【全員悪人】


03



 花菱会の会長布施が目覚めると、側仕えの清水が西野と中田が揃って訪ねてきていると伝えた。夜である。布施は着替えが済んだらな、と返事を返したが、大まかな話を聞くと二度寝は許されなかった。呆れて情けない顔になる。

「誰と会えて? なんやその下っ端。また関東の奴等かいな」
「すみません会長。私もそない言いましたんやけど」

 清水は困ったように溜め息を吐いた。重要な役職を与えるほど優秀ではないが、長い付き合いである。会長に進言できる立場の者は多くないため、秘書のような存在であった。

「ううむ」

 着流しを着崩して刺青の覗く胸を掻いた。部下二人は来ているのだから、右から左の和室に来いと言えばすむ話だったのだが。眠気を堪えて布施は顔を擦った。

「わかった。しゃあないわな、呼んだって」布施はいった。「もう全員年金貰って悠々自適に暮らしとる歳やっちゅうのに。早いとこ引退して西野に任せよかな」

「会長」
「冗談や。あの加藤っちゅうド偉いヘンタイに猿轡咬ますまで逃げへんで」
「……」
「会長になりおってから、若いのばっか傍に置いとんのや、あのカッパ。羨ましいこっちゃ」
「若頭と補佐に言いつけますで」
「やめ。まだ死にたないわ。狂犬二匹飼うのも大変なんやぞ」

 下の者に示しがつかないため紋付きやら三つ揃いやら揃えてはいたが、歳も歳なので足腰が痛む。とりあえず寝間着のままで呼び出した。

 西野と中田は敷かれた座布団を無視してその場で正座したが、布施はええから崩せと手をやった。

「その、木村っゆうんは山王会の組員か」

「山王会にええように使われて解体された、ちぃちゃい組の人間ですねん」西野は座布団を引き寄せ丸め、それを抱き込んで胡座をかいた。「もう五年くらい前ですわ」

「うちを訪ねてきよった富田の阿呆は向こうさんに処分されよったんやろ。木村……木村……なんッとなく聞き覚えあるわ。ウン」

「以前お話しました、山王会に怨み持っとる男です。会長」中田はいった。

「大友連れてきよったんで、海老鯛っちゅうヤツですわ。上手いこと釣り上げたモンやで」西野もいった。

「あんさんら。あっちゃこっちゃ男作りすぎや。わてだけにしたらええのに」布施がいった。

 西野はヘラッと笑い、中田は懸命に唇の端を持ち上げた。布施は口にはしなかったが自分の悪人ヅラは棚に上げて、こッわいやっちゃ、と思った。

「なんやな――臭ないか?」
「屁はこいとりまへんで」
「ちゃうわド阿呆。メンツが揃い過ぎとるっちゅう意味や。この間ッから気持ち悪うてな。送り返したボケもやけど」

 中田は顔を上げた。「その点に関しては、こちらも調査を進めとります。関東山王会は丸暴だけやのうて公安の警察幹部とネンゴロですんで、大友の釈放に関与している可能性も」
「片岡やな?」
「裏を取りませんと何とも」

 布施は話の流れが正直掴めなかったが、ふんふんと真剣に聞いてる風を装った。上に立つとはつまりこういうことである。自分より何倍も優秀な信用のおける人間を置いておけば、大抵のことが顔を出す前に終わっているのだ。

 しかし今回は雲行きが怪しかった。二人の参謀はよほどのことがない限り、作戦会議に自分を呼んだりはしない。一見怒っている風に見えるが、西野と中田は明らかにはしゃいでいた。まだ騒がしいことが好きな歳なのだ。「御祭りがあるから行こうや父ちゃん!」というわけである。

 布施は呻いた。「――任せたら、イカンか」

「アカンから来てまんねんで」

「お頭。誰に向かって口訊いとるんじゃ」中田が冷や汗をかいた。

「ボケる一歩手前の老人に花持たせたろっちゅう子心真心孫心でっせ。ね、会長」
「花なんぞ要らんから、早よ引退させて欲しわ」
「会長辞めたら俺が会長やりまんのか。中田以下これまで恫喝してきた連中に、命狙われんのやで。絶対イヤや!」

 中田はもはや慣れっこになってしまった両者の口喧嘩を訊きながら、話でしか知らぬ関東との温度差をヒシヒシと感じた。

 あっちはそれこそ西野のいうとおり昭和の極道で時を止めており、上にのぼるだの下を蹴落とすだの身内でやっている始末。シマは増やしたいが、面倒な人間がいるなら手を引く関西の気質とは合わないのは当然であった。これが商人の町の損得勘定というものである。

 布施は枕を投げ、西野が座布団を中田に投げしたところで、両者は休戦状態に入った。激しく息を荒げている。

「――既に、城を借りてますんや」
「いつからわてを差し置いて殿になったんじゃ西野。ええ?」
「うちの隠し弾。スナイパーですがな……。面の割れとらへんヤツ」
「ああ、ややこしな。なんかそんなん居ったな」

 凄腕の殺し屋を「なんかそんなん」で覚えてしまう布施の頭に、西野は敬服した。中田はヤツの名字は『しろ』でなく『じょう』だと訂正すべきか迷ったが、眉だけひそめ黙っていた。

「あんさんら。正直に云うて」布施は蒲団の上に寝転び、天井を見た。「わてに関東山王会を落とせると、思うか。先代はようせぇへんかったことをやで?」

 如何なる地位につこうと所詮は人間である。あと最大二十年、下手すると明日にも死ぬかもしれぬ身で、よその会の揉め事など持ち込まれても困るというものだ。

「落とすんなら、会長にしか無理や」西野がきっぱりと云った。「俺にはできゃしまへん。先代の遺言、成し遂げるんやったら、今しかありまへんで」

 中田も続けた。

「会長が決断しはったら、あんなヒョロッこい矢は今すぐ折れます」
「――わかった。ちょうど退屈しとったさかい。皆でいっちょ遊んだろか」

 その代わりわかっとるやろな、と低い声で告げた。

「目的のためやったら、手段は選ばへんで。タイマン張ったら首もげるからな。うまいことやれよ。西野。中田」

 二人は返事を返し頭を低くして、その陰で笑みを交わした。



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