【全員悪人】


12



 朝か夜かに気づけぬほど昼夜を逆転させ、一日中光を浴びながら寝ていた。薄暗闇も張り込みで慣れているが、体調が思いのほか崩れるので電気をつけたまま眠る。

 家庭は静かに消え去った。崩壊したのではない。とうの昔に息づいていなかったのだ。妻は子供を引き連れ他の男の元へ行った。片岡は追いかけなかった。

 光を遮る長身に目を開け、片岡は腕を額にやった。

「電気代。誰が払うと思ってるんですか。切ってくださいよ」
「――いちいちセコい男だな。繁田ァ」
「人をソファに寝させて、自分はベッド占領して」
「男と寝る趣味ねぇぞ。気持ち悪ぃから着替えるんなら隣の部屋でやれ」
「俺の家ですよ」
「下宿代払ってるだろうが。飯作れ。腹が減った」
「頭撃たれりゃよかったのに……」

 ぶつぶつと口ごもりながら和室に消える。ソファでは長い脚が余るのだろう。布団でも買ってやるかと思いつき、微睡みながらまた眠りについた。

「片岡さん。炒飯」
「――ん」

 気だるい体を起こし、服を着替えることもせず卓袱台の前にいく。残飯とは思えぬ彩りの皿が目の前に並び、片岡は繁田が席につくより早く食べ始めた。

「うまい。刑事辞めて店出せよ。俺が出資してやる。あんなでも退職金出たからな。二階級特進とまではいかなかったけどよ。死ななかったから」
「ふざけんのも大概にしてください。俺が刑事以外の職につけるわけないことは、片岡さんが一番知ってるでしょうが」
「そのタッパなら窓拭きにゃ向いてるだろ」
「窓拭きでも構わないッスよ。それで食えるんなら」

 片岡は箸を置いた。「ごっそさん。シャワー浴びる」

「うちはプロパンだって何度言ったら……。風呂入れますから勘弁してください。ガス代が一万越えた時点で、俺は破産します」
「じゃ、仕方ねぇから背中合わせて一緒に浴びるか。悪くねぇだろ」
「そういう問題じゃ――」
「くわえてやろうか。最初に転がりこんだ日みたいに」

 繁田は唾を飲み込んで顔をどす黒くさせた。片岡は鼻で笑ってシャツを脱ぎ捨てた。汗臭い下着は一回り大きい。繁田はそれは自分のだと文句をつけようとしたが、ため息でごまかした。

「デリヘル嬢から苦情の電話、来ましたけど。あんまり酷いなら出てってもらいますよ」
「もう刑事じゃない。女買ったって誰も文句つけやしない」
「……俺まで廃業させたいんですか」

 片岡は遠慮なくすべて脱ぎ捨てた。男の裸だ、と何の感慨もなく繁田は思った。弾の痕跡が残っている以外は抜けるように白い。当然のように体毛が目立った。弛んだ尻に眉根を下げる。振り返った顔がつまらなそうにいい放った。

「おめぇが足開きゃ済む話だろうが。処女の寝言みたいなことばっかほざいてんじゃねぇぞ」

 永遠の処女ですよ、という呟きに返事はなかった。

 風呂場から聞こえる水音を背に、片岡が脱いだ服を洗濯機に放り込む。繁田は皿を洗いながらこの生活がいつまで続くのかと考え、炊事を途中で切り上げた。なぜ自分より頭一つ以上小さい元上司を相手に、嫁の真似ごとをしなくてはならないのか。

 卓袱台の上でパソコンを開くと、繁田は眼鏡をかけた。厳重に鍵をかけているページにアクセスする。連絡を取っている相手の存在を、片岡に知られたくなかった。


 片岡が怖いのか。

 一度は見限った男を囲っている事実から、目を逸らしたいからか。


 メールの返事はすぐに返った。繁田は深く丸めた猫背を戻し、後ろに手をついた。画面を見つめ保存する。履歴をすべて消すのと、片岡が出てくるのが同時だった。

「風呂も入れてやったよ。ありがたく思え」



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