【全員悪人】


04



 一連の計画は布施によって、『狸の睾丸八畳敷き作戦』と名付けられた。これは大きく広がったものの喩えであるが、的にかけるのは山王会会長一人であるからして少し的外れである。

 ヒンガモが葱を背負ってやって来るため子分二人は身繕いに余念が無く、廊下で鉢合わせると互いに眉を潜めた。脅しにかかるにしては両者共に地味である。

「中田。ちょっと」

 和室を示す。中に入ってすぐの耳打ちに、中田は目を細めた。「――なんて云うた? 無茶やで、兄貴」

「うん。一人やったらな。まあ今日はおまえさんも居るし。会長も来てくださったわけやし」西野は身を屈めた中田のネクタイに、手をかけた。「いなげな格好。えげつないわ」

「大友っちゅうのは生粋の極道やろ」中田は無視した。「話訊く限りじゃ侠客なんちゅう甘っちょろい思想もすっ飛ばしとりまんで。諦めなはれ」

「うん。せやから、一人やったらな。やめとくけど。俺、指飛ぶとこ見たいんや」
「――」

 中田は呻いた。一家と一家が揉ましているときにナンバー2が何を抜かすんでっか、といいかけた。

「お願い。中田」両手の拳を前にして身をよじる。端から見れば気持ち悪いおねだりに、呻き声は強まった。

「……どっちの指で」

 チョロイものである。西野は鼻で笑った。「どっちゃでもええわ。木村っての、脅したらいけるんやないか?」

「確かに木村ならやりおりますわ。面子大事にしよるから。でも表向きこっちが断る姿勢でかからな無理ですやろ。そうなると、盃貰う前に帰りよるかもわからん」

 西野は呆れて云った。「つまりホンマに破談になる可能性が怖いんか。相手は単なるチンピラやぞ。あ?」

 中田は切り出しに迷った。怖じけづいてると取られるのは癪であるが、話しておかなければならない。実際の木村を知っているのは、自分だけだからだ。

「兄弟になった日の話しぶりやと、そうは思えんので。木村の顔には醜い傷があるんでっけど」中田は続けた。「――それ、大友にヤられたらしいですわ。その場にあったカッターナイフで」

「木村を随分買うとるんやな」西野がネクタイを掴んで引くと、身長差は消えた。「このデカブツ。どいつもこいつも身長ばっかの腰抜けやな。俺の他に何人男おるんじゃ。正直に云え。指二本で許したるから」

 ゾクリと這い上がる声に、中田は西野の顔を舐めるように見つめた。男の嫉妬心というのは、と頬を緩める。

「二回落としたって云うとるやろ。ありゃ兄貴が思っとるより痛いからな。たぶん腕のほうがマシや」人目がないのをいいことに、公用の敬語は崩れていた。「大体なんで二本なんでっか」

「会長と俺の分」
「――ツマミにされたら敵わんわ」

 下からぶつけるように唇がつけられ、歯がかち合った。若い時分の殴り合いで殆どが差し歯だったが、中田は痛みに顔を歪めた。

「……ッ、ン」

 一周ぐるりと舌先で口内を蹂躙されただけで離れた。中田は垂れた唾液を手の甲で拭い、睨みつけた。顔には朱が走った。

「最近ご無沙汰やないか」こちらは息も切らさず壁に手をつき云った。「ん? 女囲うとる程度やったら構へんが、相手がその盆暗やったら――タダじゃおかへんぞ」

「自分も山王会古参幹部と兄弟分やったでしょう。いちいち妬いとったらキリがない」

「やかまし」富田のことだと気づいて西野は顔をしかめた。「会長に怒られたわ。あのドアホ。マル暴連れて花菱の暖簾くぐっといて無事で帰れると思うほどボケやったとは思わなんだ」

 中田は溜め息で答えた。崩れた上着を直す。「――木村の指で、チャラにしてくれまっか」

 西野の機嫌は直った。「できれば大友の指も」

「欲張り」
「やるで。わかったな」
「へぇ。兄貴」

 揃って会長の部屋を訪ねると、こちらは見事に正装しており流石親分、見掛けに拘る徹底ぶり、と西野は内心仰け反った。

「なんか企らんどるやろ」布施は立ち上がって云った。「目つきでわかるんや。面白いことなんやったら、わても混ぜて」

「会長は空気のように椅子に溶けこんどってください。イイモンお見せしますよって」

 西野の言葉に布施は腕を組んだ。「――楽しみにしてるわ」



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