議論に至るまでもなく、一度無罪の結論が出て拍子抜けするくらい簡単に終わってしまった。気負う必要なんてなかったのだ。レイコも電話を待ってる。早く家に帰ろう。
そうは問屋が卸さない。
「陪 審 員 長」
そうだコイツがいたのだ。自慢じゃないがって結局自慢だけど、タッパだけはある。体育教師の威圧感。
「飲みに行く約束だったでしょ?」
「まだ返事してませんよ」
「行こうよいこう」
「もう……戸締まりありますから、また後ほど」
「ツレないなあ」
待ってください、の声。話し合いをしましょう、で始まる長い議論。
ああ、やっぱり終わらないのだ。また繰り返しだ。12号と顔を見合わせ、まるで「後でね」と言わんばかりに互いに席につく。休憩にしましょうと言えたのは、かなり後だった。
「誰だよパフェなんて頼んだの」
「私です私。いやあ。ちっちゃいのが来るのかと思ってたよ」
3号さん。こっちも仕切りたがり。ただし出前の注文取りだけ。甘党多いな。
ストロー注してチュー。なんだ。もう飲み終わってしまう。ヤクルトなんて何年ぶりだろう。昔は冷蔵庫に入っていたものだけど、高くて一日一本以上は飲めなかった。皆ヤクルトにすればいいのに。トイレも近くならずに済む。
12号が人の飲みかけのヤクルトに手をつけようとするのを制した。この人ホントになんなんだ。
「ね、陪審員長」3号がご婦人を飛ばして僕に話しかけてきた。
ここでタイトル。
要りません、とすげなく断るのも申し訳ないような気がして、指を伸ばそうとしたら隣の口髭がそれを陪審員パンフレットで遮る。
「あのね、おじさん。このひと口下手なんだよ。また後にして」
後になんてしたらアイスは溶けてしまうだろう。抗議をしようと睨みつけたが、また議論。何だよ。集中できやしない。まあ意見は決まっているのだ。無罪一票。これは揺るぎない。
「陪審員長、あれ見て」12号はマイペースである。「あのひと、落書きしようとしてるよ。絶対そうだよ、アレ。注意しなくていいの?」
「わかりませんよ。何か書き留めてるのかもしれないし」
どう見ても落書きに見えた。遠いからよく見えないが。2号さんが怒る。彼に席を変わってもらった11号さんが鼻血を出す。
いけない。首を叩いて血を止めるなんて。自己紹介。そうだよ、体育教師なのだ。これで諦めてくれるといいが。席を外してご婦人を別の席へ誘導。しばらくして元の席に戻れば、懲りない12号がまたこっそり傍にやってきた。
「ねぇ、陪審員長。体育教師なんだったら、あれでしょ。マットレスとか使ったことあるんでしょう」
「そりゃあ」
「ブルマの匂い嗅いだりとか」
とんだ変態扱いである。ムッとした拍子にまた耳打ち。やめてくれ。耳は弱いんだ。
「跳び箱の角でオナってる女の子とか、鉄棒でスリスリしちゃう男の子とか?」
「――女子高ですから」
「うう。えっ。本当に? 羨ましいな。こっちはスーパー。パートも客もババアだけだよ」
12号はバイセクシャルなのだろうか。つまらない想像をしかけて、言われたことに顔を赤くした。わかりにくい赤ら顔でよかった。しかし12号はいった。
「――今日の放課後お邪魔しますから。お手柔らかに。センセイ」
とんだ災難に巻き込まれたものである。