【全員悪人】


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 よう来たな、と口にする信用ならない微笑みを大友は受け止めた。磨き上げられたこの回廊を歩くのは二度目である。花菱の盃を貰って以来のことだった。

「飯食うたか」

 大友は首を振った。花菱の若頭とは葬儀の席で顔を合わせたきりである。もちろん食事の世話をしてもらう義理などない。

「用意させるわ。腹が空いてるだけで喧嘩になる歳は通りすぎたけど、お前さん喧嘩っぱやいし」

 自分を棚に上げての言葉に、呆れを通り越して脱力感が沸き上がった。「――煙草買いに出たらアンタの舎弟が襲いかかってきたもんでよ」

 西野は脚を止めた。

「手荒な真似すんな云うたやろが。清水」

 大友の後ろを音もなく歩いていた年寄りが首を横にした。

「東風に吹かれて出遅れました。誰ぞと結託しとるようで」
「春の風――春雄のアホか。誰ぞて誰や。花の枝でも飛んでくるぐらい呪いに長けてる奴やったら、受けて立つから話せ。いまさら開かれて困るような札はあらへん」

 口にしてから、西野はこめかみを押さえた。大友の間に立っていた若い舎弟が手を貸そうとするのを振り払い、足早に邸内に向かう。

 若頭が直々に出迎えたせいで、客人を迎えるために舎弟がズラリと並んでいた。大友はその不自然さに内心の動揺を隠した。安い命が重く感じるのは、帰らない大友を待っている女のせいだろう。

「若い衆は気にせんでええ。先の抗争で被った被害額は山王会の財布から出とる。背中向けてもうちのは大丈夫や」

 通されたのは座敷ではなく洋室だった。西野は大友と清水以外を外にやった。

「寝とらんせいで頭回らんわ。中田も呼んで来い。居残り全員で朝飯にするで」
「用意させましょう。補佐以外は」
「ええかボケ爺。会長が昨夜やらかしたお説教で再起不能になっとるんは俺やないで。つまらん噂が広まる前に手を打つ。ほんで岡安やけどな」
「誰ぞやてまだ云うてません」

「春雄一人で薬の横流しなんぞ実行に移せるわけがない。昨夜も一人我関せず岡安だけ横向いとった。会長が仕切り直す言うんを予測しとったみたいに」西野は大友をちらりと見て、ため息を吐いた。「辰のほう呼び出せ。風には風で対抗する」

 清水が退室すると、室内は静まり返った。西野が煙草を差し出してくる。手を組んでいた時期もあるとはいえ、仇敵に程近い間柄のピリッとした空気は弛むことがなかった。大友は煙草を断って言った。

「仲違いしてんのか。キングギドラと」

 中田のことである。顔の違う三ツ又を思い浮かべて二人同時にさもありなんと思った。

「関係ない話」西野は首を傾げた。「――でもないな。元はといえばお前さんらの復讐劇に付き合ったばかりに俺が体調崩した。目の上のたん瘤が居らんうちに襲名リスト変更を企むアホも思わんほうから出てきて、長いこと手懐けてきた夜鳥も反抗して余所の雄と巣作りしとるんや。人の気も知らんでからに」

 大友は黙った。前二つは理解の範疇だったが、最後が余計だった。西野は続けて囁くように言った。

「中田の便宜上の処分執行なら、誰が鬼か炙り出せる思とった。網に掛かったのは予想したのと別の男で、小者ばっかり浮いてきよる。手の触れた順に仲間入りさせていく鬼ごっこのつもりが、隠れ鬼になってしもてな。上手いこといかんもんやで」

 大友、と西野が顔を寄せた。

「隠居同然にしとるとこ悪いけど、借りを返してもらうで。木村と。お前と。お前が殺し損ねた三人分の」

 とりわけ片岡の――と西野は言った。



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