ちょうど忌まわしい内戦が終わりを告げた頃、その事件は起こった。

 20代、30代の女性ばかりを狙った連続殺人だった。その死体は原形を留めないほどズタズタに引き裂かれており、初めは臓器密売人による殺人か、快楽殺人として捜査されていた。

 だが捜査を進めていくうちに、その殺人が魔術の関与を受けていることが判明した。その独特の魔術干渉と目撃情報から容疑者は特定されたが、いまだ事件の解決には至っていない。

 容疑者が捕まらないのだ。彼はその昔、軍でも最も将来を嘱望された魔術師だった。



「段々と進化しているな……」

 事件現場から戻ってきたダリヤは、ジェスの執務室で資料を広げていた。ジェスたちからしてみれば、ダリヤは得体の知れない存在だが、一応国家魔術師という立場もあり粗略にはできない事情があった。放置しておくのが一番簡単だろうが、そういうわけにもいかず、目の届く範囲に置いておいたほうが安全だということで、ジェスの執務室にダリヤの机が設けられたというわけだった。

「何?」

 ダリヤの一人言に敏感に反応したジェスは、サインをしていた書類から目を上げダリヤを見た。

「死体が綺麗になっている」

 一枚の写真をジェスに放り投げて、指先で示すと、説明しだした。

「その写真だけじゃよく分かんないかもしれませんけど…こっちの写真と比べてみてください。これは先ほどの事件の前の被害者の生前の写真です」

 ジェスは渡された2枚の写真を見比べた。するとハッとし、思案するような顔をした。

「これは……」

「遺体が血まみれになっていたから、気がつかなかったかもしれないけれど……明らかに若返っています。この女性は36歳…生前の写真は年相応ですが、遺体の写真はもっと若くなっているように見えます。はじめの頃の犯行は20代の女性ばかりを狙っていたので、この差が分からなかったかもしれませんが、今は30代の女性ばかりが狙われている。そのおかげで、はっきりと分かりませんか?」

「確かに…若返っているように見える。気がつかなかったな」

 どこか悔しそうな表情をするジェスを見ても、ダリヤは得意な思いにはなれなかった。

 ジェスたちが捜査の過程で気がつかなかったのは、ジェスが無能だからではない。ダリヤは犯人を知っていて、その目的をなんとなく想像することができたからだ。

 ジェス達は書類の上でしか犯人を知らず、ダリヤは実際に彼という存在を熟知していた。いわばカンニングのようなものだ。

 もっともそれを今ジェスに知られるわけにはいかない。これはダリヤが目的を果たすためのカードの1枚なのだから。

「だが…何故やつはターゲットを変えている?はじめは20代ばかりの女性ばかり狙っていたのに、今は30代半ばの女性ばかりを狙う。奴が若返りの魔術の実験体としてこの犯行を行っているのなら、老人を狙ったほうが遥かに効果が目に見えて分かるはずだ。20代の女性をばかりを初期の頃に狙っていたといい、不可解だ」

 20代の女性を若返らせても、効果は目に見えて分かりにくいはず。ならば老人を若返らせるほうがはっきりと効果が目に映るはず。

「要するに対象を見立ててのことでしょう…動機を考えてみれば一目瞭然です」

「対象?」

「そう……人間が夢見る、不老不死。永遠の若さ…過去何人もの魔術師がそれを夢見て禁忌を犯してきた。やつもそうかと思ったけれど…だったらなぜ女ばかりを狙う必要があるんです?自分が若返りたいのだったら、男を狙ったほうが中将も言うように遥かに効果的です。だから…やつの目的は自分ではない。事件を起こしたときは、20代後半の女性を狙っている」

 ズラッと昔起きた事件の被害者、主に20代ばかりの女性を指差しながら、次に最近起きた事件の被害者の写真を並べる。

「そして、今30代半ばから後半の女性。これがやつが若返らせたいと思う女性がいるという証拠じゃないかと思うんです。どうして被害者のターゲット層を変えていったのか…それは年月に伴っているとしか思えない。あいつは、自分が若返らせたい女と同じ年代の女性ばかりを狙って、実験体にしている」

「なるほどな…ではその女性は当時は今、30代半ばから後半というわけか。それだけ分かっただけでもかなりの成果だ」

「俺の推測があっていたら、そう遠くない未来にこの事件が終わりを告げるんじゃないかと思いますけどね。昔は遺体の損傷が激しい…魔術による拒絶反応が肉体にできているが、最近はそうでもないようですし。だから若返っているって気が付いたんだけどね。遺体が割りときれいだから…このまま反動がなくなり、やつの実験が成功するのを待つって言うのも1つの手かもしれないって思うですけどね」

「それが何を意味するのか分かって言っているのか?お前は犠牲者が出るのをみすみす見逃せと言っているんだぞ!」

 バンっと机を叩くと、ジェスはダリヤを睨み付けた。

「ごめん…そんな怒らせるつもりで言ったんじゃっ…軽率でした」

 ダリヤは素直に謝った。魔術師としての目で見すぎたあまり、遺族に対する浅慮に欠けていたのを自覚したからだった。

「いや…私のほうこそ少し感情的になりすぎた。この事件には思い入れがあってね…何度も悲しむ家族を見てきた。特に…小さな子どもは母親を恋しがって泣くんだよ。あれは見ていられないからね……できればあんな子を二度と作りたくないんだ」

「悪かった。本当に、そんなつもりじゃなかったんだ……もう言わないよ」

 ダリヤ自身もこの一連の事件によって、何もかもを奪われ、絶望した一人だ。自分一人が不幸だと思い込んで、そんなふうに他の被害者を思いやることなど今まで一度もできなかった。

 この何人もの女性それぞれに家族があったはずなのに、自分の悲しみにしか浸ることしかできずにいた。想像すらしたことが無かったのだ。

 無意識に避けていたせいかもしれない。自分が彼らの痛みを思いやる権利など持ってはいないから、それを認めてしまったら、今どうして生きているのかさえ分からなくなる。

 沈痛な面持ちで謝罪をするダリヤに、ジェスは幾分表情を和らげると仕方なさそうに笑った。

「君はそんなふうに話すんだね…いつもは馬鹿丁寧な敬語を使っているのに」

「あ!…ごめん…じゃなくてすみません!俺、議論に夢中になるとつい敬語を使うのを忘れてしまって。これからは気をつけます」

 思わずダリヤは唇を噛んだ。努めて気をつけていたつもりなのに、すぐに素の自分が出てしまう。この人の前だと取り繕うことが困難だった。

「いや…それで構わない。今更敬語を使われても、違和感を感じるだけだ。どうせ、そう長い期間私が君の上官ではないしね。あまり畏まる必要は無い」

 そう言ってジェスは笑った。ダリヤはそんなジェスに軽い胸の痛みを覚えた。前にも同じようなことを聞いた覚えがあった。あの時なんと言われただろうか。彼は今みたいな微笑を浮かべていたように思えた。

 ああ、思い出した。あの人は無理に言葉を直そうとしなくても構わない、そんなふうに言ったのだ。




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