというのに。

 今も目に焼きついているジェスの妻の死に様を思い浮かべながら、どうかもうジェスを悪夢から開放してあげてとレンフォードは祈っていた。



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