【寒天問屋】


01



「旦さん、昨夜から殆ど食べてはらへんのだす」

 梅吉の一言である。台所の脇で肩を寄せ合い、井川屋の面々は困り果てて善次郎の袖を引いた。行灯が照らしているとはいえ殆ど真っ暗な中で、奉公人がこそこそとしている。

 善次郎は正月早々、便所の糞壺が詰まった件やら上得意客の窺いやらで追われており――年始の慣例を済ませて帰宅した頃には夜であった。

「わてが居らん間になんぞありましたんか」
「知りまへん」
「わてもだす」
「河豚でもコッソリ食ろうて腹でも壊したか」
「どこにそんな銭ありますのん。小姑が隠しとるのに」
「松葉屋はんが稀にな……まあ酒もご馳走になるから、様子でわかるが」

「間食してはらへんのは、間違いないだす」松吉がいった。「山城屋のご寮さんから戴いた蒟蒻の煮しめに全く箸をつけはらへんなんてこと、いつもの旦さんやったら考えられまへん」

 善次郎は肩を落とした。「そこまで困窮しとるっちゅう風に広まっとるんか……。正月祝いもようけもろたのに。なんぞお返し考えな」

「問題はそこちゃいますんや」
 





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