あっ、駄目ですよ。備品は返して。
話し合いが長引いた後に、こまめに決を取る。ボールペンだって数を揃えて返さなきゃならない。困ったなあ。一言がいえない。そもそも誰が盗んだんだ?
12号がぐるりと一周。チョロチョロしいだなと思っていると、無罪票がくつがえった後に箱の中へペンを放り投げる。まさかこの人が――。
ここでタイトル。
「えっ……?」
「あ。俺、勤め先はスーパーだけどね。万引きGメンだよ。裏の顔は」
とってきたというのだ。いつの間に。ちょっと見直す。なんせ自分は生徒のスカート丈どころか、遅刻の言い訳さえ丸々信じて聞いてしまう。生理痛。親の事情。失恋。寝坊。
「褒めて」
また耳だ。タラシだな。経験不足でもわかるぞ。口をパクパクさせている間に、面白そうに顔を眺めてくる。意外と童顔。髭を生やしてるのはそのせいか?
「ありがとう。助かりました」
「そういうのじゃなくて、さ」
キスでもしろっていうのか。焦って箱を取り落としそうになる。黒板に向き合って決を消す。
「俺、アンタのこと。好きなんだよ。有罪、の罪の字。2号の真似して書くくらいに」
「言ってる意味が……」
いや、よくわかった。引き延ばし作戦に出たのは、2号だけではなかったという話だ。
「陪審員長。どう思います?」
息を吐いて机の上に突っ伏しかけていたら、話は相撲に移ってる。弟が先に白星を取るのは明白だけど、2号は逆の意見だったりする。
気の毒だけど、どの世界にもいるんだよな。こういうひと。人と趣味やら意見やらが食い違う。だけど多数派が正しいなんて誰が決めたんだろう。日本人特有の右に倣え根性を追放する日が来たのかも。
いやいや、無罪。僕にとっては無罪でないと困るんだ。被告人が若くて美人で苦労人だからではない。
もっと私的な理由だ。
「トイレ空いてますよ」
「何が言いたいんですか」
「相手してくださいよ」
べったり。
「俺、有罪に変えよっかなあ」
「お好きにどうぞ」
「陪審員長、どうして無罪なの」
「……個人的な理由からです」
「被告人に一目惚れしたとか?」
「婚約者がいます」
途端に12号、目を見開いて無言である。よし、意外と正攻法で断ればわかってくれるタイプなのかも。
「惚れてるの? そのひとに」
惚れてるか、なんて考えたこともない。手頃にくっつける良縁だって周りがお膳立てしてくれただけだ。そして情けない話だが、そういう強引さがないと一生結婚なんて無理だという歳になった。
どうして今、出てくるんだ。まだ三十路に届くか届かないかの歳で、課長補佐だと聞いた。順調とまでは言えないかもしれないが、お互い一般的な恋愛関係をよそで築いたほうが無難だろう?
無難。困った。それが理由なのだ。日本という国じゃ、お手本に添った生き方をしないと、仲間外れにされた気分になるのだ。
「惚れてはいないかもしれないけれど」正直すぎるかな。「嫌いではない。そんなもんですよ」
そんなもん、で結婚するのだ。おそらく今年中には。そして特別嫌なことでも起きない限り、なんとなく出会ってくっついた相手と一生続く。
「恋愛したことないの、陪審員長」
「ありますよ」
それが恋愛と呼べるならだが。突然別れを切り出され、復縁を迫ろうにも相手は姿を消していた。本件の被害者はラッキー。押しが強すぎて殺されちゃった可能性も否定できないが、気持ちを伝えたなら上出来だ。
「――あります」
「俺としましょうよ。恋愛」
ぼそりと一言。この人、事態を理解してるのか? 線路があったら突き飛ばしたい。動機。そこに線路があるからだ。
「諦め悪いんだよな……次の休憩で、必ず」
「何を」
「落としてみせるから。覚悟決めといてください」
勝手にしてくれ、と溜め息を吐いた。